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No.3 って、なんやてーーーーっ!?

 緑色に光る箱が無数に並んでいる部屋を後にして、通路に出た。

 灯りは足元が見える程度のもので、光る箱が無い分、さっきの部屋よりも薄暗く感じる。

 先を行く男は歩く度にコツコツと足音が鳴り、裸足の私はひたひたと鉄の感触が冷たい。

 男は部屋を出てからは一切喋らず、無言で通路を進んで行く。

 対して、私も話す事も無い。長く続く通路には、靴音と足音だけが不気味に鳴り響いていた。


「っと、到着や」


 男は足を止め、後ろを歩く私も同じく止まる。

 しかし、男が立つ正面にあるのは壁だけで、何かがあるようには見えない。


「ったく、いちいちこないな事せなあかんなんて面倒ったらあらへん。厳重に保管するんはええけど、どないにしろ誰もまともに持てへんのに……」


 男はぶつぶつと言いながら、何やら人差し指で壁を何度も押している。

 そして、最後にポケットから取り出したカードを壁に通した。

 カシュッ、と小気味の言い音がしたと思えば、今度はピーっという甲高い音が鳴り始める。


「天国が地獄か、運命の分かれ所や」


 壁だと思っていた所に縦に白い線が入り、壁はゆっくりと開いていく。


「……ッ」


 開いた壁の奥から光が放たれ、眩しくて目を細める。

 徐々に光に目が慣れていき、視界もはっきりとなっていく。


「……なに、ここ」


 現れたのは、部屋。

 さっきの部屋や通路よりも明るく、今まで薄暗い場所に居たせいか一層明るく感じる。


「つっ立ってないではよ入りぃ」


 先に部屋へ入っていく男を追って、私も中へ入る。

 中は余り広くは無く、部屋の中央には人が一人寝転がれそうな大きさの台座があった。


「……な、に?」


 部屋に入った瞬間、違和感を覚えた。

 金切り音のようなのが頭に響くというか、なんて言い現せば良いのか解らない。

 無意識に、毛布を掴む力が強くなる。


「あん? 何してん、さっさと来いっちゅうに」


 その声で我に返ると、男はいつの間にか台座の前にまで移動していた。

 さっきの違和感は消えて、今は何も感じない。

 気のせいだった、とは思えない。一体なんだったんだろう……。

 疑問を頭に抱えて、とりあえず男の所まで歩み寄る。


『それが新しい実験体ですか?』


 男の隣まで近付いた所で、どこからか声が聞こえてきた。

 隣に居る男とは声と喋り方が違う。別人のものだというのはすぐに解った。


「せや。今まで試しても無理やったんや、どうせこのガキも駄目やろうけどなぁ」

『私達も調べてはいますが、やはり条件は謎のままです』


 男は顔を上げて、聞こえてくる声と会話を始めた。

 男が顔を向ける先を追ってみると、数メートル上に張られたガラス窓の向こうから、私達を見下ろしている人が居た。

 短髪に眼鏡を掛けて、白衣を羽織っている男が一人。


「たまにスキルが目覚めたモンが出るけど、大概は造って棄てての繰り返し。これで何体目や?」

『この部屋で選別を試すのは、これで六千三十五体目ですね。途中廃棄のも含めれば、一万三千ハ百七体です』

「っかー、五割以上が途中廃棄やもんなぁ。やんたくなってくるわ」

『そう言わないで下さい。私達はこれの他に二从にじゅう人格いんかくも並行しているんですから』


 白衣を着た男の口が動くと、同時に声が聞こえてくる。

 どうやら、金髪の男と話をしているのはあの人のようだ。


『それにしても、今回の実験体は妙に小さいですね』

「あー、製造過程で手違いがあったんかどうかは解らへんが、こない珍妙なのが出てきよった。途中で奇形変形して廃棄されるんはよう見るが、こんなんは初めて見たわ」

『えぇ、今までに無いケースです。スキルは十六から二十歳までが目覚めやすい時期と言われ、その付近での年齢のヒトを生産しています。それなのにこんな幼子が造られたとは……』


 白衣の男は中指で眼鏡を軽く上げて、興味津々といった視線を私に向けてくる。


『それに、他の研究員達が欲しがりそうですよ。今まで廃棄された中に幼女なんて居ませんでしからね』

「ここの研究所には特殊性癖がそない居るんか? こない小便ガキの何がええのか、俺にはさっぱり解らへん」

『年端もいかない幼い子供を犯すという背徳感、綺麗なモノを自分が汚すという支配感。その二つに快感を覚えるのでしょう』

「けったいな物好きが居るもんやな、ほんま」


 大きな溜め息を吐いて、隣の男は頭を軽く掻く。


「ま、こんガキはスキルが目覚めておらへんからな。この選別で駄目やったら廃棄行きや。欲しがったら好きにしてええで」

『それは有り難い。皆が喜びますよ』

「ガキ一匹で喜ぶ大人っちゅうのもどうか思うけどなぁ」

『しょうがないですよ。この研究所で手っ取り早く出来る娯楽はこれ位ですから。使えるモノは有効活用しなければ』

「なんや、どっかで聞いた台詞やな」

『何か?』

「いやいや、なんでもあらへん」


 上手く聞き取れなかった白衣の男が聞き返してくるが、金髪の男は軽く手を振って誤魔化す。


『他にも、使うだけ使って用済みになった実験体を裏ルートに回したりしている者もいるらしいですし』

「裏ルート? 初耳やな」

『実験体は肉体的、精神的に何かしらの欠陥がありますからね。その分、安値で売り捌いて小遣い稼ぎをしているようで』

「そんな不良品を欲しがる奴が居るんか?」

『居ますよ、それも沢山。戸籍を始め、学歴、病歴、DNA、その他諸々が全て無い。つまり、この世に存在しない事になっているんです。これ以上無い、テロには持ってこいのアイテムじゃないですか。何処かの独裁国家なんかは特に欲しがるのでは?』


 白衣の男は眼鏡を外し、白衣のポケットから布を出して眼鏡を拭きながら話す。


『勿論、ここと同様に可愛がるのが目的で購入する方も珍しくないとか』

「大丈夫なんかぁ? そないあっちゃこっちゃに売ってしもたら、ここの足が掴まれんちゃうか?」

『大丈夫ですよ。売ると言ってもほんの僅かですし、大概は売り捌く前に賞味期限が切れて棄てられますから』


 眼鏡を拭き終わり、白衣の男は眼鏡を掛け直す。


『大分脱線してしまいましたね。選別を済ませてしまいましょうか』

「っとぉ、せやったせやった。ガキが静かなんでつい話し込んでもうたわ」


 私の事をすっかり忘れていたようで、金髪の男は微苦笑してこっちを向く。


「ほな、最終審査といこか」


 その言葉が合図のように、目の前の台座が動き出した。

 上部が開き、少しずつ台座の中が露になっていく。


「ラストチャンス……一世一代の運試しやで」


 金髪の男は右手の親指立て、台座の中を指す。


「……ッ」


 また頭に響く、あの感覚。

 ――――ギィ、ン。

 刃鳴り音みたいな、金属がぶつかり合った音。


「こいつを持つ事が出来たら天国。出来ひんかったら……いや、今までの会話聞いとったなら言うまでもあらへんか」


 小さな隙間から白い歯を覗かせて、僅かに歪ませた唇。

 不気味さを覚える笑みを、金髪の男は私に向けた。


「……持つ?」

「せや。お前にやってもらうんは簡単簡潔、単純明解」


 金髪の男が親指で差している先。

 開かれた台座に置かれていた、それ。

 年代を感じる古びた外装に、白く光を反射させる鋭い切っ先。そして何より驚くのは、その巨大さ。

 そこにあったモノは、ひたすら大きな剣。大人の身長よりも長くて大きく、見た目だけでも重量があると解る。

 刀身なんか、私よりもある。


「こいつを持てるか試してもらうだけや」


 確かに、簡単で解りやすい。

 ただ、自分の身長を軽く超す大きな剣を持てと言われても、多分無理だと思う。


「……わかった」


 けど、やるしかない。言われた事は全て従えと、そう教わった。

 誰に、どう教わったかは覚えていない。だけど、そう教わったならそうしなければ。

 台座の前に立って、置かれている大きな剣を見つめる。


「……ッ!」


 ――――ギィン。

 また、あの音が頭に響く。

 この部屋に来た時からたまにする、変な音。

 奇妙な感じではあるが、五月蝿いとか邪魔だとか、不快感はしない。


「…………」


 そっと手を差し伸べて、剣の柄に触れる。すると同時に、あの刃鳴りみたいな変な音は綺麗に消えた。

 その事を不思議に思いながら、ゆっくりと柄を握る。

 刀身が大きければ、当然柄も大きく、握っても手が回りきらなかった。

 だと言うのに何故か、しっくりと手に馴染む気がする。


「なんや、黙ったまま動かのうなって。期待はしてへんかったけど、やっぱ無理やったか」


 柄を握ったまま固まっていた私の顔を覗き見て、金髪の男がぼやく。

 ぶっきらに頭を掻いて、再び上の窓ガラスに視線を向ける金髪の男。


「ダメや、ダメダメ。今回もやっぱ無理や」


 そして、上げた腕を交差させてみせる。


『やはり駄目でしたか』


 白衣の男はガラスの向こうで、返事しながら中指で眼鏡を押し上げる。


「廃棄行き決定や。欲しい奴が居ったならやるで。早いモン勝ちや言うとき」


 何やら話を進めていく金髪と白衣の男達。


「……待って」


 剣から隣の金髪の男へと首を曲げて、見上げる。


「あんな、囲碁も将棋も人生も待った無しや。勝負も世の中もそんな甘とう無い」


 金髪の男は腰に手をやり、肩を竦めて答える。


「スキルも目覚めへん上に、禁器も持てへん奴に用は無いんや。大人ししゅう、ここの物好き共に可愛がられるんやな」

「……禁器? それって、これの事?」

「せや。お前が持っとる、そのデッカイ剣の事や。今まで誰一人、使う所か持てる奴すら居らへんかったんや」

「……そう」

「やから、持ったり使えとうする奴を探してたんや。ま、今回も駄目やったけどな」

「……そう」

「ったく、いつになったら持てる奴が見付かるんかなぁ……ゴールが見えへんから一層気が滅入るわ」

「……そう」

「解ったら、さっさとその禁器を台座に戻しぃ。そないガキが持って遊んでいいモンちゃうんや」

「……わかった」

「ゆっくりと丁寧にやで。なんてったって、古臭くても大切な代物や……」

「……うん」

「って、なんやてーーーーっ!?」


 言われた通りに、台座へ禁器を戻そうとしたら、金髪の男がいきなり叫び出した。

 思わず、驚いて身体をビクつかせてしまう。


「関西人はノリツッコミは基本やけど、あまりに自然過ぎてホンマにスルーしてまう所やったわ!」


 金髪の男が何を言っているのかはよく解らないが、驚きと焦りは感じ取れる。


「なんで禁器持っとんねん!?」

「……あなたに持てと言われたから」

「そうやのうて! なんで早う言わへんねん!」

「……だから、待ってって言った」


 聞かれた事に対し、淡々と答えていく。

 すると、金髪の男は肩を落としていき、額に手を当てて溜め息を吐き出す。


「っかー……なんや、こんガキは天然か? 天然なんか? どないなボケも天然には敵わへんさかい……」


 なんて、金髪の男はまた意味の解らない事を口にしている。


「って、そないな事を言うとる場合やあらへん。その大剣、重とうないんか?」

「……おもとう、ない?」

「重たくないか、って事や」

「……全然、むしろ軽い」


 首を左右に振って、金髪の男の問いに答える。

 この禁器と呼ばれる大きな剣は、見た目から反して凄く軽かった。


「ちょい、片手でも持てるんか?」

「……持てる」


 一度頷いて、言われた通り禁器を片手で持ち上げて見せる。


「ふ、ん……よっしゃ、それでそこの台座を斬ってみ」


 つい、と金髪の男は顎を台座へ突き出す。


「……いいの?」

「構へん構へん。思いっ切りやってまえ」


 両手で大剣の柄を握り、台座へと向く。


「ただし、台座を真っ二つにするイメージを頭に思い浮かべるんや。出来るだけ明確に、より的確に、可能な限り鮮明に。対象のモノをぶった斬り、ぶっ壊すのを想像しぃ」

「……わかった」


 手に握る大剣を横に構えて、目を瞑る。

 真っ暗になった視界の中で、想像するは真っ二つになった台座。

 手にした大剣で斬り伏せる自分の姿。抵抗も無く綺麗に斬られる目標。

 強く思い描いた想像を結果として出そうと。

 イメージを固め、瞑っていた目を開く。


「……ッ」


 柄を握るのを強め、両手に力を込める。

 そして、巨大な剣を力の限り横薙ぎに払う。

 フォン、という鋭い風切り音。

 大剣は勢いが止まる事無く、横一線に振るわれた。

 大剣を振った動作で、肩に掛けていた毛布がハラリと床に落ちる。


「……斬れてない」


 そして、少しの間を空けてからぽつりと呟く。

 斬った筈の台座は、何事も無かったように形を変えないままそこにあった。

 しかし、不可解な部分がある。

 私は大剣を横に払い、右から左へと完全に振り切った。なのに、台座は無傷。

 古びた大剣とは言え、当たれば傷が付いたり、多少欠けたりする筈。

 だけど、台座にはそんな形跡はどこにも見当たらない。という事は、私が振るった大剣は台座から外れたのか。

 でも、こんな近い距離で外すだろうか? ちゃんと目を開いていたのに?


「……なに、してるの?」


 首を曲げ、隣にいた金髪の男へと視線を向けると、可笑しなポーズをしていた。

 左手は頭の上で、右手はお腹の前。更に左足を曲げて『4』の字で片足立ち。


「なにしてるの? やあらへんわ、アホか! 何も言わんといきなり振りよってからに! 俺も一緒に斬られる所やったっちゅうに!」


 あぁ、そうか。隣に居たから巻き込む所だったらしい。

 でも、避けるにしても、なんであんな変なポーズなんだろう。


「ったく、思わずシェー言うてもうたわ。んで、斬れたんか?」


 変なポーズをやめて、金髪の男は聞いてきた。

 それに対し、無言で首を横に振る。


「っかしいな……話によると、『斬る』という事に特化しとる聞いたんやけどな……デマやったんか?」


 台座をまじまじと見て、金髪の男は一人言を言っている。

 左手で顎を擦り、右手の人差し指で台座を軽く小突く。


「おぉ?」


 すると、台座に薄らとした一筋の横線が浮かび上がってきた。

 その線は段々とはっきりしていき、横線を境に台座の上半分はゆっくりとズレていく。

 そして、鉄の塊が床に転げ落ちた。

 ズン……と重々しい音を立てて。


「……斬れてた」


 見事に二つに別れた台座を見ながら、他人事みたく呟く。


「っく、くくく……あっはっはっはっは!」


 それを見て、金髪の男は額に手を当てて笑い出した。

 部屋に響く程の声で、口を大きく開いて。


「見付かったわ! ようやく見付かりおった! しかも、こぉんなガキとはなぁ! あっはっはっは!」


 私にはよく解らないが、何か面白い事があったらしい。

 天井を仰いで、金髪の男はまだ声を上げて笑っている。


「正直、聞いた話だけじゃ半信半疑やったが……こんな結果を出されたら信じなあかんわな」


 笑いを止め、台座の前まで移動する金髪の男。

 そして、屈んで二つに分かれた台座の下半分の切れ目を、人差し指でなぞる。


「見てみぃ、鉄製やった台座が見事に真っ二つや。しかも、切れ目が鏡みとうになっとる」


 興味深そうに、金髪の男は唇を斜めにする。


「名のある日本刀でも、こんなんするんは無理やて」


 そう言って、台座から私が持つ大剣に目を移してきた。


「……これは、なに?」


 なぜ私がこんな事をされているのかは解らない。

 だけど、これは普通の代物じゃないという事はすぐに理解出来た。


「っくく……造られて目が覚めたばかりのガキでも、“ソレ”の異様さは解るっちゅう訳か」


 この見た目よりも遥かに軽い重量。自身よりも大きいというのに私が持てている。

 それに、台座を斬った時の感覚。余りにも感触が無さ過ぎて、台座を外したかと思ってしまった。


「お前はな、そのデッカイ剣に選ばれたんや」

「……選ばれた?」

「せや、“所持者”としてな……」


 ゆっくりと立ち上がり、金髪の男はこちらに顔をやる。


「おめっとさん。お前は天国行き決定や」


 にこやかな笑顔を私に向けて言う。


「……そう」


 天国と地獄がどう違うのかは解らないが、それに対して一言だけで返す。

 ただ私は、その笑みは好きになれないと、そう思った。


『何やら笑い声が聞こえましたが……』


 聞き覚えのある声が、部屋に聞こえてきた。

 すぐに声の主が誰なのか気付き、上の窓ガラスを見上げる。

 そこには、さっきと同じく白衣の男が立ってこちらを見下ろしていた。


『いやはや、やはり幼女は人気で大変でしたが……ようやく引き取り手が決まりましたよ』

「引き取り手?」

『えぇ。先程パソコンで全ての研究員と連絡を取りまして。お陰で少し時間が掛かりましたが』

「あー、なんや……せっかく引き取る相手を見付けてくれた所悪いんやけどな。やっぱ無しや、無し」

『は? 無しというのはどういう事で?』

「見ての通り、こういう事や」


 金髪の男が答えて、親指を立てた右手を私へ向ける。


『は……え、は?』


 白衣の男は掛けている眼鏡の縁に手をやり、私を見てきた。

 その顔は信じられないモノを見るように目を見開き、驚愕の色に染まっていた。


『そんな……禁器を持つ事が出来たのですか!?』

「そういうこっちゃ。六千三百……えと……」

『六千三十五体です』

「そう、それや。六千三十五体目でようやく当たりが現れよった。それより、モリちゃんに連絡せぇへんでいいんか?」

『そ、そうだ! 驚きで忘れてました!』


 白衣の男は慌てて、ポケットから手の平サイズの機械を取り出して話し始める。

 誰かと話しているようで、部屋に声は聞こえて来なかったが、数秒で会話は終わった。


『主任もすぐにこちらへ来るそうです』


 機械をポケットに戻し、白衣の男の声が再び聞こえて来る。


『長年探して来ましたが、まさかこんな小さな少女が持てるとは……』

「持てただけやない。しっかりと振るって、斬って、扱う事が出来とるで。その証拠にほれ、見てみ」


 こつん、と。金髪の男は台座を足で軽く小突いた。


「鉄が豆腐みとうにバッサリや」

『“文書”に記されていた通り、ですね』


 白衣の男は一人言のように呟き、形を変えた台座を興味津々に眺めている。


「所持者が見付かったと連絡を受けたけど、本当なの?」


 金髪と白衣の男が話しているのを静かに聞いていると、後ろから声が聞こえ、振り向く。


「お、来おった。随分と早いやないか」

「ずっと探し続けていたのが見付かったと聞いたら当たり前でしょ」


 そこに居たのは、先程、別の部屋で会った白衣の女。

 口にはまた棒付きの飴を啣え、コツコツと靴音を鳴らして近付いてきた。


「まさかこの子が選ばれるなんてね、思ってもみなかったわ」


 私の前で立ち止まり、白衣の女は私が手に持っている大剣を見やる。


「あなた、何をしてるの。早くこの子のデータを調べなさい! 製造過程、DNA、使用薬物、全てを隅まで!」

『は、はい! わかりました!』


 白衣の女は叫んで、窓ガラスから見下ろしていた白衣の男に言い放つ。

 言われて白衣の男は、焦るように窓ガラスの奥へと姿を消えていった。


「おめでとう。あなたは記念すべき一人目よ」


 白衣の女は床に落ちていた毛布を拾い、私の肩に掛ける。


「……あなたは、さっきの」

「ふふっ、まさか本当に名前を教える機会が来るとはね。約束通り、私の名前を教えて上がる」


 飴を啣えた口の両端を釣り上げて、白衣の女が言う。


「私はモリ。または主任と呼ばれてるわ。好きな方で呼びなさい」

「……モリ」


 それが、この白衣の女の名前らしい。

 主任とも呼ばれてるらしいが、それは単語からして名前ではないだろう。


「せっかく毛布を掛けてあげてたのに、また裸にするなんて……やっぱりあなた、そういう趣味なの?」

「アホ言うな、そのガキが勝手に裸になったんや。俺にはそんな趣味はこれっっぽっちもあらへん」

「冗談よ。所持者になったのなら、この子の監視はあなたの仕事よ。間違って斬られないようにね、テイル」

「もう既に一度斬られそうになったっちゅうに」


 モリがそう言うと、金髪の男は肩を竦ませて小さな溜め息を吐く。


「……テイル?」


 モリが話した中に、聞き慣れない言葉が混ざっていた。

 気になり、思わずその言葉を口にする。


「あら、あなたまだ名前を教えてなかったの?」

「ついさっきまで廃棄になると思っとったんやで? 廃棄行きの奴に名前なんて教えても無駄やろが」

「それもそうね。私もそれでさっきは教えなかったんだし」


 金髪の男が言った事に納得しながら、モリは顎に手を当てて頷く。


「てな訳で、俺はテイルっちゅうんや。お前の監視役……ま、子守り役みたいなモンや。よろしゅうな」


 肩に掛かっていた三つ編みを指で弾いて、金髪の男……テイルはそう言った。


「……モリと、テイル」


 二人を交互に見て、名前を反芻する。


「……覚えた」


 そして、確認するように小さく頷く。


「さて、これから忙しくなるわね。スキルと二从人格に加え、禁器も調べなきゃならないなんて。徹夜が続きそうね……」


「餅は餅屋ってなぁ。俺は専門外やさかい。ま、頑張ってな、モーリちやん」

「あら、何を他人事みたいに言ってるのかしら。禁器の実験が出来るようになったなら、禁器の実験体の監視役でもあるあなたの仕事も増えるのよ?」

「んな事ぐらい、わかっとるわ」

「そう、ならいいけど。それじゃ、私はこれからこの子を調べるから。あなたは今夜、S.D.C.で材料探しでしょ? 開始時間に遅れないようにね」

「んなっ!? ちょい待ちぃや! 禁器だけやなく、材料集めもせなあかんのか!? それは禁器が使える奴が見付かるまでの仕事やったんやないんか!?」

「あら、何を言ってるの? そんな訳無いじゃない、人手が足りないって言うのに。関西弁で喋るくせに、つまらない冗談を言うのね」

「マジかいな……」

「ついでに言っておくけど、二从人格の実験体が出来上がったなら、その監視もあなたの仕事だから。あしからず」

「なんやてぇ!? どんだけ俺に仕事を押し付けんねん!?」

「しょうがないじゃない。スキル、禁器、二从人格……全てが常人には危険を伴うモノだもの。特に、禁器と二从人格はね。それを監視出来る程の人材なんて、あなただけなんだから」

「っかー……とんだブラック企業やな。過労で鬱なったら訴えるで、ほんま」


 テイルは力が抜けるように肩をを落として、溜め息を吐く。


「あら、ブラック企業よりも黒いわよ、ここは。なんせ非社会的で非人道的、おまけに非合法だもの」


 対して、モリは肩を竦ませて微笑む。


「第一、あなたはまだ楽な方よ。私なんて徹夜続きなんて当たり前。パソコンの画面に向かいっぱなしで目は痛くなるし肩も凝る。あなたも私の仕事を手伝ってみるかしら?」

「勘弁や。そないチマチマした仕事なんてしたら、一時間でボックスを消化してまうわ」

「なら、文句を言わずに自分の仕事をするのね」


 テイルはモリから視線を離して、けっ、と悪態を付く。

 パソコンやボックスと、知らない言葉が出てきた。

 ボックスという言葉は知っているが、話の流れから考えると、私が知っているボックスではなさそう。


「ほな、俺はそろそろ退散するわ」

「あら、何処に行くのかしら?」

「あんたがさっき言うたやろ。今夜はS.D.C.やさかい。禁器の実験体の監視役言うても、俺はあくまで実戦や能力計測の時だけや。それ以外は管轄外。モリちゃんにパース」


 ヒラヒラと片手を上げて、テイルは部屋の出口へと歩いていく。


「あら、行くにしては少し時間が早いんじゃない?」

「準備もあるし、移動時間も掛かるしなぁ。なにより、はよ一服したいんや」

「あら、そういう事。あぁそうそう、SDCが終わったら第二実験室まで来てちょうだい」

「あぁん? なんでや?」


 立ち止まり、テイルはモリへと首を曲げる。


「あなたが帰って来るまでにこの子のデータ採取を済ませて、すぐに禁器のデータを採取をする為よ」

「結局は俺も徹夜やないか……」


 肩はがっくりと落とし、顔はげっそりとさせて。

 テイルは悲し気な表情を浮かべる。


「わーったわ……第二実験室やな」


 肩を落としたまま、テイルは正面を向いて歩くのを再開する。


「良さそうな材料か居たら持って帰って来るのを忘れないでよ」


 モリの言葉に、背中を向けたまま手を小さく上げて返事するテイル。

 その背中はなにか悲しく見える。


「さて、私も私の仕事をしないと」


 テイルが部屋を出て行くのを見送ってから、モリが言う。


「やらないといけない事は山程。さらに忙しくなるわ」


 ぺっ、と飴が無くなった棒を吐き出す。


「でもまずは……」


 羽織っている白衣のポケットから取り出すは新しい飴。

 包み紙を外していきながら、私を横目で見てきた。


「あなたが着る服の用意ね」


 そう言って飴を口に入れたモリの顔には、微かに笑みが浮かんでいた。

 薄らと、冷たく。



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