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No.5 きらい

「言われた通り、連れて来たでー」


 プシュ、という空気が抜ける音をさせてドアがスライドして開き、同時にテイルが部屋の中に居るであろう人物に言葉を放つ。


「あら、ご苦労様」


 少し薄暗く、複数のパソコンの画面が不気味に光るの部屋。

 その部屋の片隅。キィ、と椅子を回転させて白衣の女が姿を現し、こちらに顔を向けてきた。

 言うまでも無く、その人物はモリだった。


「早速で悪いんだけど、これを見てくれるかしら?」

「ちょーい待ち。こちとら仕事帰りな上に一服すら満足に出来なかったんや。そう急かすなて」


 そう言って、テイルは部屋の入口近くの棚へ移動する。

 そして、棚の上に置いてあった紙コップを手に取り、コーヒーメーカーからコーヒーを注ぎ始めた。


「あなたも、こっちへ来なさい」


 そう言われ、小さく頷いてからモリに歩み寄る。


「モリちゃーん、砂糖って無いんかー?」

「全く、棚にスティックがあるでしょ?」

「おー、あったあった」


 モリは呆れを含ませてテイルに返す。


「いやー、やっぱ微糖やな」


 コーヒーに砂糖を入れて、くるくるとスプーンでかき混ぜながらテイルが歩いてくる。


「……コーヒー、おいしいの?」

「ん? 美味いでぇ。これでさらにヤニの一本でもあれば最高なんやけどなぁ」


 テイルはコーヒーを啜りながら私の質問に答える。


「言っておくけど、この部屋も……」

「禁煙、なんやろ。わあっとるわ」


 モリが言い切る前にテイルが続きの言葉を吐いて、けっ、と悪態をつく。


「んで、どれを見ろっちゅうんや?」

「これよ」


 モリは座っていた椅子を回して机のパソコンに向いて、テイルに見るよう促す。


「どれどれ?」


 モリが座る椅子の背もたれに空いた左腕を掛けて、テイルは後ろからパソコンの画面を覗き込む。


「禁器の実験データやないか。こんガキが出来てから十日も経ってへんのに、よくもまぁこんだけ集めよったわ」


 右手に持ったコーヒーを飲みながら、テイルは画面に表示された文字や数値を眺めている。


「おーおー、既に禁器の実験で処理された実験体がぎょーさんおるなぁ。どんだけハードスケジュールやねん」

「あら、そんなにきつくないわよ。あなたもさっき見たでしょ? 実験体を三体相手でも五分と掛からなかったんだもの。他のも文字通り、一振りで終わり。実験よりも実験の解析の方が大変だわ」

「にしても数日でこの数は多くあらへんか?」

「色々な事を試したからね。ま、必要経費よ」

「他の研究員が泣いとったでぇ。最近おこぼれが貰えへんってな」

「当然でしょ。廃棄行きでも禁器のデータ採取用の材料として使えるわ。実験体が吐いて捨てる程あると言っても、無駄にするよりはマシよ」

「造って捨てる……の間違いやないんか?」

「確かに、そう言えなくもないわね」


 モリはパソコンの画面に顔を向けたまま、小さく笑いを浮かべた。


「それと、これも見て」


 カチカチとマウスを動かして、パソコンを操作する。


「ん? なんやこれ?」


 テイルは顔を突き出して、新しく表示されたパソコンの画面を見る。


「禁器の実験を行った時の映像よ」


 モリが言った通り、画面には私が禁器を振るっている映像が流れ始めた。

 それをテイルはコーヒーを口に運びながら見始める。


「って、こりゃついさっきやってた実験やないか」


 流れている映像はさっき私が三人の実験体を斬ったものだった。

 映像の再生は数分で終わり、紅く染まった部屋が映し出されている場面で止まっている。


「見ての通り、禁器を扱えればこんな小さな子供でも簡単に目標を壊す事が出来るわ。ヒトだろうがモノだろうが関係無く、『斬る』という方法によってね」


 ふふっ、と声を漏らして、モリは楽しそうに微笑む。


「次はこっちを見て頂戴」


 再びマウスをいじって、モリはパソコンに別の映像を流す。


「二日前に録ったものよ。こっちはあなたは見ていないでしょ?」

「んー?」


 コーヒーを一口だけ口に含んで、テイルは新しく開かれた映像を見る。


「確かに見とらへんけど、さっきのと変わらん内容やないか」


 映像は先程のと変わらず、私の実験を行っているものだった。

 禁器を振るって、自分と同じく造り出された実験体を斬りつけている、私の姿。


「ここからよ、見て欲しいのは」


 モリは一度テイルを見て、見なさいと言うようにパソコンに視線を戻す。

 映像は進んでいき、私が禁器で実験体を横薙ぎしていた。


「なんや、どこも変わらへんやんか」

「ここ、よく見てみなさい」


 カチ、とモリはマウスを押して、パソコンに映っていた映像を停止させる。

 映像は実験体が斬られ、禁器が横腹から体半分まで抉り込まれている所で止められていた。


「やから、なんも変わっとらんやん。いつも通り、禁器でぶった斬っとるだけやないか」

「だから、よく見みなさいって言ったでしょ。ここ、何か変わった所がないかしら?」

「変わった所やとぉ?」


 モリは持っていたボールペンで、一時停止された映像の一部を小突く。

 その先を、テイルはまじまじと画面を見つめる。


「んなもん、あらへんわ。さっきの映像と同じく禁器を振っとるだけやないか」

「あら、ならヒントをあげるわ。今、あなたは『さっきの映像と同じく』と言ったわよね?」

「――ッ! なーるほど、そういう事か」


 テイルはモリのヒントで何かに気付き、画面を見直して楽しそうな笑みを浮かべる。


「それだけのヒントですぐに気付くなんて流石ね」

「ったり前や。関西弁で喋る奴は頭ぁ足らんイメージあるけどな、俺は別や。文武両道、戦闘も出来て頭も回る完璧超人や」

「なんの話? それって」

「二次元のモン全般に対してや」

「その発言が馬鹿みたいだとは思わないのかしら」


 モリはテイルを横目で見て、小さな溜め息を吐く。


「おまけに洒落も言えるユニークさも持ち合わしとるっちゅうアピールやて」


 そんなモリの反応を、テイルは気にもしていない。


「あなたと話していると脱線ばかりするわね。話を戻していいかしら?」

「構へん。俺かて早う終わらせて一服しに行きたいわ」

「あなたが話を長引かせている原因なのに、私が悪いみたいに言わないでくれる?」


 もう一度溜め息を吐いて、モリは目の前のパソコンに目を戻す。


「この部分の変わった所と言った意味、解ったんでしょ?」


 ボールペンを逆さまに持って、コンコン、と先で数回叩く。

 画面に映る、実験体に突き刺さり血で赤く染まる禁器に向けて。


「当然。矛盾した言い方やけど……」


 テイルはモリが座る椅子の背もたれから左腕を離して、寄っ掛かるのをやめる。


「“斬っとるのに斬れてない”。そういう事やろ?」


 そう答えて、ぐいっとコーヒーを一気に飲み干した。


「トンチみたいな答えだけど、正解よ」


 モリは満足そうな表情をさせ、椅子を回してテイルに向く。


「渡された『文書』には、『斬る』という破壊方法、破壊行動に特化したモノだと記してあった。けど、最初はいまいちよく理解出来ず、要は良く斬れるって事だと認識していたわ」


 モリは逆さに持っていたボールペンを、手の上で器用にくるりと回す。


「でも、ようやくその意味が解ったわ。この映像の実験と、この子のお陰でね」


 モリは私に目を向けて、くすりと微笑う。


「今日行った実験では、実験体をまるで豆腐みたく簡単に斬っていた。そして、この映像」


 モリが椅子の背もたれに背中を預けると、キィ、と軋む音が鳴る。


「今日の実験と同じように禁器を振ったいうのに、映像のは体半分の所で禁器が止まっとる……実験体が特別でも、禁器を振るうスピードを緩めた訳でも無い。ほぼ同じ条件で違う結果が出た、っちゅう事やな」

「そう。けど、映像での実験では一つ違う所があるのよ」

「へぇ、そらなんやねん?」


 モリは逆さまだったボールペンを持ち直し、親指でボールペンの尻を押す。


「それは、イメージよ」



 ――――カチン、と。



「イメージぃぃ?」

「そう、イメージ。実験で禁器を使う際に、いつもとは違うイメージを思うように言ったわ」

「それが何の意味があんねん?」

「あなたも知っているでしょう? 禁器は“目標を破壊するイメージ”、またはその意思の強さによって効果が変化する事を」

「あぁ、知っとるで。このガキが禁器を持った時、いっちゃん最初にそう言うて身近にあった台座を斬らせたからな。なぁ?」


 そう言ってテイルは、確認するように私の方に顔を向けてきた。

 それに黙ったまま、首を縦に振って返す。


「相手を『斬る』というイメージを固め、強くする程効果が上がる。そこで私は一つ疑問が浮かんだのよ。なら逆に、イメージを弱めたらどうなるか……ってね」


 カチン、と。

 モリは言い切ってボールペンを押す。


「なーる。それがこの映像、腹の途中で止まっとる禁器っちゅう訳か」


「その通りよ」


 テイルに返し、モリは僅かに唇の端を釣り上げる。

 椅子の手すりに頬杖して、足を組みながら。


「試しに言ったのよ、この子に。『肉だけを斬りなさい』ってね。そしたら見なさい、言われた事を守って肉だけを斬ったのよ」


 微笑を浮かばせながら、モリはパソコンの画面へと視線を送る。


「そうか、これは中途半端に途中で止めたでも、ガキがミスった訳でも無かったんや」


 テイルもパソコンに目を向け、何かに納得するように顎に手を当てた。


「そう。私に言われた通り、肉だけを斬ったのよ。だから、肉ではない背骨で禁器が止まっているのよ」


 こつん、とモリはボールペンを画面に当てる。


「あとで斬られた実験体を解剖してみたらね、肉は綺麗に斬られているのに、背骨には傷一つ無かったわ」


 説明をするモリは楽しそうで、はしゃいでるようにも見える。


「そこで解ったのよ。『文書』に記されていた、禁器が破壊方法と破壊行動に特化しているという意味が、ようやくね」

「ほぉ?」

「解りやすく説明する為にアバウトに言ってしまうけど、私は『斬る事に特化している=何でも斬れる』と解釈していたわ」

「実際に実験体は勿論、鉄かてスパッと気持ち良く斬っとるやないか」

「ええ。けどね、斬るという方法や行動は何も、斬れ味だけじゃないわ」

「つまり、どういうこっちゃ?」

「斬る事も当然そうだけど、斬らない事も『斬るという破壊方法と破壊行動』に含まれているのよ」


 モリは頬杖をやめて、足を組み直す。


「イメージの仕方や強さで、相手を生かすも殺すも可能。つまり、手加減も出来るって事」

「手加減って言うてもなぁ……そない重要な事なんか?」

「あら、じゃあ沢山の敵味方が入り交じる混戦の中、我武者羅に振るうだけで敵のみを斬り伏せて味方は無傷。そんな武器があったらどうするかしら?」

「……反則を越えてチートやな」


 顔を斜め上にして、想像してみたのか少し間を空けてからテイルは呟いた。


「しっかし、そない都合のええ使い方なんて出来るんかいな?」

「それはこれからの実験によるわね。けど、不可能では無い筈よ」

「はん、それもイメージ次第……てか」

「そうよ。ただ、禁器と言えど万能では無いわ。それ相応のリスクを伴うから、それを試すのはまだ先の話ね」

「リスクなんて、そんなモンあるんか? 俺にはノーリスク、ハイリターンにしか見えへんで?」

「それがね、あるのよ」


 モリはおもむろに机に置いてあった紙コップを手にして、コーヒーを一口飲む。

 湯気が出ていない所を見ると、時間が経ってすっかりぬるくなっているみたいだ。


「ヒトを斬る、モノを壊す。そんなイメージは負のエネルギーと言っていいわ」


 コト、と小さな音をさせて、モリはコーヒーの入った紙コップを机に戻す。


「それを頭で強く固め、鮮明に思い浮かべ、明確に思い描く。そんな強く想像した負のエネルギーを、禁器が更に増強、増長させ、その特異な力を発揮するの。『斬る』という方法と行動でね」

「禁器を使って斬るにはイメージが必要なんは解る。しかし、それを負のエネルギー言うてもなぁ、そない漫画みとうな話……」

「言っておくけど、負のエネルギーは現実にも存在するわ」


 モリは羽織っている白衣のポケットに手を入れる。

 そして、中から取り出したのは、モリが好んでよく食べる棒付きの飴。


「ストレス……つまりは精神的負荷よ」

「ストレスぅ? んなモン、タバコが吸えのうて俺も現在進行形で溜まっとるわ」

「あら、一番ストレスとは関わりの無さそうな人がよく言うわ」


 手に持った飴でテイルを指しながら、モリが毒づく。


「ストレスと簡単に言っても、軽いものじゃないのよ。過度に溜まれば不眠等の過覚醒症状になり、精神的不安でパニックを起こしたりするわ。最悪、鬱病になって自殺するというケースとかね」


 モリは説明を続けながら、飴の包み紙を取っていく。


「他にも感情鈍麻、物事に対する興味、関心の減退、身体性障害、身体運動性障害等々。色々とあるわ」

「って事ぁ、こんガキがこんな無愛想なのは禁器を使った事による反動やったって訳か」


 テイルは自分の顎を擦って、私を見てくる。


「無愛想なのはその子の自前よ」

「……さいでっか」

「培養カプセルから出した時からこんな感じだったでしょ。それに、この子には身体的な支障を来す程のストレスを溜めないように調整して実験をしているわ。ようやく見付けた禁器を使えるサンプルなんだもの、寿命を縮めるような真似はしないわよ」


 言って、モリは肩を竦ませる。


「でも、それは一般常識での話。禁器となればそんな優しいものじゃないわ」

「ふ、ん。じゃあ、どないなるって言うんや?」

「……前にこの子ね、実験終了後に……錯乱して暴れ回った事があるのよ」


 モリは私に目を向けて、テイルもそれを追うようにこちらを見てきた。


「錯乱? ヤニでも切れたんか?」

「あなたじゃあるまいし。言う事は聞かない、狂ったように叫ぶ。禁器を振り回すもんだから近付く事すら難しかったんだから」

「こん無口なガキでも叫ぶ事は出来んのか。で、どうやって事態を治めたんや?」

「実験体を使って動きを止めて、その内に鎮静剤を打ったのよ。三体程失っちゃったけど」

「湯水のように実験体を使うとるな」

「あら、いいじゃないの別に。せっかく形を保って出来上がったのにスキルも禁器も駄目。そんな使えないのばかりだもの。だったら禁器の実験で有効活用した方が地球の為でもあるわ」

「なんや、二从人格の方はどうしたん? あれにも実験体は必要やろ」

「あっちは再調整中。尽く実験体を廃人にするんだもの」

「はん、あっちはあっちでかなりの暴れ馬やからなぁ」


 腕を組ながら、思い出し笑いをするテイル。


「それで、その子が錯乱した原因なんだけど」

「あぁ、せやったな。なんやってん?」

「……単純なものよ。さっき言ったストレスの過剰負荷よる、精神の許容限界を超過。つまり、禁器の使い過ぎ」


 説明しながら宙で小さく振っていた棒付きの飴を、モリは啣える。


「ご使用の際は用法、用量をお守りくださいってか」

「本当にその通り、薬と同じよ。使用方法や用量を守れば特効薬にもなるけど、過度に使えば劇薬や毒薬にもなる」


 パソコンの画面で今も停止され、モリは映し出されたままの禁器を見て呟く。


「……諸刃の剣とはこの事を言うのかしらね」


 口からはみ出る白い棒を回して、口の中で飴を転がしながら。


「ま、この子が錯乱して暴れ回ったのは予想外ではあったけど……お陰で解った事もあるわ」

「なんや? タバコの素晴らしさをようやく理解してくれたんか?」

「……五人よ」


 また話が脱線するのが嫌だったのか、テイルのふざけた返しに反応せずにモリは続ける。


「五人?」

「そう、五人。それがこの子が禁器を使える限界値」


 横目でテイルを見て、モリは話を進めていく。


「この子が錯乱したのは、実験で禁器のデータを採取していた時でね。五体目の実験体を縦真っ二つにした直後だったのよ」

「んじゃつまり、こんガキは禁器を使ってヒトを殺すんは、五人でお腹一杯っちゅうんか」

「そうなるわね。禁器を使い過ぎて破壊するイメージが精神の許容範囲を超えると、イメージがオーバーフローして精神が耐えられなくなり、自我を失ってしまったのよ」

「ふ、ん……ってぇ事は、自我を失って錯乱しよって暴れ回ったんは……オーバーフローしても尚、頭ん中に残っとった『斬る』っちゅうイメージを消化しようとしたから、って訳か」

「あら、ご名答。あなたがそこまで理解しているなんて意外。説明の手間が省けて嬉しいわ」

「はっ、甘く見んといてや。言うたやろ、俺は頭も回るてな」


 テイルは得意気に、額の横を人差し指でトントン、と軽く叩く。


「ん? でもちょい待ちぃや」

「あら、何かしら?」

「頭ん中に残っとったイメージを消化する言うたけど、消化するにはまた禁器を使う訳やろ? そないな事したら、さらに精神に負荷が掛かってまう。で、またオーバーフローしてさらに錯乱。これって悪循環やないか?」

「あら、あなた本当に筋肉だけじゃないのね」


 テイルの疑問に驚き、少しだけ目を見開くモリ。


「その通りよ。錯乱したまま放置をしていれば、この子は休む事なく暴れ回り、精神が焼き切れるまで禁器を振り回していたでしょうね」

「じゃあ、どうすんねん? 禁器を無理して使い続けたら、ストレスで身体に支障が起こるんやろ?」

「大丈夫よ。それに、この子が一度錯乱して暴れ回ったのを止めて、以前と変わらないままでここに居るじゃないの」


 モリはそう言って口から飴を出し、それで私を指してきた。


「言われればせやなぁ。あーっと……鎮静剤を使うたんやったっけ?」

「そうよ。それが今一番の対処法……と言うより、それしか方法が無いのよ」

「なんでや? 考えたら他にもありそうやないか?」

「残念ながらそうでもないのよ。錯乱したまま起きていれば、何も考えずに禁器を使って破壊を繰り返すわ。それだと負のエネルギーが止まる事無く蓄積していき、その分、反動も大きくなる」


 私に向けていた飴を再び口の中に戻して、モリはテイルに答えていく。

 表情は真剣で、テイルも黙って話を聞いていた。


「錯乱してから起きている時間が長ければ長い程、危険が肥大していくの。だから、一番の方法は眠らせるしか無いのよ」

「けど、それじゃ頭ん中には負のエネルギーとやらは残っとるんやろ? 眠らせても、次に目が覚めた途端にまた錯乱したら意味あらへんで」

「それは大丈夫よ。禁器さえ使わなければ、負のエネルギーは時間経過である程度緩和されるの。だから、眠らせている間に精神の許容範囲まで下げられれば問題無いわ」

「なるなる。せやから眠らせるしか方法が無いんか」

「けど、それが現段階では一番の対処法でも、最良法では無いわ」

「ん? なんでや?」


 ふぅ、と肩を小さく揺らし、飴を啣えたまま溜め息を吐くモリ。


「眠らせて時間経過を図れば、確かに負のエネルギーの緩和は出来る。けど、それは解決にはなっていないわ。負のエネルギーその物を消している訳じゃないんだもの」

「ふ、ん……ヤカンの中の沸騰したお湯を、自然に冷めるのを待っとるようなもんか」

「あら、いい例えね。その通りよ」


 口から伸びた棒を摘まんで、飴を口の中で転がしながらモリが微笑む。


「ヤカンの中の水を精神と例えるなら、水を温める熱が負のエネルギーね。禁器を使えば使う程、熱は上がっていって水は熱くなっていく」

「そんで、使い過ぎて沸点を超えてもうたらオーバーフロー。錯乱状態突入、ってか」

「そ。そしたらさっき言ったように、眠らせて熱が引くのを待つしかないわ。けど……」

「けど……なんや?」

「だけど、その方法は必ず限界が来るわ」

「あん? 鎮静剤を使うて眠らせるだけやろ? 何が問題あんねん?」

「……水を熱し続けたら、どうなるか解る?」

「馬鹿にしてんのかいな。小学生レベルの理科の問題やないか。お湯になって、沸騰したら熱湯になるんやろ」

「あら、じゃあ更に熱したらどうなるかしら?」

「あぁ? そんなん、水がお湯ぅなって沸騰したら、次は……」


 モリの質問に答えていく途中。言葉半ばでテイルは何かに気付いて、ピタリと止まった。


「……なぁる。蒸発、か」


 斜めに唇を歪ませ、顎を擦りながらテイルは言った。


「そうよ。水が沸騰すれば、水分は蒸発して無くなっていくわ。禁器も同じ。使い過ぎでオーバーフローを何度も起こせば、精神は確実に衰退していく」

「つまり、や。沸騰した水みとうに、精神もいつかは焼き切れてまうって訳か」

「ヒトも車と同じよ。エンジンが壊れてしまったら、ただの粗大ゴミでしかないわ」

「恒例の廃棄行きやな」

「水が無くなって空になったヤカンじゃ、いくら禁器が持てても使う事が出来ないもの」

「空鍋同様、空ヤカンも熱したらヤバそうやもんなぁ。ヤンデレはゴメンや」

「空鍋? ヤンデレ?」

「あぁ、気にせんとき。こっちの話や」


 テイルの空鍋という単語に疑問を抱いて、モリが聞き直す。

 なぜ鍋が出てきたのか私にも解らなかったが、テイルは小さく手を振って流した。


「だから、出来る限り使用限界を超えないようにするしかないわ。まぁ、ある程度の限度は解っているから、今後は錯乱する事が無いように調整しながら実験を行うけど」


 そう話しながら、モリは座っていた椅子から立ち上がる。

 そして、机の引き出しを開け、中から何かを取り出してテイルに渡した。


「ん? なんや、これ?」

「携帯注射器よ」


 渡された小さな注射器を、テイルは指で摘まんで眺める。


「それにこのビンを中に嵌め込んで、側面のボタンを押せば自動で注入してくれるわ」


 続いて渡したのは、小指ぐらいの大きさをしたビンを数個。


「それと鎮静剤よ。あなたがあの子を監視している最中に錯乱する可能性もあるでしょ。その時はすぐこれを使いなさい」


 あの子と言った時に視線を私に向けて、テイルに説明していく。


「ほっ、なるほどなぁ。これならポケットにも入るし、大して邪魔ぁならんからええわ」

「それと、これも持ってなさい」


 そして、モリがテイルに渡すのは小さな小袋。


「中身は……薬?」


 渡された小袋の中を覗いて、その中身を口にするテイル。


「四種類あるわ。もしあなたがあの子を連れている時、夜零時、朝六時、昼十二時、夕方六時。各時間になったら必ず飲ませて」

「要は六時間間隔で飲ませりゃええんやな? りょーかいや」


 テイルは小袋の口を閉じて、携帯注射器と一緒にズボンのポケットに仕舞う。


「で、なんの薬なんや?」


 テイルが聞くと、モリは引き出しをパタン、と閉じてから振り返る。


「……延命の薬よ」


 そして、真剣な表情をテイルに向けて答えた。

 先程まで浮かばせていた微笑みも消え、冷たい目をさせて。淡々とした口調で、ごく普通に、当たり前のように。

 モリは、そう言った。


「あなたも知っているでしょ? ここで造り出されているヒトは、スキルの収集と禁器の所持者を見付けるのが目的だというのは」

「当ったり前や。自分の仕事関係の事ぐらい知っとるわ」

「後者の禁器に関しては、使える条件が何一つ解らず、ひたすら造り出したヒトに試させるしかなかった」

「やから、スキルが目覚めやすいと言われとる十六から二十歳の間の年齢を基準にして、ヒトを造っとるんやろ?」

「そう。だけど、人工受精や遺伝子操作をしたとしても、普通に造ってたら年相応の年月が掛かってしまう。そんなんじゃ、時間が幾らあっても足りないわ。しかも、スキルだって必ず目覚める訳でもない」


 モリは腕を組んで、肩を小さく竦ませる。


「おまけに、途中で形が崩れたり奇形になったり、ポックリ逝ってまうのも日常茶飯事やしなぁ」

「だから、スキル収集の効率とヒトの製造の回転率を考慮した結果、ある方法を取ったのよ」

「ある方法やて?」


 含み笑いをするモリに、テイルは興味を示す。


「それはね、成長の促進よ」

「促進って事は……育つのを速くしとんのか?」

「そうよ。成長を劇的に速める事によって、スキルが目覚めやすい年齢まで短時間で造り出すの。それで成長過程に掛かる時間の問題を解決させ、且つ大量製造する事で更に確率を上げているわ」

「はっ、数打ちゃ当たる戦法かいな。弾数と連射性は高いけど、命中率は低い。まるでマシンガンやな」

「……ただ、メリットがあれば当然、デメリットがあるのよ」


 モリは後ろの机に寄り掛かる。


「成長の促進で製造効率はグンと上がった代わりに、造り出された実験体はね……」


 そして、微かに顎を引き、目を細め、モリは私を見る。


「――――短命なのよ」


 短命。読んで字の如く、短い命だという事を表す言葉。

 ここで造り出されたモノは、そうらしい。

 当然、私も例外ではないんだろう。


「おいおい、ちょい待ちぃな。回転率を上げても、造り出した実験体がスキルを目覚めても寿命が短いんじゃ意味あらへんやんか。スキルのデータや、色んな実験をせなあかんのやろ?」

「短命と言っても、明日すぐ死ぬ訳じゃないわ。多少の個人差はあるだろうけど、大体は半年。長くて一年ってとこね」

「それでも短いやないか」

「だから、薬が必要なのよ。劇的に寿命が伸びる訳じゃないけど、無いよりは遥かにマシだわ」

「そう言うてもなぁ……」

「あら、じゃあ聞くけど、寿命が人と同じ実験体を数年掛けて造ったけどスキルも禁器も駄目。また数年掛けて新しい実験体を造るのと……寿命は短いけど、一年足らずで二十歳相当の実験体を数百体造れるの。どちらがいいかしら?」

「……完っっ璧に後者やな」

「でしょ? まぁ、何かに使うと思って前者の実験体は百対程残してあるけど」


 げんなりしながら納得するテイルを見て、モリは小さく笑う。


「寿命が短くても、実験体が死ぬまでにデータを全て採取すればいいだけの話よ。それに、だからSDCであなたに素材を探してきてもらってるんじゃない」

「あー、なるほど。それならスキルも目覚めとって寿命も短くあらへんもんなぁ」

「そういう事」

「にしても、成長を早めるたぁ……科学も進んだもんやなぁ」


 テイルはモリの話に関心しながら腕を組む。


「まぁ、途中で廃棄になったり、設定とはちゃう形で生まれてくるあたり、完璧っちゅう訳やあらへんみたいやけど」


 テイルはそう言いながら、ちらりと私を見てきた。


「言うのは簡単だけど、行うのは結構大変なのよ。ホルモンの分泌を操作したり、細胞分裂の速度を……」

「あー、ストップや。どうせ聞いても解らん。俺は知恵はあっても、そういう知識はからっきしやねん」


 テイルは組んでいた腕を解いて右手を向け、説明を始めたモリを止める。


「あら、そう?」


 モリは説明を止め、少し残念そうに机に手を掛けた。


「ふん。造り出されてようやく試験管の外に出されても、それよりも短こう時間しか生きられへん、か」


 ずっと立ったままだったテイルが歩き出し、私の方へとやって来た。

 そして、目の前で立ち止まり、しゃがんで私の顔を見る。


「まるで、蝉やな」


 前髪で隠れた目を向けて、そんな言葉を私に言ってきた。


「……せみ?」


 しかし、私にはその言葉がいまいち解らなかった。

 せみ、と言うのに私を例えたみたいだが、そのせみと言うのが私には解らない。

 首を小さく捻り、その解らない言葉を言い返す。


「なんや、お前……蝉を知らんのか?」


 意外だったのか、テイルの声が少し高くなる。


「……知らない」

「っかー、蝉も知らんのかいな! さっきも人類最高の発明品で一般常識であるタバコすら知らんかったし……ほんまに睡眠学習しとんのか?」


 片手で頭をわしゃわしゃと掻くテイル。


「何がタバコが一般常識よ。そんな自分の嗜好と偏見だけの間違った知識をその子に教えないで頂戴。あなたの主観を押し付けないで欲しいわ」

「ほなら、睡眠学習で何を教えとんねん?」


 しゃがんだまま後ろを振り向いて、テイルはモリに聞き返す。


「基本は言葉よ。会話が成り立たなきゃ、命令すら出来ないもの。だからまずは、会話が出来る必要最低限の知識を与えているわ」

「っちゅうても、その基本とやらは誰が決めとんのや? ボタン一つでコンピューター任せかいな?」

「そんな訳無いでしょ。私が決めているわ」

「モリちゃんが? まさか、こんガキがタバコを知らんのは……」

「私が必要無いと判断したものは知識として与えていないわ。タバコなんて知らなくても問題は無いもの。それに私、タバコ嫌いだし」

「タバコは知らんのにコーヒーは知っとるから、何かおかしい思たんや……ったく、自分の主観を押し付けとるのはどっちや」

「あら、何か言ったかしら?」

「いんや、なんでもあらへん」


 テイルは後ろを向くのをやめてモリから視線を逸らし、唇を小さく引き釣らせて笑っていた。


「で、話っちゅうのは今ので終いか? 終いなら、外で一服したいんやけど。さっきは途中で捨ててしもたからなぁ」


 よっこらせ、と吐きながら、テイルはしゃがむのをやめて立ち上がる。


「えぇ、今ので最後よ。薬を飲ませるのだけは、必ず忘れないで」

「わーっとるて。これでも俺は仕事はきちんと熟すんや。コーヒー、もう一杯貰うてくで」


 モリに背中越しで答えて、テイルはコーヒーが置かれている棚へと歩いていく。


「あら、いけない。話したかった事がもう一つあったわ」


 忘れてた、と呟いて、モリがテイルへと視線を向ける。


「あん? もう終わりや言われたから、こっちは休憩する気満々なんやけど?」


 新しい紙コップを左手に持ち、右手でコーヒーメーカー持ち上げて、テイルは嫌な顔を隠そうともせずに答える。


「あら、安心して。すぐに終わる話だから」

「……で、なんやねん、その忘れとった話っちゅうのは」


 コポコポと音を鳴らし、紙コップにコーヒーを注ぎながらテイルが聞く。


「そう言えば無かったからね、名前を付けたのよ」

「名前ぇ? 一体全体、何処のどいつにや?」

「何処のどいつって……決まってるでしょ? 目の前のその子に、よ」


 テイルに答えて、モリは啣えていた棒付きの飴を口から出す。

 そして、小さくなった飴の先を、私へと向けた。


「目の前って……こんガキに付けたんか!?」

「そうよ? いつまでもガキとか、その子とかじゃ可哀想だもね」

「はっ、エグい実験しとる人間がよく言うわ」

「ふふっ、まぁ今のは軽い冗談だけど……見た目は子供でも、この子は数多く造り出されたヒトの中で初めて、そして唯一禁器を持てた存在よ。特別扱いして名前ぐらい付けてあげてもいいでしょ? それに、名前があった方が報告書に書きやすいし」

「本音はそれかいな。ま、俺にはどうでもええけど。そんで、なんて名前を付けたんや?」


 コーヒーを注ぎ終わり、テイルはコーヒーメーカーを元あった棚へと戻す。


「――モユ、よ。そう付けたわ」


 モリは腹のあたりで腕を組み、含み笑いを浮かべて答えた。

 その笑みには嫌悪感は無い。ただ、何故か私は好きにはなれないという印象をだった。


「モユぅ? なんや、変わった名前やな」

「そう? 私は結構気に入っているわよ。名前の由来は『Man Of Un finished』。その頭文字を取って名付けたわ」

「意味は未完成の人、ねぇ……それはまた皮肉たっぷりやなぁ。はたまた、ブラックユーモアかいな?」

「あら、別にそんなつもりは無いけど。私はただ、この現実の事実をそのまま言葉にしただけよ」

「……そっちの方が皮肉よりもキッツイわ」


 横目でモリに言葉を返しながら、棚の上に置いてあった細長い袋に入った砂糖を一つだけ摘まみ上げる。


「スキルが目覚めてへんのと、さっき言うた寿命が短い事。あとは製造設定とは違い、成人でのうて子供として出来上がった、という点もか」

「他に、未だ謎が多く解明しきれていない禁器。それを研究する者、そして扱うモノとしても、どうなるか不明で発展途上。という意味も含んでいるわ」

「はん……実験体として、造り出されたヒトとして……そんで、決して人に成れへん紛い物。ヒトとも人としても未完成な訳や」


 テイルは袋の端を破り、片手に持ったコーヒーへと傾ける。

 サラサラと小さな音をさせ、砂糖は中へと落ちていく。


「なかなか気の効いた面白い名前やないか」


 袋の尻を数回軽く叩いて砂糖を出し切り、空になった袋をくしゃりと握り潰す。

 細長かった袋は丸められ、近くにあったゴミ箱へと投げ捨てられた。


「しっかし、頭文字をとったら『MOU』やろ? これやったらモユやのうて、モウやないか?」

「当て字ってやつよ。それに、モウなんて家畜みたいで嫌じゃない?」

「造った実験体を家畜みとうに扱っとる奴が、今さら何を言うとんねん」

「あら、言うわね。でも、モウじゃなんだか呼びづらいし、何だかピンと来なかったのよ」

「なんや、そら。あんたの感覚で決めたんかいな」

「あら、研究する者としてインスピレーションは大事よ。ニュートンだって林檎が落ちたのを見て閃いたという話は有名でしょ?」

「はっ……やったら、俺等みとうな人の道を外した奴はどこまで落ちるか聞いてみたいわ」


 テイルはスプーンでコーヒーを掻き混ぜ、砂糖を溶かしながら会話していく。


「そんなの、ありはしないわ」

「あん?」

「私やあなたみたいな外道はね、“どこまで”落ちるか、じゃないわ。“どこまでも”落ちるのよ」


 小さくなった飴を口に戻し、モリが答える。


「そう、私達は落ち続けるのよ。床、壁、地面。どこかに落ちるなんて事は出来ない。落ちた事で怪我をして行いを反省するのも、助からず後悔するのも、死んで詫びるのも……そんな甘い事は許されないわ」


 モリは話しながら近くの椅子へと歩き、ゆっくりと座る。

 ギィ、と軋む椅子の音。


「ひたすら落ちる。それが答えよ。際限無く、限り無く、終わり無く。私達は無限に落ちていくのよ、奈落に。いえ……落ちている、ね」

「なんや、モリちゃんはこの仕事をしとるのに後悔しとんのか?」

「ふふっ、まさか。私は私の意思で、好きでやっているわ。奈落に落ちる程度で済むのなら、喜んで飛び降りるわよ?」

「さいでっか」


 心底楽しそうで、そして嬉しそうに語るモリを見て、少し脱力して返すテイル。


「そう言うあなたはどうなの、テイル?」

「ん? 俺か?」

「あなたは何でこんな事をしているのかしら?」

「そんなん、面白いからに決まっとるやろ。色んなモンを知りたい年頃でな、好奇心旺盛やねん」


 けらけらと白い歯を見せて、テイルが笑う。


「その強い好奇心……いつかあなたを壊すかもしれないわよ?」

「はっ、遅い遅い。もうとっくに壊してもうてるわ。でなきゃ、こんな所でこんな事をしてへんて」

「ふふっ、そうね。壊れていなきゃこんな仕事は出来ないわね」


 テイルの返答に笑い、椅子の手摺に頬杖するモリ。


「そんで、もう話はええか? コーヒーも持ったし、ニコチンを補充しに行きたいんやけど」

「あら、そうね。その子の名前についてもう少しあったんだけど……」

「なんや、まだあるんかいな?」

「でもいいわ。大して重要じゃないし、また今度の機会で構わないわ。長話して、私も口が疲れたし」


 と言って、モリは椅子の背もたれに寄り掛かる。

 後ろから、『口が疲れとるクセに飴舐めとるやないか』とテイルが呟いたが、声が小さかったせいかモリには聞こえていなかったようだ。


「んじゃ、一服しに行っても構へんのやな?」

「ええ。また何かあった呼び出すから」

「よっしゃ! ほな、俺はこれで。仕事頑張ってやー」


 胸の高さで小さく握り拳を作り、テイルの表情は嬉々としたものに。

 そして、軽く手を振り、コーヒーを片手にそそくさと部屋から出ていった。


「話、聞いてたわよね? 私と居ない時は、さっきの金髪筋肉から薬を貰いなさい。これからは、そういうのが多くなる予定だから」

「……わかった」


 この部屋に来てから初めて、モリは私に話しかけてきた。

 それに頷いて答え、モリを見る。


「っと、言ってる側から薬の時間ね。長話になってしまって時間に気付かなかったわ」


 パソコンの画面に表示されていた時計を見て、モリは机の引き出しを開ける。

 がさごそと漁り、中から物を取り出していく。


「はい、これ。零時の分よ」


 そう言って、数個の小さい薬の容器を手に乗せて差し出してきた。

 モリは椅子に座ったままで、距離は少し離れている。なので、モリの所まで歩いて行き、薬の容器を受け取る。


「水はいつもと同じであなたの部屋に置いてあるから、必ず飲みなさい。飲んだら次の服用時間まで寝てていいわ。次の薬は後で渡すから、起きたらこの部屋に来なさい」

「……わかった」


 手にした薬の容器を確認しながら、また頷いて見せる。


「なら、部屋に行きなさい」

「……うん」


 こくん、と首を縦に振って返事をする。

 そして、言われた通り私の部屋へ行く為に、この部屋のドアへと歩いていく。

 ドアの前に立つと、プシュッ、という音が鳴ってドアが横に開いた。


「さて、と。私は今日も徹夜ね」


 部屋から出た時、そんなモリの声が後ろから聞こえてドアが閉まった。

 どうやら、モリはこの後も何か仕事があるらしい。けど、自分には関係無い。私は自分の部屋に行き、薬を飲んで寝るように言われた。

 だから、言われた通りにしないといけない。

 落とさないようにと薬を両手で持って、自分の部屋へ移動する。

 部屋の場所はすぐ隣。薄暗い通路を歩いて、ものの数秒で着いた。ドアの前に立つと、またプシュッと鳴ってドアが開く。

 ドアが閉まる前に部屋の中へ入り、タイミングを見計らったかのようにドアが閉まる。

 部屋にある物はベッドと小ぶりな机が一つあるだけ。

 明かりを点ける電源らしき物は見当たらず、通路同様に薄暗い。


 さっきモリとテイルが話をしていた部屋もそうだったけど、意図的に暗くしているらしい。

 机に視線をやると、モリが言っていた通り、水が入ったペットボトルが置かれていた。

 何も無い部屋の綺麗な床を歩いて、机まで移動する。

 手に持っていた薬を机の上に置いて、ペットボトルの蓋を開ける。数種類ある薬の中の一つを拾い、パキン、と渇いた音をさせて容器から取り出す。


「……ん」


 薬を口に含み、蓋を開けておいたペットボトルの水と一緒に飲み込む。それを数回繰り返し、全部で四つの薬を飲んだ。

 最後に水を一口だけ飲んでから蓋を閉め、机に戻してベッドに向かう。

 ベッドに座ると、ギシ……と小さく軋んだ音がなった。

 そのまま倒れてベッドに身体を預けて、目を瞑る。暗かった所が、さらに黒を帯びてもっと暗くなる。

 音も、聞こえない。何も聞こえない。

 シンと静寂かで、耳が機能していないんじゃないかと思ってしまう。


「……っ」


 下唇を軽く噛み、瞼を閉じる力を強める。

 思い出してしまう。あの、かつて私が入っていた所を。造られていた時を。

 暗くて、静寂かで、一人で、寒くて。決して気分良いものでなく、気持ち悪ささえ覚える。

 毛布を被り、耳を塞ぎ、身体を丸める。それらから逃げ、拒み、背くように。

 何故だか自分には解らない。理由も解らない。

 けど、これだけは言える。

 この暗い所が。この静寂かな所が。

 私は――――。





「――――――きらい」





    ◇   ◇   ◇




「さて、と。私は今日も徹夜ね」


 部屋を出ていくモユを見送り、モリはパソコンに向き直って誰にでもなく一人で愚痴る。

 マウスを操作してクリックする度に、画面には色々なものが表示されていく。


「ふふっ……本当、興味深いわね。禁器も、あの子も」


 薄暗い部屋でパソコン画面の光に照らされ、モリは不気味に見える笑みを零す。


「さ、今日の分のデータをまとめましょうか」


 カチ、と最後にマウスを一度だけ押し、モリは両手でキーボードを打ち込んでいく。

 パソコンの画面には、『禁器の実験内容と結果』と表示されたテキスト。

 そして、『MOU』と書かれた文字の隣には、『繭』という漢字が記されていた。




    ◇   ◇   ◇



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