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異世界転石の先  作者: 七田 遊穂
第6章 先を生きる人
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第97話

 ダスワルトはつま先で石ころを転がした。この辺りには、音の鳴る変な石ころはいない。ただの石だ。さすがに、石ころでは思い出で脳みそが引っ掻き回されることは無い。


「なあ、先生にも話してなかったよな。」

「何の話だ。」

「伯父さんのこと。」


 先生は少しだけ顔をダスワルトの方に向けた。


 ダスワルトは、家族の在りし日の姿や、その最期については折に触れて先生に語ってきた。しかし、伯父については一言二言、同じことしか繰り返さない。意図的に、自分の内から情報を外に出すのを拒んでいる様子である。先生は、そんな話を無理やり穿り出して聞き出すようなお節介ではない。だから、先生もダスワルトの伯父については殆ど何も知らない。知らないままで十分だと思っている。


 先生は、ダスワルトの横顔を見つめた。子どものくせに、子どもらしくない、少し疲れたような色を浮かべている。もう、蓋をしておけないのだろう。やれやれ、と先生は覚悟を決めた。だが、その覚悟を上回るような一言から話は始まった。


「伯父さんはさ、父さんと母さんを殺したんだ。間接的にな。」

「どういうことだ。」

「伯父さんが、魔王城に行けっていう国からの命令を、父さんと母さんに出すように仕向けたんだ。私も、兄さんと姉さんも、そんな伯父さんのところにいるのが嫌で、無理やり父さんと母さんに付いて行ったんだ。」

「…そうか。」

「先生なら、想像つくんだろう。国軍とか国家の、変な力比べとかどろどろっての。私には分かんないけどさ、伯父さんにはそういうのが大事みたいだよ。その割を食ったんだ、私の家族は。」


 ダスワルトは空を見上げた。初夏の真っ青な空が広がっている。アイスクリームを舐めながら魔王討伐令の話を聞いたのも、こんな日だったかもしれない。アイスクリームなんて、二度と食べたくない。


「まあ、確定じゃなくて、可能性の話なんだけどな。でもさ、一度芽生えちゃった不信感は、何しても消えないよな。姉さんなんか、本気で伯父さん殺しそうな顔してたしさ。」


 ダスワルトはそう言いながら、姉の凄まじい怒りを思い出した。今こそあの力を貸してほしい、と思う。怒りでも何でも良いから、前に進まなくてはならない。


 ダスワルトは両掌でパンと頬をはたいた。何だか分からないが、今の自分はこの町にはいられない。やらなきゃならないことを済ませて、外に出よう。農家の住み込みとか、生きていく方法はいくらでもあるはずだ。あと5年何とかやり過ごして、免許取得の勉強をして、勇者になろう。大丈夫、自分は泥の中だって、海の底だって生きていける。姉がそう言っていたじゃないか。


「よし、先生、行こう。もう、終わらせちまおう。」


 ダスワルトは身軽に立ち上がった。先生は黙ったまま、その背に付いて行く。


「伯父さんとこ行く前にさ、私の家に寄るよ。もう、無いかもしれないけど。残ってたら、父さんの本、先生に見せたいな。滅茶苦茶沢山あるんだぞ。魔導書も多いから、先生には縁が無いかもしれないけどさ。読み物としては面白いんじゃないのか。私も絵本代わりに読んだことあるよ。初学者のための魔法陣構成法っての。図が多くて、きれいなんだ。」


 ぺらぺらとまくしたてるダスワルトに、先生は陰湿な声を向ける。


「…ダスワルト、無理をするな。」

「大丈夫、大丈夫。明日明日に日延べしてたら、先生がイェメナに行くのが冬になっちゃうぞ。あそこ、冬はきついだろ。秋口でも寒かったし。ほら、先生に会った時、私も長袖だったろ。」


 そう言いながらも、父親がよく通っていた書店が目に入って、父親と幼い自分がそこに立っているような幻覚が見える気がする。冷たい汗が背筋を流れる。


 ぐっと手を掴まれて、ダスワルトは我に返った。先生が強くダスワルトの手を握っていた。


「本屋は今は要らん。前を向け。行き先はどこだ。」

「2本目を右。そのまましばらく道なり。」

「お前は目を閉じとれ。」


 先生に言われて、ダスワルトは目をつぶった。口も閉じた。音が聞こえるのも嫌だから、でたらめに鼻歌を歌った。


 先生はダスワルトが転ばないようにゆっくりと手を引きながら、下手糞な鼻歌に耳を傾けた。


「お前はよくそれを歌うな。何の歌だ。」

「知らない。母さんと、あと、ジエンっていう勇者が最後に歌ってた。」

「お前の歌が下手過ぎて、正体が分からんのかもしれんな。歌詞は無いのか。」

「えーと…」

「歌いながら、それでも思い出しとれ。後で聞いてやる。」


 先生なりの配慮らしい。ダスワルトは時折目を開いて道順を指示しつつ、先生に言われたとおりに、外界を遮断してひたすら歌のことだけを考え続けた。歌詞は、なかなか思い出せない。先生の島に飛ばされた直後だって、うろ覚えだった。そもそも頭に入っていなかったのだろう。綺麗な歌だったな、と思う。先生が知っていたら、歌詞も、本来の美しい旋律も、取り戻せるのに。


 あ、でも、とダスワルトは思いとどまる。先生の歌声って聞いたことが無い。ダスワルトと同じくらい音痴だったら、意味が無い。先生が朗々と歌うところは、あまり想像ができない。怒鳴り声はピカ一だけど。


 そんな余計なことを考えていたら、ダスワルトの手を引く先生の足取りが止まった。


「この辺りか。」


 先生に言われて、ダスワルトは目を開いた。正面に、ダスワルトが家族とともに時を過ごした家があった。

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