随風と明智
明智光秀は燃える本能寺をじっと見ている。
織田信長の兵は混乱しており、明智ー桔梗が押していることは、誰の目にも明らかだった。明智の頭に、信長に関する記憶が去来する。
あんな事、こんな事。そしてあの憎き事。
「信長様、、、」
まだ信長『様』と呟いている自分に苦笑する。
家臣としての自分はその呼び名を強制される。
「もう、それも終わりだ」
隣にいた小姓が自分ー明智の顔を見る。自分は手を軽く振って会釈する。
「あの憎き事」について自分が思い出していく。
そうだ。あの時から運命は巡ったのだ。あの時から。
◇ ◇ ◇ ◇
元亀2年(1571)9月のことである。明智は近江国滋賀郡5万石を賜り、今や世間から信長の家臣だと認められつつあった時である。「明智は」。自分は延暦寺を燃やされ憤っていたところだ。そう。自分は随風だった。暫くすると、武田信玄から甲斐ヘ招聘がかかった。だが、随風は行かなかった。
明智光秀が、死んだからである。
延暦寺の僧天海が率いる僧兵が、明智光秀を破り、殺したからだ。
◇◇◇◇
「憎き信長を殺せ!鉄槌を下せ!進めば極楽 引けば無間地獄!」
天海はそう高らかに叫ぶ。
「明智討ち取ったり!」
ある僧がそう叫んだ。随風は喜んだ。自分は、自分の罪に気づいた。釈迦様。自分は今、人が殺されることに喜びを感じてしまった。自分はもう救いようのない人なのだ。
だが、まだ自分は織田信長に対する怒りを、全く持って抑えられなかった。幸運なことに、自分と、明智の顔は瓜二つだった。だから、自分は、明智の鎧、甲冑を着て。明智に化けた。
兵も全く気づいていない。愚鈍さに笑みが溢れる。延暦寺が織田信長の敵だった関係で、織田については良く知っている。
そうだ。あの頃から、自分は狂ってしまった。
そしてその時から自分は明智光秀として生きることになった。愚かなことに他の部隊は自らが放った炎に撹乱されたようだった。こちらに気づく様子もなかった。そして、自分はついに、随風としての半生を失った。自分は、天海に頼んだ。随風として生きてくれ、と。天海は
「うむ。いつか必ず、織田信長を倒せ。明智、励めよ。」
と引き受けた。
天海も自分と同様に、織田に対する憎悪、怨みを燃やしているようだった。その圧に押されはしなかった。自分は天海より大きい、憎しみを抱いていたからだ。暫くすると武田家が、延暦寺の僧を抱え込み、招聘をした。随風も同様だった。そして、天海ー今は随風はその呼びかけに応じ、甲斐ヘ行ったらしい。まあ、明智には関係が、もうない事なのだが。
その後、随風は甲斐に移住し、それからは東北の大名蘆名盛氏の招聘を受け、黒川城の稲荷堂に移ったそうだが、明智はその事を知らない。
明智はほくそ笑む。全く会う人会う人気づかない。明智は人の杜撰さというか、適当さを覗いた気がした。他人には興味がないのだ。そう考えると、今まで築いてきた、信頼関係が虚のように思われる。
そして時は巡った。延暦寺攻めの論考行賞が、始まる。
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