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私と彼の物語  作者: kano
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彼の秘密

 


 目を覚ますと、私の周りを、数人の医師が取り囲んでいた。起きかけのぼんやりした意識で横たわる私の上で会話がなされていた。しかし、耳がよく聞こえない。起きかけだからか、特殊な薬品の副作用かは分からないが、こういうことはよくある。いつもなら数時間すれば聞こえるようになる。

 医師たちは何やら難しそうな顔で議論していた。私の病状のことだろう。私は担当医の顔を見た。私はもうすぐ死ぬ。しかしまだ治療法の研究は全然進んでいない。それなのに大事なモルモットは死にかけだ。さぞかし悔しそうな顔をしていることだろう。わずかにそんなことを考えた。私はずっとこの医師を憎んでいた。あんなところに閉じ込めたこいつを。だけど彼の表情を見た途端、その憎しみはどこかへ行った。なぜなら・・・。

 その医師は笑っていた。嬉々として。深刻な表情の他の医師の中、彼の笑顔だけが浮いていた。それはどこか狂喜的なものを感じさせ、心臓をわしづかみにされたような恐怖を覚えた。そして私はこれからの自分を悟った。死んでからもこの体は、この男のおもちゃにされていくのだろう。死体にならなんだってできる。私の体は細胞一つ一つまで研究の対象で、切り刻み、薬につけられ、いくらかは外国に売られるのだ。そして最後には何が残るのだろうか。・・・きっと私という者は消えてなくなる。

いつかはこの病気に治療法が見つかるのだろうか?私という存在の代償として、せめてそんな未来があれば。私のような人間が二度と生まれない未来が・・・。





 ガヤガヤという人の動く音と声が入り混じった騒がしい音で私は目を覚ました。体を起こす。だるい。

そっと首に手をやった。そこには包帯が巻かれている。とたんに昨日の手の感触がよみがえる。吐き気がぶりかえすが、なんとがこらえた。

 なんか騒がしいと思ったらマイクがオンになったままだ。きっと昨日の騒動のせいで、誰かが切り忘れたのだろう。ちょうどいい。今は音がある方がいい。少しでも気を紛らわせたかった。

 廊下の先から、二人の若い医師が話しながらこちらに向かってきた。あまりにも若いので研修医だろう。私はシーツに目線を落として、外の世界の音を聞くとはなしに聞いていた。


「・・・で、そのヘッドフォンの奴が・・・妹・・・」


 え・・・。

ヘッドフォン、妹。この二つの単語が私の意識をその会話へ引きつける。もしかして、彼の妹に何か・・・?

 雑音にまぎれて彼らの話は聞き取りづらい。私は意識を必死に集中させて耳をそばだてた。


「毎日来るんだ。参るよ。毎日彼に死亡宣告しないといけないんだぜ。あなたの妹は半年前にお亡くなりになりましたよってさ」


 ・・・え?

 私の背に冷たいものが流れた。対照的に、私の思考は凍りついた。

 これは彼の話じゃない。だって、彼の妹は意識不明なだけでまだ生きて・・・。しかし、もう一人の研修医の言葉に私のわずかな反論は砕け散った。


「仕方ないだろう。病気なんだから」

「脳腫瘍・・・な。まぁ、周りの人間に、おもに医療関係者にはかなり迷惑なことだけど、嫌なことを忘れられるってのはうらやましいな。妹が死んだってことも、寝たらころっと忘れられるんだから」

 研修医の一人、茶髪の方が皮肉たっぷりに言う。


「・・・彼も患者の一人だ。その態度はよくないだろう」


 もう一人の方、無表情だが髪も黒く短くまじめそうな方が言う。しかし、茶髪の方がその言葉を一蹴する。


「あれは患者じゃないさ。少なくともうちの患者では。だって退院したからな」

「治らないから追い出されただけだろう」

「そうとも言うな」


「君は毎日彼を見てなんとも思わないのか?妹がもう死んだなんて毎日聞かされる彼を見て。もう少し気遣った言い方があるだろう」


「俺だって最初は憐みくらいあったさ。妹の死をもっと優しく伝えたりしてたけど、こう毎日毎日だとさぁ・・・正直うっとおしいし、やめてほしい。腫瘍のせいで記憶が飛ぶのは分かるけどさ」


「脳が意図的に忘れさせようとするほど、彼にとって妹の死はショックなんだよ。だから・・・」


「だからっていつまでも優しくしろと?治らないやつに同乗しろって?冗談じゃない。お前だって医者なんだから覚えておけよ。お前はまじめすぎる。治らない奴をへたにみると、責任はお前にかかってくるぞ。今は医療訴訟が多いからな。見切りをつけることは医者にとって大事なことだ」


 それまでのどこかふざけた話し方から一変して、その研修医は低い声で言った。しかし、すぐにまた先ほどまでのひょうひょうとした話し方に戻って、


「ま、先輩からの受け売りだけどな」


 それを聞いたもう一人は、わずかに息を飲むような間のあと、深くため息を吐いた。


「君の言うとおりだ。でも、僕はそう思いたくない」

「それはお前の勝手だけど?せいぜい痛い目見ないようにな」

「・・・」


 もう一人はもう何も言わなかった。黙って二人で私の病室の前を通り過ぎる。うつろな瞳で自分の手元を見つめる私の姿は視界に入っていないらしい。マイクがオンのままだってことも気が付いていない。


 嘘だ。彼が病気・・・?


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