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No.4 それじゃあ、始めなさい




    *   *   *




 私が目覚めてから、どれだけ日にちが経っただろう。

 私が造り出された研究所という場所から出る事は一度も無く、昼夜の感覚が全く無い。

 朝に寝て、夜に起きているのか。昼間に起きて、夕方に寝ているのか。それとも、規則正しい生活をしているのか。

 曜日という言葉を知っているが、この生活では知っていても知らなくても大して変わらない。

 毎日モリと呼ばれる人物に色々な部屋へ連れられ、様々な事をさせられた。

 禁器でモノを斬らされたり、ベッドに寝かされて身体中に機械を付けられたり、またあの筒状の入れられたりと。

 モリは私が食事や就寝時以外は殆ど付きっきりで、禁器の実験だけで一日が過ぎていく。

 言われた事をやり、言われた通りにこなして、言われたままに動く。

 その事に抵抗は無い。私はその為に生まれ、それだけの為に造られたのだから。

 そう、頭が言っている。


 誰に言われたか、誰に教わったか解らない。ただ漠然と、そうなんだと納得してしまう。

 そして今も、禁器のデータ採取の為に実験を行っている。

 とても広く、白い部屋。高い天井からは、照明が放つ眩い光が部屋全体を照らす。

 見上げれば、その眩しさに目を細めてしまう。広い部屋には塵一つ落ちて無く、光を遮り影を作る物は無い。

 人も当然、誰一人ここには居ない。居るのは私。この場にあるのは、私だけ。

 者でも物でも無い。単なるモノである、それ。


『準備はいいかしら?』


 白く広い部屋に、響く声。

 スピーカーを通して聞こえてくるその声は、モリの声。

 見る限りでは部屋にスピーカーらしい物は見当たらないが、どこかにあるんだろう。

 こくん、と無言で声に返事して、両手に持つそれを握り直す。


『今から現れる標的を全て斬りなさい。今回は手加減しなくていいわ。向こうはあなたを殺すよう言ってあるから、あなたもそのつもりでね』


 私は無言で答えたにも関わらず、モリは言葉を繋げて返してきた。

 恐らく、スピーカーだけでなく、カメラもどこかに設置して私を見ているんだろう。


「……わかった」


 今度は声を出して返事し、自分が立つ正面にあるドアを見つめる。

 柄を握る力を強めると、チャキ……と鍔鳴り音がした。

 プシュ、という空気が抜けるような音をさせて、正面のドアが開かれる。

 開かれたドアの奥。暗く黒で染められた闇の中から、モリが言った“標的”が姿を現す。

 数は三人。男性が二人、女性が一人。

 全員が全員、ゆっくりと部屋に入り、身体はゆらゆらと頼りなく揺れている。目には生気は感じられず、光っていない。見てすぐに解った。この三人も私と同じ、実験体。

 造られたモノだというのが。


『全員部屋に入ったわね?』


 部屋にモリの声が響き、同時に逃げ場を塞ぐようにドアは閉められる。

 いつもの事だ。


『さて、ドアは実験が終わるまで開かないから』


 つまり、私が今部屋に入ってきた他の実験体か。この中で生き残った一人だけが出れるという事。

 変わらない。いつも通りだ。

 少し溜めるように、焦らすように。モリは一呼吸置いてから、続きの言葉を言い放つ。


『それじゃあ、始めなさい』


 この言葉も変わらない。いつも通り。

 そして、その言葉を合図に、正面に立っていた実験体三人が走り出した。

 先程は生気が感じられなかった瞳は、今は鋭さを帯びている。

 けどやはり、既に自我は失っていたようだ。


「ガ、ッア、ァァアア!」


 私へと向かって来ながら叫ぶ声は、言葉として聞き取れるものじゃない。


「……」


 無言で小さく腰を落として禁器を構え、先頭を走る男性を見つめる。

 標的である三人を斬るというのが、私に下された命令。

 ならこれも、いつも通り済ませればいい。


「ゴァァァアッ!」


 もう目の前に迫る男性を見据え、禁器を握り締める。

 そして、自身をも越える刀身のそれを、振るう。

 右から左へと、横薙ぎで。


「――――カ゜ッ」


 なんとも言い現せられないような声。

 『カ』とも『ガ』とも聞き取れそうで、聞こえなさそうな一言。

 そんな言葉を最後に、上唇と下唇が別れる形で男性の頭は宙に舞った。

 命令する脳を切り離された身体は走った勢いのまま倒れ込み、頭部は鈍い音を立てて床に転がった。


「……まず、一人」


 斬った実験体には目もくれず、残り二人へ意識を向ける。

 二人はほぼ同じスピードで走って来ている。このままだと、二人を同時に相手をする形になる。

 左手には男性、右手には女性の実験体。挟まれれば、厄介な状況になりかねない。


「……ッ」


 素早く交互を見やってから、右へと走り出す。

 女性の実験体から距離を取り、男性の実験体を自分の方へ誘う。


「アァァァァ!」


 狙い通り、男性はこちらに向かって来て走りを止めない。

 男性は大きく開いた右手を、まるで私を握り潰すような勢いで伸ばしてきた。


 ――が。


 部屋に響いたのは、ザンッ、という渇いた音。

 男性の右肩から先は無くなり、変わりに赤い液体が止めどなく吹き出している。

 そして、肩に付いていた筈の腕は、くるくると回りながら床へと落ちた。

 べちゃ、と。


「ギ、――――ィ」


 何が起きたか解らないのか、解っていても理解出来ない、余りの痛みに上手く声が出ないのか。

 男性の実験体は立ち止まって赤く染まる肩を呆然と眺めている。


「……ッ」


 そこをさらに、下から斜め上に斬り上げて左足を切断する。

 左足の太股から下を斬られ、バランスを取れなくなった男性の実験体は身体が斜めに傾いていく。

 そこを透かさず、相手の腹部を押すように蹴り飛ばす。


「ギッ」


 奇怪な声を上げて、男性は後ろへ倒れる。


「ガ……ッ」


 そして、ほぼ同時に聞こえた女性の声。

 男性の実験体のすぐ後ろに居た女性の実験体に、蹴られた男性の実験体が被さるように倒れ、妨げとなっていた。

 先程、右へと走って移動したのはこの為。

 二人の位置を直線状にして、この状況を作る為だった。

 男性の身体がより掛かり、女性の実験体が上手く動けない今がチャンス。


「……一気に、やる」


 禁器である大剣を水平にして、走ったまま前に突き出す。


 ――――ぞふり。


 中身を掻き分けて、肉を裂く感触が禁器を通して手に伝わる。

 大剣は腹部に突き刺さり、二人ごと串刺しにしていた。

 手元を少しでもずらすと、ぐちり……と生々しい音。

 腹を抉るように大剣を動かして、刃先を斜め上にする。

 皮を、肉を、脂肪を、骨を、血を。全てを斬るイメージ。

 斬った姿を、斬ったモノを、鮮明に明確に確実に思い浮かべる。


「……これで」


 呟き、腹下から左肩へと禁器を斬り上げる。何の抵抗も無く、禁器はすらりと肩を突き抜けて赤く濡れた刃を現した。

 斬られた事に気付かなかったかのように、少し遅れて傷口から血が吹き出す。

 勢い良く、夥しく。

 吹き出る血飛沫がスローモーションで宙に舞い、視界の殆どが赤色で染まる中、僅かな隙間を縫うように狙いを定める。

 止めを刺す為に、首を。


「……終わり」


 振り上げた大剣を、今度は大きく横へ振り払う。

 男性は肩から上、女性は首から上が身体から離れ、くるりくるりと宙で踊る。


「――――」


 その踊っている物体が酷く小さな上げた、呻き声。

 余りの小ささに聞き取る事は出来なかった。

 だが、仮に聞き取れていたとしても、なんと言ったか解らない言葉からかけ離れた言葉だっただろう。

 なら、聞いても聞かなくても変わらない。

 そして、二人の首が同時に落ちて、未だ血を流し続ける身体も力無く床に倒れ伏した。


「……」


 無言で床に転がるモノを見下ろし、構えた大剣はまだ下ろさない。

 床に転がる身体も、首も。ぴくりとも動かず、床には赤い水溜まりが大きくなっていく。

 標的を完全に(コロ)した事を確認して、片手で大剣を大きく振るう。

 遠心力で刃に付いていた血糊を払い、部屋の白い壁に幾つもの赤い染みが付いた。

 シンと静かな部屋に、頃合いを見計らったようにドアが開いた。

 また、プシュ、という音をさせて。


「やー、今日も飽きずに実験ごくろーさんや」


 そこから現れたのは、背中までの金髪を三つ編みにして、奇妙な喋り方をする男。

 テイルだった。


「ちょっとした猟奇ホラーのワンシーンみとうやないか。えげつないなぁ」


 口に啣えたタバコと呼ばれる棒から煙を立たせて、テイルは部屋の中へと入ってくる。

 床に流れ出ている血溜まりを気にもせず、ぴちゃ、と踏み歩く。


「おーおー、全員首チョンパかいな。情けも容赦もあらへんなぁ、お前」

「……やれと言われたから」


 テイルは死体の横にしゃがみ込み、首だけになった実験体の髪を摘まんで持ち上げる。


「ま、そうせなお前は実験体としてクビ。逆に死んでまうもんなぁ」


 その首をぷらぷらと遊ばせながら、テイルは私を見て小さく笑う。


「自分の首を繋げる為に、文字通り他の首を斬った訳か。あっはっはっは!」


 髪を摘まんで持っていた首を投げ捨て、げらげらと笑うテイル。

 投げられた首は壁にぶつかり、変な音を立てて再び床に転がった。


「……ちっ、相変わらず無愛想なやっちゃで。冗談の一つでも言われたら笑うぐらい出来へんのか」


 何が気に入らなかったのか、テイルは私を見て不機嫌そうに頭を掻く。


「……無愛想って、なに?」


 首を少し斜めにして、テイルに聞く。


「その全く表情の変わらへん面白味のない、お前の事や」

「……おもしろ、み?」


 テイルから返ってきた答えも、私にはよく解らないものだった。

 斜めにした首をさらに斜めにして、小さく呟く。


『あら、今日は早いお帰りなのね。テイル』


 部屋にテイルが現れたのに気付いたのか、モリの声が話しかけてきた。


『良い材料が見付かったかしら?』

「あかんあかん。お土産は無しや」


 しゃがむのを止めて、テイルは立ち上がりながらモリと話す。


『そう。まぁ、そうそう見付からないから製造してまで探しているんだけどもね』


 姿は見えず声だけでも、モリが溜め息しつつ話しているのが解る。


『それとね、テイル。その部屋も禁煙。タバコは吸わないでくれる?』

「あぁん? 火ィ点けたばっかりなんや、一本位ええやないか」


『駄目よ。もう一度言うわ。その部屋は禁煙』


「……チッ」


 テイルは舌打ちして悪態をついて、啣えたタバコを右手で摘み持つ。

 それを人差し指で弾くと、小さな弧を描いて床に落下していく。

 床の血溜まりに落ち、じゅっ、と音を立てた。


「……前から気になってた」

「ん? なんやねん?」

「……タバコって、なに?」


 捨てられたタバコと呼ばれる物を一度目で追ってから、テイルを見て質問する。

 今までに何度かタバコという言葉を耳にしてきたが、それがどういう物なのかは未だによく解らない。

 テイルがよく口に啣えていて、白くて細い棒の形をしているのは解る。


「なんやお前、タバコ知らんのかいな?」

「……うん」

「っかー……ええか、タバコっちゅうんは命の源、元気の素、総合栄養食品や。これを吸えばMPも全回復……」

『適当な事を言って間違った知識を与えないでくれる?』


 明らかな呆れを感じさせる中に、微かな怒りが混ざったモリの声がテイルへ放たれた。


『それに、吸うだけで食べもしないのに総合栄養食品なんてデタラメもいいとこだわ』

「ありゃ、ツッコミがキッツいのぉ、モリちゃんは」


 両手を肩の高さまで上げて、テイルはやれやれと呟く。


『無駄話はもう終わりでいいかしら? その部屋を掃除しなきゃならないし、話があるわ。その子を連れて上に来てくれる?』

「りょーかい。ガキ、聞いての通りや、行くで」


 テイルは踵を返してドアへ歩き出し、背中越しに一度だけ手招きされた。


「……うん」


 小さく返事して、その背中を小走りして追い掛ける。

 結局、タバコが何なのかはいまいちよく解らないままだった。


 ぱしゃん、と。


 床に流れる赤い液体を踏んで、鉄臭さが鼻につく部屋を後にする。

 首を斬り離された三つの肉片を後目にして。


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