No.1 さむい
最初に目に入ったのは、黒。
ひたすら黒くて、どこまでも深くて、ただただ暗い。
そんな、黒く、深い、闇。
他は何も見えない。黒という色と、闇というモノだけが広がる。
そして、静か。
周りは全て暗闇に包まれ、無音が支配している。
無音なのに、耳鳴りがしてしまいそうな程の静寂。
耳鳴りが、静寂が、五月蝿い。耳を塞ぎたくなる位に。
矛盾しているけど、そう思ってしまう。
そこで、ふと気付く。耳に手をやった所で、気付く。
周りには暗闇が広がる中で、自分の身体だけは見えている事に。
淡い緑色の光に照らされ、まるで自身が発光しているように見える。
そして、私の身体は、水中で浮いていた。
闇の景色の中、水中で、一人、裸で、静寂に包まれ。
筒状のガラスの中に入っているらしく、手を伸ばすと不可視の壁がそこにあった。
―――冷たい。
透明の壁に触れて、小さく呟く。
すると、口から気泡が漏れた。
ごぽ、と。
歪な円形をした身体を揺らせて、気泡は上へ消えていく。
どこまで続くか解らず、微かな光すら届かない、闇が染まる天井へ。
水中の浮遊感の中で、膝を抱えて丸くなる。
ゆっくりと目を瞑り、視界を閉じていく。
視覚は遮断され、自分の身体すら見えなくなり、完全に真っ暗になる視界。
聴覚は相変わらず、働いているのか働いていないのか解らない位に、静寂か。
景色も無く、色も無く、音も無く、声も無く、誰も居なく。
何かから自身を守るように。誰かから逃げるように。
背中を丸め、膝を抱え、身を小さくする。
まるで試験管という硝子の子宮の中で、丸まる胎児みたく。
この硝子の中が冷たいでも、自分が浮かんでいる水の温度が低い訳でもない。
身体を縮込ませ、闇に沈み、静寂に包まれて。
自分でもよく解らない。
けど、ぽつりと呟くように、気付けば口にしていた。
「――――さむい」
ごぽ、とまた一つ。口から溢れ出た気泡。
どこまで続いているか解らない天井へ向かい、気泡は登り行く。
一つの場に留まる事も出来ず、いつかは弾け消えるだけのそれ。
小さな声と共に、気泡は見えない闇へと消えて行った――――。