星降る森の約束
第一章 星空の出会い
――星が降る夜。僕らの物語は、そんな静かな奇跡の下で始まった。
「――星が、降ってくるみたいだね」
リリィは小さな指を空に伸ばし、夜空を見上げる。無数の星がまるで銀色の雨のように煌めき、彼女の瞳に映るその光景は、まるで夢の中の世界のようだった。
「うん、まるでおとぎ話の世界みたいだ」
僕、セレンは彼女の隣に座り、静かに呟いた。ここはミラノス村の外れ、星降る森――村人たちの間で“聖なる場所”と呼ばれるこの森は、僕らだけの秘密の場所だった。
「ここなら、村のことも、家のことも、忘れられる……」
リリィの声は静かで、それでいてどこか寂しげだった。僕は彼女のその瞳の奥にある何かを感じ取った。
「リリィ、どうしてここに?」
彼女は小さくため息をつく。
「私……体が弱いの。だから、村の外に出ることは許されていないの」
僕はその言葉に胸を締めつけられた。彼女の身体がどれほど繊細なのか、彼女自身がどれほど孤独なのか、言葉にはできない痛みが伝わってきた。
「でもね、星を見ているときだけは、自由になれる気がするの」
リリィの瞳が星空の光で輝き、僕の胸に熱い何かが流れ込むのを感じた。
「僕も、君といるときだけは自由を感じるよ」
僕は彼女の肩にそっと手を置いた。
その瞬間、僕たちの間に言葉では説明できない絆が芽生えたように感じた。
***
それからというもの、僕らは毎晩この星降る森で会うようになった。
言葉を交わし、未来の夢を語り合う。僕は剣士になる決意を、彼女はいつか村の外に出たいという願いを。
「僕は強くなる。君を守るために」
「セレン……それって本当?」
リリィの目が輝く。
「もちろんさ。約束する」
彼女は嬉しそうに笑い、その笑顔は夜空に咲く一輪の花のように美しかった。
「じゃあ、私もずっと待ってる。セレンが帰ってくるのを」
「必ず帰るよ」
僕らは手を固く握り合い、未来への約束を交わした。
しかし、その約束の尊さと儚さは、まだ僕には理解できていなかった。
第二章 迫り来る影
村に戻ると、いつもと変わらぬ穏やかな日常が僕らを待っていると思っていた。
でも、その日常はあまりにも脆く、簡単に崩れ去ってしまった。
辺境の地を襲う魔獣の群れが、ミラノス村を目前に迫っていたのだ。
「セレン……村が危ない」
リリィの顔には焦りと不安が混じっていた。
「俺は剣士だ。守らなきゃいけない」
僕は決意を胸に剣を握りしめた。
「でも……あなたは体が弱い。無理しないで」
リリィは涙をこぼしながら僕の手を強く握り返した。
「行かなきゃいけない理由がある。君を守るために」
「怖いよ……」
彼女の瞳は必死に僕を止めようとしていたが、僕はその手を振りほどくことができなかった。
「必ず戻る。約束する」
僕は彼女の目を見て、そう言い切った。
***
戦場は、想像を絶する混沌だった。
鋭い刃と獰猛な牙が飛び交い、僕は命の限り剣を振るった。
何度も倒れそうになりながらも、リリィの顔を思い浮かべることで前に進んだ。
だが、戦いは容赦なく、心の隙をついてくる。
「リリィ……」
思わず彼女の名前を叫びたくなる衝動を抑え、剣を振り続けた。
そして、勝利の代償は大きかった。
戦いの終わりと同時に、僕は疲れ果て、傷だらけの身体で村へ戻った。
村は辛うじて無事だったが、そこにいたリリィの姿は以前のそれとは違っていた。
彼女の肌は青白く、呼吸は浅かった。
「セレン……」
彼女はかすかな声で僕を呼んだ。
「約束……覚えてる?」
僕は彼女の手を取って強く握り返した。
「忘れないよ。君と交わした約束、必ず守る」
「私……もう、長くないかもしれない」
その言葉に、僕の胸が激しく痛んだ。
「そんなこと、言わないで」
僕は震える声で叫んだ。
「僕は君のそばにいる。絶対に離れない」
リリィは微笑み、そして静かに目を閉じた。
***
それからの日々は、僕にとって試練の連続だった。
リリィの体調は日に日に悪化し、彼女を支えるために僕は必死で強くならなければと思った。
彼女の存在が、僕のすべての力の源になった。
夜、星降る森で彼女の手を握りながら、僕は誓った。
「リリィ、君を守れなかったことは絶対に許さない。
これからは僕が君の盾になる。
そして、君の願いを叶えるために強くなり続ける」
彼女は静かにうなずき、微笑んだ。
「ありがとう、セレン」
その笑顔を守りたい。
それが僕の唯一の望みだった。
第三章 星降る森の約束
リリィの体は日に日に弱っていった。村の薬師もできることは限られていて、僕はただ彼女のそばで祈ることしかできなかった。
「セレン……」
ある夜、彼女は静かに僕の手を握りしめた。
「私……もう長くないと思う」
その言葉はまるで、森に降り注ぐ冷たい星の雨のように、僕の胸を凍らせた。
「そんなこと、絶対にないよ!」
僕は声を震わせて答えたが、どこかでその現実を受け入れなければならない自分もいた。
「でも、お願い……」
リリィは弱々しく微笑み、続けた。
「私がいなくなっても、星を見て私のことを思い出して」
「そんなの嫌だよ……」
僕は彼女の頬を撫でながら、涙がこぼれ落ちるのを止められなかった。
「星はいつも私たちをつないでいるから」
彼女の声は夜の静寂に溶けていった。
***
翌日、僕は村の外れの森へとリリィを連れて行った。
星降る森。僕らの秘密の場所。
「ここなら、また会えるかもしれない」
僕は彼女の目を見つめ、そう言った。
リリィは微笑み、微かにうなずいた。
「約束、セレン。私たちは、星の下で必ずまた会う」
「約束する」
僕は彼女の手を強く握り返し、その瞬間、全ての想いが込み上げてきた。
***
リリィが眠りについたその夜、僕は一人星空を見上げた。
無数の星たちがまばゆい光を放ち、まるで彼女の魂がそこにあるようだった。
「リリィ……ありがとう。君に出会えてよかった」
僕は星降る森に誓った。
彼女のために強くなること、そしていつか必ず、星の下で再会することを。
星降る森の約束は、決して消えない。
そして僕らの物語は、これからも続いていく。
――星がまた降るその日まで。




