ここからが本番ですよ。
◇
──あれから、数時間後。
「あ、樹ちゃん、私、予定を思い出しちゃいました、これで失礼しますねっ!」
「お、おい、ちょ……」
二人で歩いている途中、久遠はくるっと背を向け、あっという間に人ごみの中へと姿を消した。
「──っと待て、よ……」
と、ファッションビルが立ち並ぶストリートのど真ん中に一人取り残され、空回りした右手は虚しく、俺は呆然と立ち尽くす。
「くそっ、なんて勝手な……」
悪態をつきながら、ふと目の前のショーウインドに映る自分の姿に目がいく。
ぱっつん前髪のショートボブ……というか、おかっぱ。もこもこしたコートにゆるふわニット、スカンツという名の、下がスウスウしないスカートに厚底ブーツ──、
(って、誰だよおい!? 女子だ、女子っ! 気づかず着ちゃう俺も俺だが……)
思わず、頭をわしゃわしゃとかき乱す。当然、鏡の中の女の子、いや、自分も同じ動作。この姿では見苦しいことこの上ない。
とりあえず、乱れた髪を手ぐしで元通りにしてから一呼吸。スマホを取り出し、画面をタップ。時刻を確認し、一気に顔が青ざめた。
(──やばっ、大学……、マジでギリギリだ。早く行かなきゃ……でも、この格好で? それはさすがに──)
上はまだ許せる。だが下はまずい。元の服に戻そうと、紙袋を……って、持ってない。買い物の途中、どっかの店に忘れてきたらしい。
探すに戻る時間はないし、ズボンを買う金も……ない。お約束かよ。
てか、ホントどうする……。
今日の講義は諦めて……いや、出ないと単位がヤバい。留年するかも?
ああもうっ、と俺はそのまま駅へと向かった。
(……くそっ、歩きにくい──)
急ぎ足で歩くたび、スカートもどきの長い裾が足にまとわりついて鬱陶しい。周りの視線も気になるし、って言っても、誰も俺のことなんて見てないだろうと、無理やり自分に言い聞かせ、改札口を抜ける。
羞恥心にさいなまれながら電車を乗り継ぎ、どうにかこうにか大学前に到着。
慣れない厚底靴に何度も足を取られつつ、見慣れた校舎が視界に入った瞬間、どっと疲れが押し寄せた。
しかし、ここからが最難関。
こんな女装フル装備で、教授、その他大勢が待ち構える講堂に突入せねばならない。
できるだけ気配を消し、なるべく人と目を合わせず早足に歩く。普段は気にも止めなかったざわめきが、やけに耳につく。
幸いなことに、「よお、水瀬」なんて気安く声をかけてくる友人は皆無。これこそコミュ障の特権。悲しいけど。
講堂では、出口に近い席を確保。出席は学生証をリーダーにかざすだけなので、難なくクリアー。ってことで、このまま退散したいところだけど、せっかく苦労してここまで来たし、このまま講義を受けて……大丈夫? でもまあ以外といけるかも、知れん。
とことん地味な女子大生を装いつつ、テキストを出して……って、ない。そもそもカバンすら持ってきてない。てか、一体何しにここまで来たんだ。なにもかも、久遠が悪い。
そんなとき、だった。
「何かお困りですか?」
突然の優しい声に、俺はビクッと肩を震わせ、恐る恐る隣を振り向く。
すると、野暮ったい黒縁メガネ姿の女子が机に頬杖をつき、こっちを見てた。
「い、いえ、何も……」
咄嗟に目を逸らす。
……が。
「嘘は、いけませんね〜」
その子が、スーとメガネを外し。
……っておい、まさか。
「ふふっ、その慌てよう、最高に面白いです。さあ、樹ちゃん、ここからが本番ですよ」
と、如月久遠がニコッと笑う。
「──はぁ!?」




