すげえ嫌な予感がするんだけど……。
──ギター、如月久遠、ボーカルが俺、水瀬樹という、突如、久遠が提案した、互いにパートを交換してのセッション。演奏を終え、俺はふうっと息を吐いた。
「な、なんか良い感じだったな……」
「ですね、私もなんかノリノリで弾けちゃいました」
そう言って久遠は、すらりとした長身の肩からギターストラップを外し、ふわりと、黒髪ロングを揺らしながら微笑む。
最初、しぶしぶギターを渡し、マイクを受け取った俺だが、いざやってみれば、これが案外大当たり。
彼女の巧みなピックさばきからの重厚な中音域は、俺が奏でるハスキーな歌声に激しく寄り添い──って、今はそんなことはどうでもよくて。
「あ、あの、久遠って、前のバンドじゃギターじゃなくてボーカルだったんだろ?」
「ですね」
「ですね〜、じゃねーよ、なんで扱いが難しいレスポールを平然と弾きこなしてやがる、普通にヤバいだろ」
なんかムカつくような、悔しいような。俺にはコードを押さえるのが精一杯だったし……泣きたい。
「ふふふ、内緒です」
胸にギターを抱えてニヤリと笑う久遠。その姿は、嫌味ったらしいというか、なんかあざとい。つうかそれ、重くないの?
それにしても、黒髪ロングの長身お嬢様がボーカルもギターもこなすなんて、ビジュアル的にも売れないわけがない。
ギターはともかく、俺の歌は、案外悪くなかった、と思う。だけど、今の久遠と比べると……。
いっそ、これを最後に──、
(いや、違う、俺はもっと、もっと久遠と──)
「じゃ、じゃあ、細いことはあとにして、もう一回通しな!」
「はい、望むところです!」
その後、俺たちは時間を忘れ、何度も何度もセッションを繰り返した。
◇
「──えへ、また来ちゃいました」
久遠との即興セッションから、一夜明けた朝。
そろそろ大学の授業に出ないとやばいな、と思いつつ、アパートの部屋で身支度をしていると、突然玄関のチャイムが鳴り、ああ、またかよ、とため息混じりでドアを開ければ、そこに立っていたのはやはり、久遠だった。二度目にもなると、驚くより先に呆れてしまう。
「……で、朝っぱらからなんの用? 今から出かけるんだけど」
「塩対応の樹ちゃん、萌えですね〜。それでもお出かけ前に、ちょこっとだけ〜、私にお付き合いしてくれませんか?」
「お、お付き合い……あ、いや、うん、ちょっとだけなら」
お付き合い、という言葉に、なぜか過剰反応してしまった俺は、慌てて。
「あ、いや、はい、ちょ、ちょっと待っててくれ、急いで髭を剃って……」
「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ、でもでも樹ちゃん、お髭なんか全然生えてませんけど、毛穴とかどうなっちゃってるんですか? 羨ましいです」
「ああ、うるせー、ちょっとは生えてるんだよ、 ほ、ほら、着替えるから出てけっ!」
──という訳で、久遠に「ちょこっとだけ」付き合った結果。
「え、ええっと、久遠。俺はこういう店、ちょっと無理というか、あの入り口のガラス張りとか、明らかに陰キャお断りオーラが──」
「朝イチで奇跡的に予約を取れちゃいました。さ、樹ちゃん、行きましょう」
「だ、だから人の話を聞けって!」
英語だかフランス語だかよくわからない文字の看板。普段行く格安理容店とは、雰囲気から何から段違いのおしゃれな美容院に、俺は引きずられていく。
「はい〜、いらっしゃいませー」
いきなりピアスがおしゃれな若い男性店員が満面な笑顔で寄ってきた。もう勘弁して。
なんやかんやで鏡の前に座らされ、「今日はどんな感じにしますか〜?」と聞かれたので、最近伸ばしっぱなしだったから、もういいかと半ば諦めモードで「ええっと、耳は出して、後ろは刈り上げて、あと前髪は長めで」と、いつもの床屋感覚で注文しようとしたら、背後からスッと現れた久遠が、店員にコソコソと耳打ち。「あ、なるほど〜、了解でーす」「ではお願いします〜」と、本人が知らぬ間に何やら話がまとまったらしい。
「では、失礼しますね〜」
店員が俺の髪のあちらこちらをピンで止め、流れるような手つきでハサミを入れていく。
鏡越しに見える久遠の含み笑いが、なんか不気味。
(……っていうか、すげえ嫌な予感がするんだけど──)




