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私と彼の物語  作者: kano
9/9

物語の始まり

 

 私はいつも通り白い部屋の中で目を覚ました。首から腰にかけて包帯でぐるぐる巻きだ。例の症状はまだ腕には進行していないので、服を着ていればいつも通りの姿。

 昨日、彼は泣いていた。当たり前だ。唯一の肉親が亡くなったのだ。たとえそれが半年前のことでも、彼にとっては今起こったことだ。毎日毎日妹の死を告げられ、毎日毎日絶望する。そんなの、一度でいいのに。身内の死を知って絶望するのは一度でいい。何度も味わうのはそれこそ地獄だ。毎日忘れてしまうから、彼にとっては一度なのだろうけど、その悲しみはきっと心を徐々に蝕んでいる。だって彼は初めて会った時に比べて、ずいぶん痩せたように思う。きっと帰ってからろくに食べていないのだろう。

 私は私の前で肩を震わせて泣く彼に何もできなかった。声をかけることも、触れることも。

 私は無力だ。そんなの前からわかってたけど。

 彼は私にいろんなものを与えてくれた。彼のおかげで毎日が楽しかった。明日が楽しみと思えた。それなのに私は彼に何もしてあげられない。彼は私が知らないところでずっと苦しんでいたのに。

 ふいにブザーが鳴った。顔をあげると彼がたっていた。


「おはよ」


 ニッと笑っていう。まるで何事もなかったかのように。そう、彼にとっては何事もなかったのだ。・・・これから起こるのだ。


「・・・っ」


 私は息がつまって声が出なかった。なんて声をかければいいのだろう。いや、いつも通り、普通に。他愛ない話をすればいいのだ。だって彼は、昨日のこと、妹が死んだと聞かされた後のことは何も覚えていないのだから。


「今日はもう大丈夫か?」


 心配そうに彼が言う。私はベッドから起き上がって彼に近づく。「うん。平気」上手く笑えているだろうか。

 それから彼は今ハマっているネット小説の話をしてくれた。悪魔と契約した主人公。悪魔の正体は・・・まだ分からなかった。今夜更新予定なんだそうだ。少しずつ、彼の記憶にほころびができつつある。


「それで・・・っ痛!」

「!どうしたの!?」

「あー平気へいき。最近ちょっと頭痛がするんだ。・・・ただの寝不足。本の読みすぎかなー」


 へらへらとなんともないように言う。その嘘が、今の私にはとても痛い。


「そろそろ行くよ」


 彼はもたれていたガラスから体を離した。音の出ないヘッドフォンをかける。


「・・・お願いがあるの」


 私はつぶやくように言った。


「今日の夜中の1時、ここにきて」

「え?夜中?なんで。っていうか、面会時間とっくに過ぎて・・・」

「お願い」


 戸惑う彼に、私は必死で懇願した。


「・・・分かった」


 数秒思案したのち、彼は真剣な表情でうなずいた。


「忘れないように、メモっとくよ」


 彼はポケットからペンを取り出して、手のひらに何やらかきこんだ。


 




 この3年間、私の時間は止まったままだった。なにもない日々、変わらない風景。ただ死ぬことだけを夢見て、私の世界が終ることだけを願って、死んだように生きてきた。

 だけど、この1カ月で、私の時計は再び動き出した。まるで氷が解けるようにゆっくりとゆっくりと。それを溶かしたのは彼の温かな声と、私の胸に生まれた熱い気持ち。

 初めて明日が楽しみだと思えた。3年間ずっと、夜眠るときにお祈りをしていた。「明日こそは目が覚めませんように」それが、彼に会ってからは、「明日も生きて彼に会えますように」に変わった。朝起きて心臓が動いている。そのことに絶望ではなく喜びを感じ、その鼓動を初めて愛しいと感じた。

 でも、私にとって、彼がいる世界こそが全てなのだ。だから生きようが死のうが、本当はどっちでもいい。だから、私は・・・。


 カーテンがあく。暗い廊下に、彼が立っていた。顔色は蒼白で、だいぶ疲れて見えた。昼間見たときとはまるで別人だ。また今日も彼は絶望を味わってきたのだ。

 彼の時間も止まっていた。妹が死んだ日からずっと。何だ。変わらないじゃないか。ガラスの向こうはきっと素晴らしいところだとずっと思ってきた。こんな場所に入れられなければ、私は幸せになれたとずっと怨んできた。でも、あっちもこっちもそう変わらない。時間を止めるほどの絶望がある。

 私は彼に歩み寄った。二人を隔てる透明な壁にそっと手をあてる。彼が通話スイッチを押した。辺りが静かなためにブザーの音がやけに大きく聞こえた。しかし、今はこの病棟には誰もいないはずだ。聞き咎める者はいない。


「大丈夫?」


 私は囁く。彼は震える声で言う。


「なにが?」

「妹さん・・・」

「なんで知ってんの・・・?って、俺が言ったのか・・・」

「・・・」

「大丈夫だ。妹は半年前に死んでて、俺の病気はかなりやばくて、でもたぶん大丈夫」

「なんで?」

「あいつがもういないなら、いつ死んでも大丈夫だ。心残りはないさ」


 そう言いながらも、彼の体は震えていた。


「でも・・・怖いんだ」


 彼がガラスに両手をついた。顔は下を向いていて、長めの髪が邪魔をして表情がうかがえない。しかし、泣いているのは分かった。ポタポタとしずくが地面に落ちる。


「最近おかしいんだ。さっきまで何やってたか思い出せないときがよくあって・・・。それに始めて入いる店なのに、店員にいつもありがとうございますって言われたり。毎日、朝起きたら部屋の中がぐちゃぐちゃだったり。だけど、泥棒に入られたわけでもないし、俺も散らかした覚えはないし・・・。午前中君と話して、妹の見舞いして、帰って・・・それから俺は何をしてるんだろう?・・・怖い。記憶が正しいのか間違ってるのかわからない。何がホントで、どこが俺の頭が勝手に作った記憶なんだ?君は本物?俺の幻覚?」


 息がつまる。私も泣いていた。のどが引っ掛かり上手く声が出ない。


「私は・・・本物だよ。ちゃんと実在しているよ。生きた人間だよ」


 あなたが、生き返らせてくれたんだよ。


 彼が顔をあげる。濡れた瞳に笑いかけると、ホッとしたように笑った。しかし、その顔がすぐにまた曇る。


「でも・・・。記憶がどんどんなくなって行くんだ・・・。君との会話も、最近あやふやで、何か話しても、妙に既視感がして、これまえも言ったかもしれないって不安になる。俺、同じこと何回も言ってたんじゃない?」

「・・・」

「あぁ、でも・・・」


 彼は濡れた瞳で私をまっすぐに見てつぶやいた。


「君のことは、忘れたくない・・・」


 その時、涙とともに、私の中で何かかあふれた。こらえられないほどの感情が、あふれて止まらない。


「お願い出して」


 あなたに、触れたい。


 彼は驚いたように目を見開く。しかし、すぐに悲しそうな顔をして、ポケットからカードを出した。なんとそれは私の主治医のIDカードだった。今度は私が驚く番だった。

 彼は疲れた顔でそれでもいたずらっぽく笑った。当直室からこっそり盗んできたのだろう。最先端医療施設のくせに、警備はずいぶんと雑だなぁ。まぁ、最終的にはそうしてもらうつもりだったんだけど。私は苦笑した。


「手のひらにメモが書かれてた。この時間に君と会う約束。全く覚えてなかったけど、それは間違いなく俺の字だった。やっぱり、俺の頭はもう限界だ。でも、この約束がすごく重要なものだと思ったから、俺はメモを残したんだと思う。ホントは嫌いなんだ。メモとか日記とか。妹が死んだことも、書いて残してれば、毎日同じことを繰り返さずに済んだのかもしれないけど、でも、忘れれば、またその時までは幸せでいられるような気がして・・・。どの記憶がホントかウソか、分からなくて怖い怖いと思ってるくせに、ホントは本当のことを知るのが何よりも怖かった。何やってんだろうな、俺。周りにすごい迷惑かけて」


 彼がカードを機械にかざすと、入口の鍵があくカチャンと言う音がかすかに響いた。


「手のひらのメモを見て、なんとなく思ったんだ。君は外に出たがってるんじゃないかって」


 私はためらうことなく扉に向かった。レーバーに手をかけ、ゆっくりと開く。

 部屋の外の、ひんやりとした空気が肌をかすめる。同時に私の皮膚が赤みを帯びて行く。ぶつぶつとジンマシンのようなものが現れ始め・・・。

 それでも、私は彼をまっすぐに見つめた。ふらつく足で、彼に近寄る。私は笑った。目の前に彼がいる。手の届く距離にいる。私たちを隔てる物は何もない。嬉しくて、たまらなくて、思わず笑顔がこぼれた。


 のどがひりひりする。外の空気は私には毒だ。息を吸うたびに気管支が焼けるように痛む。だけど、そんなことどうだっていい。

 彼は私を見つめていた。半ば放心したように。

 非常灯の明かりが私と彼を照らす。感動的な対面の場と言うのに、なんとも味気ない。これが物語なら、主人公とヒロインは月の光の下で再会するものだ。でもまぁいいか。

 私は彼に手を伸ばした。この醜い体のせいで拒否されるのではないかと心配したが、彼は自ら一歩私に近いてくれたので難なく触れることができた。


 温かい。彼の頬は温かかった。

 やっと、触れられた。私の頬を涙が伝う。彼はほほ笑んでいた。ほほ笑みながら、彼も泣いていた。温かい水が私の手を濡らす。

 彼の手が、私の背に回った。そっと抱き寄せられ、体中に彼の体温を感じる。彼の指が私に唇に触れた。私は何も言わず目を閉じる。手のひらに彼の胸の鼓動が伝わってくる。トクントクン・・・。とても弱く、心もとない。私も同じ。徐々に弱まっていく鼓動。終わりが近づく。彼と、私の世界に。でも、これはきっと始まりなのだ。だって私たちの世界は交わった。彼さえいれば、生きようが死のうがどっちでもいい。

 私は目を閉じたまま彼に小声で語りかけた。


「生まれ変われたら、あの世界に行きたいな。あの物語の世界に。一緒に冒険しよう?」


 耳元で、彼がかすかに笑うのが聞こえた。

 薄れゆく意識の中で、唇に甘い吐息が触れた。


 私たちの物語は、これから始まる。


 書ききりました!生まれてはじめてラストまで書ききった話です。いつも途中で飽きたり、つじつまが合わなくなってやめちゃったり、最後までいけなかったのです・・・。

 文章もつたなく、だめだめな感じで、しかも救いがあるのかないのかわからない話ですが、作者的にはハッピーエンドのつもりです。

感想もらえるとうれしいです。泣いて喜びます。


 読んで下さりありがとうございました。

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