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私と彼の物語  作者: kano
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彼と妹


「嬉しいな!本格イタリアンなんて久しぶり!」


 頬を紅潮させて鼻歌交じりに前を行く少女。ちょうど数メートル先のバス停にバスが到着した。それを見て声を弾ませて言う。


「お兄ちゃん、早く早く!バスが行っちゃう!」


 バスに走り寄り、ステップを一段登ったところでくるりと振り返る。俺はやれやれといった感じで小走りで近づき飛び乗った。同時に扉が閉まる。


「間に会ってよかったねぇ。ギリギリセーフ?」

「ばーか。時間通りだ」


 大げさに喜ぶ妹。普段はこんなにテンション高くはないが、なんと言っても久しぶりの遠出だ。それも仕方がないのかもしれない。


「食べ物くらいでそんなにはしゃぐなんて子供かよ」


 あきれながら言ったつもりだったが、そういう自分の声も心なしか弾んでいる。それに彼女も気づいているようだ。くすくすとおかしそうに笑っている。


「・・・ホントに久しぶり。父さんと母さんが生きてた頃はよく行ってたのにね・・・」


 ふいに遠くを見ながらつぶやいた。バスはすでに走り出し、あっという間に都心の町並みは消え、窓の外には豊かな森が広がりだした。


「ごめんな。あんま相手してやれなくて」


 高校2年の夏、両親が交通事故で死んでから、俺は学校に行きつつバイトをして、妹とふたりで暮らし始めた。もうすぐ一年。ようやく今の生活にも慣れ、資金的にも余裕が出てきた。


「やだ。別に子供じゃないんだから、お兄ちゃんに相手してもらわなくても平気だもん」


 ぷいっとそっぽを向くそのしぐさがなんとも子供っぽくてつい笑ってしまう。「何よぅ」口をとがらせて彼女は拗ねたように言う。


 隣町のイタリアレストランは、両親の行きつけで、誕生日や記念日などの日には必ずと言っていいほど行っていたところだ。


「何食べようかなぁ。ピザは絶対でしょ。後パスタと、ドリアもいいなぁ・・・あ、最後には絶対ジェラート盛り合わせ食べたい!いいでしょ?」

「おいおい、俺の誕生日なんだけど・・・」

「わかってるってー」


 両親の事故の後、精神的なショックで痛々しいほどにやつれてしまっていたが、最近では元の調子を取り戻しつつある。そんな妹の横顔を見ながらつい頬が緩む。


「ん?お前、ずいぶん荷物大きくないか?」


 ふと見ると、彼女は大ぶりのバックを膝の上に大事そうに抱えていた。


「そう?女の子はいろいろ入り用なのよ」

「ふぅん・・・」


 大して興味もなく、俺は窓の外に視線を投げた。ちょうどうっそうとした森が開け、バスは川に沿って走り出した。道の右側は切り立った崖のようになっている。大して高くはないが、見晴らしはいい。夏の日差しがみなもに反射して、まぶしさに俺は目を細めた。


「ねぇ、お兄ちゃん・・・」


 妹が何か言いかけた。その時、

 キキーッ!というブレーキ音が響き渡った。続いてグシャッ!バキッ!という音が聞こえたと思ったと同時に、俺の体は重力という物をどこかに落っことしてきたかと思うほどの浮遊感に包まれた。しかし、それも一瞬のこと。一度消えた重力が次の瞬間倍返しになって帰ってきて、何が起こったのかわからないまま、俺たちの乗ったバスは回転しながら崖の下へとまっさかさまに落ちて行った。

 意識が飛んだのはほんの数秒。気がついたときには車内の風景は一変していた。

 手足がおかしな方向に折れ曲がった者。

 舌をかんだのか口から赤い液体を垂れ流す者。

 窓ガラスに頭から突っ込んで顔面が原形をとどめていない者。

 そして、俺の傍らに横たわる妹。


「おい!!大丈夫か!?」


 視界が黒くにじむのはガラスの破片でもかすったのか、俺のこめかみから血が流れているためだ。でもそんなことはどうでもいい。だって・・・

 俺の周りは血だまりだった。もちろん俺の血ではない。生暖かい水たまりに両手をつく。これは、この血は、目の前にいる少女から流れていた。

 ドクンドクン・・・心臓の拍動に合わせて、少女の白いふとももに走った亀裂から噴き出すように赤い液体が流れ出ている。着ていた薄いピンク色のワンピースの裾が、その色で上塗りされる。


「おい!おい、しっかりしろ!今止めてやるから・・・」


 遠くなりかけた意識を何とかつなぎとめ、とにかく何か止血できるものを・・・と思って辺りを見回す。しかし、ちょうどよいひものようなものなんてそんな都合よくあるわけ・・・。

 はたと視線が止まった。俺の間後ろに女性が倒れていた。振り返った瞬間、彼女と視線が合う。そのうつろな瞳と。

 彼女の体は変なふうに曲がっていた。体は向こうを向いているのに、顔は俺の方をじっと見つめている。その首にはマフラー。いや、最近はストールというのか。

 俺は彼女の視線を受け止めたまま、その布に手を伸ばした。





 とある病院の一室。時刻は分からない。でも、もう真夜中近くだと思う。昼間の喧騒がうそのように扉の向こうは静まり返っていた。大量に運び込まれた患者たちと、駆けつけた家族たちはそれぞれ治療を終えるか、死体を確認して泣き叫んだあと手続きをしたりするか、それぞれのことを終えて行くべきところへ去って行ったようだ。

 俺はベッドに腰かけて、じっと待っていた。


「お待たせしました」


 男性医師のよく通る声が聞こえ、はじかれたように顔をあげる。


「妹は・・・!?」


 かすれる声で問いかける。


「妹さんは重傷ですが一命を取り留めました。あなたの的確な処置のおかげです。しかし、依然予断を許さない状況です。・・・それより」

「まだあいつに何かあるんですか!?」


 我ながら情けないほど震える声で医者に詰め寄る。

 何で、何でこうなるんだよ。今日はせっかく・・・


「いえ、私が用があるのはあなたです」

「は・・・?」

「念のため被害者全員の検査をしましたが、あなたのCTに異常が認められました。おそらく、事故とは関係ないでしょう」

「異常?」


 医師は一拍置いてからはっきりといった。


「脳腫瘍が見つかりました」



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