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第6章:終幕 ―永劫回帰の書  作者: 都桜ゆう


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6-4:終わりのない物語

 月日は流れ、季節は移ろった。


 大学の地下2階。


 かつて三嶋が業務で足を踏み入れ、あの運命の扉を開いた旧資料倉庫には、今も深い静寂が横たわっている。


 棚の片隅に、一冊の煤けた古書が佇んでいた。


 表紙には題名も著者名もなく、ただ暗闇を吸い込むような黒い革表紙があるだけだ。


 この場所を訪れる者はもういない。たとえ何かの拍子に、通りかかった者がその棚の前に立ったとしても、誰もその本を手に取ろうとはしないだろう。


 この本が放つ存在感はあまりにも希薄で、まるで最初からそこに存在しなかったかのような強固な拒絶のオーラが、周囲の空間を支配している。


 それでも、稀に運命に導かれた人間が、その本を手に取ることがある。


 本を開いた者は、自らの魂を削り取られるような体験を味わうことになる。


 幼い頃の忘れていた記憶を読み、誰かの犯した罪を読み、あるいは破滅へと向かう自身の未来を記述され、その通りに追い詰められていく。


 ページ数は読む者によって異なる。


 ある者にとっては100ページで終わる短編であり、ある者にとっては一生かけても読み切れないほど膨大な記録だ。


 読み終わった者が本を閉じると、そこにはまた新しい余白が生まれる。


 その余白は、次にこの本を手にする者のためのものだ。


 この本は常に新しい一部を求めている。

 この世界の誰かを黒い文字で塗りつぶし、自らの物語を永遠に書き継いでいくために。




 地下二階、旧資料倉庫のわずかな隙間から差し込む夕日が、棚を照らす。その時、置かれた黒い本が、まるで呼吸をするかのようにごく僅かに震えた。


 ページの間から立ち上るインクの香りは、読まれることを待ちわびる、終わりのない物語の匂いだった。


 世界は今日も、静かに編集されている。

 誰にも気づかれぬまま、すべての人間がいつか黒い本の一部になるその瞬間まで。


 棚の上で本が音もなくページをめくる。

 その文字は、かつて三嶋という人間だったもの。

 その文字は、次に誰かの記憶を吸い取るための新しい余白だ。




 地上では、今日も学生たちがスマートフォンを覗き込んでいる。


 彼らの視線が交差するたび、また新しい物語が、この本という巨大な悪意の中に書き込まれていく。


 終わりなどない。

 あるのはただ、終わりのない物語を読み、読まれるという果てしない循環だけ。


 満足げに静まり返った黒い本は、世界で最も孤独で、かつ最も雄弁な、我々自身が書き綴る終末の記録である。

 

三嶋という人間はついに完璧な記述となった。そして明日にはまた、別の誰かがその役割を担うことになるだろう。


 インクは乾くことがない。物語は永遠に書き換えられ続ける。




 地下の暗闇の中で、黒い本は静かに次の読者を待っていた。


 世界は本になり、人は文字となる。その循環こそが、この現実という名の、最も残酷な文学だった。


 静寂は深まる。


 倉庫の古い空気は、紙の埃と共に三嶋の意識を飲み込み、そしてまた吐き出す。


 次に誰が開くのか。


 その読者は、三嶋と同じ絶望を味わうのか。それとも、さらに深淵なる物語のピースへと組み込まれるのか。


 すべては、本がめくるページ数に委ねられている。




 今この瞬間も、どこかで誰かがページをめくり、自らの人生を記述されていることに気づかぬまま、黒い本という鏡を覗き込んでいる。


 物語は加速し、現実は希薄化し、この世界のすべては、ただの記録として収束していく。


 三嶋の絶叫も、白井の冷笑も、加瀬の囁きも、すべては行間の中に静かに溶け込み、誰の耳にも届かない文字の海へと還っていく。


 ああ、なんと美しい終末だろうか。誰もが、本の一部として永遠を得るのだから。




 静寂の中、扉の向こうから、足音が近づいてくる。


 その気配を察知したかのように、棚の上の黒い革表紙が獲物を待ちわびるかのように熱を帯び、怪しく輝き出した。

 

 新しい読者が扉を開く。


 その足音と共に、また一つ、この本の余白が黒く塗りつぶされていく。そうして物語は、終わりのない輪廻を繰り返していく。

 

 ……誰かの、新しい物語の始まりである。


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