No.13 先の見えない、道
十分。体感では十五分は経っていない。
それぐらい歩いた所で、私の右手を握って歩いている銀髪の女性が髪飾りの女性へと話し掛けた。
「この辺りで、一番近くでアイスが売ってる所ってどこかしら?」
「いつものコンビニじゃない? 時間も時間だし、そこしか無いよ」
「そうよねぇ。少しだけ遠回りになるけど、しょうがないわね」
銀髪の女性は人差し指を顎に当てて、視線を少し上へやる。
私を挟んで話す二人の会話の内容を聞きながら、引かれるがままに付いていく。
コンビニというのはよく分からないが、会話の内容からして、そのコンビニという所にアイスがあるらしい。
「もう少し歩かなきゃいけないけど、大丈夫?」
「……うん」
「すぐそこだから、もうちょっとだけ頑張ってね」
首を縦に振って返す。
再び銀髪と髪飾りの女性に手を引かれ、暗い道を歩き続ける。
ただ気になったのは、手を握る二人の女性の手に薄らと汗が滲んでいる事だった。
さらに髪飾りの女性は小さく震えてもいたが、私は何も言わず黙っていた。
その理由は解っていたから。
神社からある程度離れたというのに、変わらず感じるテイルの雰囲気。
この張り付いた、薄ら寒く、息苦しい空気のせいだというのが。
「着いたー」
髪飾りの女性の声で、考え込んでいた意識が引き戻された。
気が付くと、目の前には明かりの点いた建物があった。
闇夜に慣れた目では、建物から放たれている光は眩しく、目を細めてしまう。
「さ、着いたわよ」
「……うん」
眩しさに少し戸惑いながら、銀髪の女性へ一言だけで返事する。
「うーん……まだあまり喋ってくれないなぁ。来る途中も返事以外で喋ってくれなかったし」
「会ったばかりなんだもの、しょうがないわよ」
私を見て苦笑する、銀髪の女性。
「じゃ、私アイス買って来る! どんなアイスが食べたい?」
髪飾りの女性は膝に手をやって屈み、私に聞いてきた。
「……アイス」
「そ、アイス買って来るから、どんなアイスがいい?」
「……アイス」
「うん、だから、どんなアイスがいいのかなって……」
髪飾りの女性は少し困り顔で聞いてくる。
どんなアイスと言われても、アイスはアイスしかない。
「ねぇ沙姫、もしかして何て言うアイスか分からないんじゃない?」
「あ、そっか。まだ小さいもんね。商品の名前じゃなくて、形や色で覚えてたりするのかも。昔、私もそうだったし」
銀髪の女性に言われ、髪飾りの女性は手をポンッと叩く。
「ねぇ、じゃあ食べたいアイスってどんな色や形してるかな?」
「……青くて、甘くて、冷たい」
「あっはは、甘くて冷たいのは分かるよ」
「……あと、棒が付いてた」
「青くて棒が付いてるヤツかぁ……バリバリ君とかかな? 分かった、じゃパパっと買って来るかり、姉さんはここで待ってて」
髪飾りの女性はニコッと笑顔を見せてから、駆け足で建物の中に入って行った。
「今、あのお姉ちゃんがアイス買って来るからね」
「……うん」
手を握ったまましゃがんで、銀髪の女性が言う。
それに私は、こくん、と頷いた。
「ほら、もう買って来――――」
建物の入口。透明なドアの向こうから、髪飾りの女性が出てきて。
「姉さーん! ごめん、お金無かったから貸してー!」
大声で、そう言った。
すると、銀髪の女性は何かに滑ったかのように、勢い良く頭を落とした。
「あ、あんたねぇ……よくお金が無いのにアイス買うなんて言えたわね」
「私だってあると思ったんだってば!」
「そりゃ、あれだけ祭りで食べ回ってればお金も無くなるわよ。本っっ当に計画性が無いんだから」
「ぐっ……!」
銀髪の女性は額に手を当て、溜め息混じりの飽きれ顔。
それに対して髪飾りの女性は何も言い返せないでいる。
「もうっ、今はそんなのいいからお金貸してよ! もうレジに置いちゃってるんだから!」
「全く……で、いくらだったの?」
「えっとね、バリバリ君が三つで……」
するん、と。髪飾りの女性は、私と握っていた手を離した。
そして、髪飾りの女性の方へと歩いていく。
「…………」
何故だろう、まただ。
また、手を離された事を、残念だと思っている自分がいる。
繋いでいた両手を眺める。あの二人も、温かかった。匕と同じで、繋いだ手がとても温かい。
研究所で私を見てくる人の目はあんなにも冷たいのに。
寒くて、凍えてしまいそうなのに――――。
匕は、この二人の女性もそうだ。
暗くて、黒くて、色の無い世界じゃない。色があって、色んなのがあって、明るい世界。
そんな私とは違う世界の人。ヒトじゃなく、人だから、こんなにも温かいんだろうか。
「後でちゃんと返しなさいよ」
「大丈夫だって。返すのは私じゃなくて咲月先輩だもん」
建物の前。コンビニと言われる物の入口の前に居る、二人の女性を見る。
もし……もし、私がこのままこの二人に付いていけば、また色のある世界を見れるんだろうか。
あの暗くて、静かで、寒い。あんな場所じゃなくて。明るくて、温かい世界で、私も生きれるんだろうか。
私も、なんて。そんな願い――――。
「……ッ!?」
そう、そんな願いを――――。
「きゃあ!」
「わっ!?」
否定するかのように、空気が変わった。
ぐるん――――と。
まるで世界が逆に回転するみたいに。
突風、津波、雪崩。そんなイメージが浮かぶ。重い空気が。質量を持ったかんじゃないかと錯覚してしまう。
それ程に強い不可視の何かが、押し寄せ、辺りを飲み込んだ。
「……ぁ、あ」
こんな雰囲気は、無い。こんなに強く、重く、息苦しく、居たくなくなる。
まるで首を締め付けられているように息が出来ない。
いや、息をしてしまえば、呼吸をするという行動、動作すら許されないような。
とてつもない、殺気。あり得ない程の、殺気という殺気。
解る。この殺気が誰のものか、誰が発しているのか。
けど、こんなにも強い……本音を、心の底からの願望を露にしたテイルの雰囲気。
こんなのは、初めてだった。
「な、何なの……これ」
「なんか、やだ……気持ち悪い」
二人の感じ取ったらしく、見えないそれに顔は青ざめ、怯えている。
あぁ、やっぱり駄目だ。
そんなヒトが人のように願うなんて事は、許されないと。
ヒトはやはり否人であり、人ではない。人でないモノが人と同じように願うのは、あり得ない事だと。
この殺気が、私を元の世界へと引き戻す。夢はやはり幻で、現実は夢さえ見られず、願いすら願えられない。
色が付き、明かりがあり、温かみのある世界。そんな所には、私なんて行けない。生けない。
テイルはなんらかの合図を送ると言っていた。
殺気は私へと向けられたものでは無い。恐らく、これは合図ではないだろう。だけど、私が言われた事を守らず、神社前から離れたと知られたら。
この嫌悪感しか無い雰囲気の矛先が、私へと変わる前に。
あぁ、私はまた、戻らないと。
「えっ? あっ!?」
駆け出した私に気付いたのは、銀髪の女性。
私の行動に驚き、戸惑う顔が一瞬見えたが、構わずに走る。
「ちょっ、どこに行くの……」
「姉さん、財布!」
「えっ? きゃっ」
後ろから二人の慌てる声と、チャリンチャリンという何かが散らばる音。
「あっ、待って!」
銀髪の女性の声が少し小さくなって聞こえたが、振り返りもせずに私は行く。
テイルの雰囲気が、背中がザラついて寒くなる殺気が。神社へ近付いていくにつれて強く、濃厚になっていく。
早く戻らないといけないという気持ちとは裏腹に、今以上に強くなるであろう神社に戻る事を、身体は拒否する。
まるで向かい風に煽られているように、身体が重く感じる。それでも、走る足は止めない。止めてはいけない。
三人で歩いてきた道を一人で走り戻る。先程まで居たコンビニの明るさはどこにも無い。ただ黒だけが広がる道。
先の見えない、道。




