チェンジ
人生初デート、と称したカラオケワンマンショーから翌日。また懲りもせず、俺は如月久遠と会っていた。
で、今日。
「じゃあ、樹ちゃん。早速始めちゃいましょう」
「あ、はい。つうか、始めるって、なにを?」
「バンド演奏を、です」
「いや、まあ、そうなんだろうけど……」
夕方、久遠に電話で呼び出され、俺が強引に連れてこられたのは、ドラムセットやアンプ、ギターが並んだ防音室──まぁ、よくある時間制のレンタルスタジオだった。ちなみに前のバンドで使っていたところよりも料金が高く、一時間、三千円(税抜)もする。
頭の中で財布の中身を数えながら、まじまじと料金表を眺めていたら、久遠がニコッと笑い。
「えーと、料金は気にしないでくださいね、ここは全部私が持っちゃいますから」
「えっ、マジ?」
「うんうん、マジですね〜」
正直助かる。今月の仕送りも心許ないし、バンドばかりで、バイトもろくにしてこなかったし。
「で、でもさ、なんだか悪い。というか、久遠ってもしかして、金持ち? まさか、どこかのお嬢様だったりして……」
黒髪ロングに加えて、今日着ているのも英国風? ワンピだし、特に相手を振り回すさまは、わがままお嬢様そのものだ。
「えーと、い、いえ、ごく普通の、一般家庭育ち、ですね、お父さんはただの公務員ですし、お母さんは専業主婦、です」
「そ、そうか?」
「ただ、うちの姉様、じゃなくて姉が……少々特殊な趣味の方で、私がショタ」
「ん、しょた?」
「い、いえいえ、かわい……あの、男の子とバンドを組むと告げたら、それは快くスポンサーになっていただきまして、そのぉ……じゃなくて……さ、さあ、時間がもったいないですっ、と、とりあえず、音合わせだけでもしちゃいましょう、ね、ね!」
と、少々言動がおかしい久遠は、バタバタとマイクスタンドを立て、慣れた手つきで、スピーカーの向きを調整し始めた。
何だか腑に落ちないけれど「それもそうか」と、無理やり納得し、俺はスタンドに立て掛けられていた目当てのギターを取り、コードをアンプに差し込む。
(……憧れのレスポール(ちょっと昔のバンドアニメで主人公の女子高生が愛用するギター)。一度は弾いてみたかったんだよな──)
ずっしりとした重みを、肩にかけたストラップ越しに感じつつ、久遠の隣に並んだ。今更ながら身長差がキツい。もしこれが男女逆だったら、どれほど良かったか。
「じゃ、じゃあ、なんか適当に演ってみるか?」
そう言葉を絞り出すと、彼女は口角をニヤリと吊り上げ「ですね〜」と、俺に日本の有名な音楽ユニットのバンドスコアを手渡してきた。
「……って、マジでこれ演んの?」
「はい♡ 当然、天才ギタリストの樹ちゃんなら、楽勝ですよね?」
「……っ、うん……いやまぁ、大丈夫」
どこからどう見ても難易度激高の譜面を見て、内心泣きそうになってる。こんなの初見で弾けるかよ。
それでも言った手前、引っ込みがつかなくなった。クールを装いピックを弦に当てる。
久遠は楽しそうに、楽譜も持たずにマイクの前に立つ。その余裕な表情が、いっそう俺の焦りを煽る。
(えーい、この性悪女!)
心の中で悪態をつきながら、それでもクールを装ってギターを構える。とはいえ、弾けないものは弾けない。だからできるだけ曲に合わせて簡単なコードを刻む。いちおう曲の形には、なっている……と思う。
「あれれ、樹ちゃん、レスポールが悲しがってますよ〜」
「う、うるせぇよ、ほら、とっとと歌えよ」
「もう仕方がないですね」と、久遠は曲に合わせて歌い出す。
「♪」
さすがは元ボーカリスト、安定した音程とリズム感で喉の奥を震わせ、歌い上げる。
(……こいつ、昨日のカラオケでは俺ばかりに歌わせて、結局一曲も歌わなかった癖に、どんなもんかと思えば、普通に上手いじゃん。……でも、グッとくるもんがない。良くも悪くも、教科書どおりの歌い方──)
一曲を終えた。
結局、俺はエレキギターのリフを最後まで弾かず……というか弾けず、コードをかき鳴らすだけで終わった。これなら格好つけてレスポールなど持たず、アコギでも良かったような? と思わなくもない。
「じゃ、じゃあ次いく? できれば俺が得意な曲をリクエストしたいんだけど……」
俺が言うと、久遠は「そうですね〜」と、わざとらしく天井を仰ぎ。
「いえ、もう一度、今の曲をやりましょう」
「はあ? もういいじゃん、ほ、他の曲にしようぜ」
「いえいえ、今度は趣向を変えまして──」
にっと、唇をニンマリ。
「パートをチェンジしちゃいましょう」
「え、パートをチェンジって、まさか……」
そして、俺をまっすぐ見つめた。
「はい、次は樹ちゃんがボーカルで、私がギターです」




