No.39 お、おばっ、お化け屋敷ぃぃぃ!?
* * *
青い空に太陽の光、暑い空気。息が白くなる氷の世界から、賑やかで明るい世界に戻って来た。
茶色い服は返して、今は元の服装。寒かった所から戻って来たからか、外は暑くなくて暖かく感じる。
多分、すぐにまた暑くなるなるだろう。
「寒かったけど楽しかったねー」
「……うん、綺麗だった」
建物の中が薄暗かっただけに、外が明るくて少し眩しい。
「咲月君、どこに居るのかしら……」
キョロキョロと辺りを見回す沙夜。今は匕とは一緒じゃなく、寒さに耐えられず一人だけで走って先に出てしまった。
大丈夫だとは思うが、顔色が真っ青だったから少し心配。
「あっ、姉さん。咲月先輩、あそこにいるよ」
一番に見付けたのは沙姫で、匕は氷の水族館の出口から離れたベンチに座っていた。
ぐったりと背もたれに寄り掛かって、全身で太陽の光を浴びるように。
「咲月先輩、大丈夫ですかー?」
匕の所まで移動して、近付いたところで沙姫が声を掛ける。
「なんとか一命は取り止めたわ……」
寄り掛かっていた背中を起こすが、そのまま前に倒れて項垂れる匕。
「本当に大丈夫、咲月君? 防寒着、今からでも借りてこようか?」
「あぁ大丈夫、大丈夫ですよ。生きて帰ってこれたんで、あとは体温さえ回復するだけですから」
まだいつもより元気が無くて声も弱々しいが、沙夜に笑って答える匕の顔色は少しだけど良くなっていた。
身体の震えも大分治まっているし、大丈夫そうだ。
安心していると、匕の遠く後ろに時計があるが見え、大事な事に気付いた。
「……匕」
ベンチに座る匕の服の袖を掴んで引っ張る。
「……三時」
「はい?」
意味が解らず戸惑う匕の服を、もう一度引っ張る。
「……アイス」
「あ、アイス……ですか?」
「……うん、アイス。三時になった」
また少し匕の顔色が悪くなった気がした。
「今じゃないど駄目か?」
「……だめ」
「すぐ?」
「……すぐ」
「どうしても?」
「……どうしても」
服を掴む私の手を見て、匕は大きな溜め息を吐いた。
「……わあったよ、買ってくるから待ってろ」
私が服から手を離すと、匕はベンチから立ち上がる。
「なら私が買ってくるから、咲月君は座って休んでて。まだ震えてるじゃない」
「いや、自分で行けますよ。それに動いた方が早く身体が温まりそうですし」
「じゃあ咲月先輩、私にもアイスお願いします!」
「お前もかよ。あの寒さの後によくアイスなんて食う気になれるな……」
「ほら、寒い冬にもアイスが食べたくなる事があるじゃないですか。あれと同じですよ」
「沙夜先輩は? 食べたいなら買って来ますけど?」
「遠慮するわ。私は寒くて食べる気になれないもの」
沙夜は苦笑いしながら、まだ寒さのか腕を摩っていた。
せっかくアイスが食べられるのに、勿体無い。
「買ってくるから少し待ってろ」
そう言って、匕は一番近くにあったお店まで買いに行った。
やはりまだ完全に回復していないらしく、後ろ姿が少しふらふらして揺れていた。
「座って待ってよっか、モユちゃん」
「……うん」
空いたベンチに沙姫と座る。日差しが当たっていたせいか、座ると暖かかった。
「よくアイスなんて食べれるわね……」
沙夜も私の隣に座り、はぁ、と小さく息を吐いた。
「そりゃ食べられるよ、だってアイス美味しいもん。ねー、モユちゃん?」
「……うん、アイスおいしい」
「そうじゃなくて……」
頭が痛いのか、沙夜は額を手で押さえる。
他に人は居なかったらしく、すぐにお店から出てきた匕が見えた。
「買ってきたぞ。バニラとチョコだ、好きな方を選べ」
両手にアイスを持って戻って来た。右手が茶色で、左手が白。
「モユちゃんはどっち食べたい?」
「……チョコ」
「じゃあ私はバニラー!」
匕が右手に持っていたチョコ味のアイスを受け取って、今日最後のアイスを食べる。
「んー、おいしー!」
「……」
一口食べる。冷たく溶ける食感と、チョコの甘さが口に広がる。
このアイスはいつもの袋やカップに入ったのとは違って、三角形のお菓子の上にアイスがぐるぐる巻かれていた。似たようなアイスは食べた事があるけど、前のは専用の容器に入ってた。けど、今食べているのは容器に入っていなくて、アイスも柔らかい。
いつもとちょっと違う食感で、これも美味しい。匕と沙姫が私を挟んで話をしているようだけど、気にしない。
今はアイスを食べるのが一番先。今日は暑い日で、しかも外に居る。ゆっくりし過ぎるとアイスが溶けてしまう。
三角形のお菓子はサクサクした歯応えで、甘いアイスと一緒に食べると合う。お菓子は中に穴が空いていて、その中にもアイスが入っていた。
初めて食べる新しいアイスが美味しくて、食べるのが早くなってしまう。
最後の一口を口に入れ、今日の楽しみは終わってしまった。
「お、おばっ、お化け屋敷ぃぃぃ!?」
ごくん。アイスを飲み込むとほぼ同時に、隣から沙姫の悲鳴みたいな声が聞こえてきた。
顔色が段々と悪くなって、匕の次は沙姫の顔が真っ青になる。
「や、やめましょう! 遊園地なんですから、もっと賑やかな所に行きましょうよ!」
「でもよ、ここのお化け屋敷は面白そうなんだよなぁ。学校をモチーフにしていて、廃校になった所から実際に使われていた机や椅子、黒板とかの道具を一部として使用してるみたいで本格的なんだよ」
「は、廃校……」
「パンフレットにも人気ベスト3に入ってるって書いてるし、なんでも全国でも有名らしいぞ。ほら、テレビに取り上げられたってここに書いてある。こりゃ行くしかねぇだろ」
「そ、そんなに怖いんですか……?」
匕に危機ながら、沙姫が私に抱き付いてきた。
寒くないのに震えていて、泣いているようにも見える。
「沙夜先輩も行ってみたいですよね?」
「え? そうねぇ……そんなに有名なら行ってみたい気もするわね」
んー、と小さく唸ってから、沙夜が答える。
「モユもお化け屋敷、行きたいよなー?」
「……それ、楽しい?」
「おう。楽しいもんが見れるぞ」
さっきまで悪かった顔色は元に戻り、匕は凄く楽しそうに言う。
この遊園地という所で遊んだ物は全部楽しかった。
「……うん、行く」
なら、お化け屋敷がどんな物かは解らないけど、きっと楽しい。
「ね、姉さん! モユちゃんまで!」
「なんだ? 沙姫は行かねぇのか?」
「ぐぐぅ……」
私に抱き付いたまま、沙姫は悩むような困ったようなよく解らない顔をしている。
「あぁ、悪い悪い。沙姫はお化け屋敷、怖いから行きたくないのか。そうかそうか。モユは行くって言ってるのに、姉の沙姫は行かないのかぁ。そりゃあモユの方が姉っぽいって言われるよなぁ」
顔は半笑いで目は半開き。どこかいつもの匕とは違和感がある喋り方。
なんか、誘っているような感じ。
「~~~~~~ッ! 分かりました、分かりましたよ! やってやるです!」
すると、沙姫は何か悩み抜いてから、抱き付いたまま涙目で叫ぶ。
「私だって、モユちゃんに姉らしく格好良い所を見せてやりますよ!」
沙姫はベンチから勢い良く立ち上がって手を強く握り締める。
けど、声が少し変で足は震えてて、やっぱりまだ涙目だった。
「よーし、じゃ沙姫の覚悟が薄れる前に行くとするか」
匕は対して気にもせず、立ち上がって歩き出す。
「咲月君、そのお化け屋敷はどこにあるの?」
「あっちですよ、ほら。鼠色をした建物が少し見えません?」
私もベンチから降りて沙姫と手を繋ぎ、匕と沙夜の後ろを付いていく。
繋いだ沙姫の手はカタカタと震えていた。
「そうだ、沙姫」
「はい」
「一つ提案があるんだけどよ」
「はい」
私の隣を歩く沙姫は、何か追い詰められたように表情が固まっている。
ずっと足元を見て歩いて、匕に返事はしていても内容は頭に入っていないようだった。
「パンフレットだと、お化け屋敷は最大五人まで一緒に入れるらしいんだ」
「はい」
「だから、二人ずつに別れよう」
「はい……って、ぶぅぇぇえ!?」
足元を見ていた顔を勢い良く上げて、変な声を出す沙姫。
「なんで、どうしてっ!? 一緒でいいじゃないですか! 仲良く皆で行きましょうよ!?」
いきなり走り寄ると手を繋いでいる私も引っ張られ、沙姫は今にも泣きそうな勢いで空いてる手で匕の腕を掴む。
「だってよ、皆一緒に入ったら怖さが減るだろ。だから、別れて少人数で行こう。その方が面白いだろ」
青かった沙姫の顔色が、さらに青くなっていく。
「俺は沙夜先輩と組むから、お前はモユとな」
「へっ!? わ、私はモユちゃんとですか!?」
沙姫は私を見てきて、目が合う。
「で、出来れば、その……咲月先輩か姉さんがいいかなぁ、なんて……」
「何言ってんだよ。さっきモユに格好良い所を見せるって言ってたじゃねぇか。それなのに別々になってどうすんだよ」
「え、あっ……そ、そうですよねぇ! 私ったら何言ってるんだろ! あ、あは、あはははっ!」
匕の腕を掴んでいた手を後頭部にやり、落ち着きが無く視線をあちこちにやって笑う沙姫。
けど、その笑い顔は引き釣ってぎこちなかった。
「よーし、ペアは俺と沙夜先輩、沙姫とモユで文句無ぇな?」
「はは、ははは! もちろんですよ!」
沙姫は涙目で顔は真っ青から真っ白、額には汗も浮かんでいる。泣いているのか笑っているのか、それとも嬉しいのか悲しいのか、よく解らない表情。こんな顔は初めて見た。
またお化け屋敷へと歩き出すが、手を繋いだ沙姫の手が冷たい。
沙姫を見上げてみると、また足元を見ながら強張った表情をしていた。しかも、小さくぶつぶつと何か呟いて。
沙姫がこんなに思い詰める程、お化け屋敷と言うのは危険な物なのだろうか。
しかし、前を歩く匕と沙夜は楽しそうに喋っている。危ないのか楽しいのか、予想出来ない。一体、お化け屋敷と言うのはどういうのなんだろう。
なんて考えていると、匕が振り向いてきた。
「沙姫ー。今沙夜先輩と話したんだけどよ、俺達が先に入っていいか?」
「い、いいですよ! どうぞどうぞ、どんどん先に入ってください!」
何故か沙姫は匕の声に身体を跳ね付かせ、声は裏返っていた。
匕はそれだけを確認したら、すぐに前を向いてまた沙夜と話し始めた。何を話しているかは聞こえないが、楽しそうになのは後ろから見ても解る。
すると、匕と沙夜の笑い声が小さく聞こえてくると、二人の背中から黒い霧みたいなのが出ていた。
二人は笑っているのに、何か怖い。




