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異世界転石の先  作者: 七田 遊穂
第2章 勇者を倒した後の祭り
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第6話

 人間が魔王と勘違いしがちなのは、全体に暗めの色彩で、角や翼があったり、目が光ったり犬歯が鋭かったり、骸骨っぽかったり、あるいはフードの中の顔がはっきり見えなかったり、それでいてどちらかといえば男性型の魔物である。ムキムキマッチョであることもあれば、痩せぎすタイプであることもあるが、ずんぐりむっくりやぷよぷよ肥満体はありえない。歴代の魔王にはそんなイメージにぴったりの者はいないのだが、何故か人間の間での魔王像はそういうことになっているらしい。そして、実はそんな偏った魔王像に近い外見の魔物もいるのだが、それは当然魔王ではないし、戦闘においては雑魚レベルだったりする。


 にもかかわらず、そんな魔物が魔王として殺害される事例が増えている。


 その理由の一つは、長期的に魔王が不在だったことである。先代魔王の死後、約150年間魔王は存在しなかった。実物がいないのだから、余計に虚像が独り歩きすることになる。


 そしてもう一つの理由は、魔王を討伐した勇者には国家から多額の報奨金が支給されるらしいということだ。それらしい見た目の魔物を殺害し、遺体の一部なり全体なりを提示すれば、おおこれぞ正しく魔王流石は勇者あっぱれ褒美を遣わそうという次第になり、たっぷりと金が手に入る。勇者にとって大事なのは、分かりやすい外見なのだ。その後も魔王城で勇者が死に続け、魔物は減らず、あれは偽魔王だったのかと人間の役人が臍を噛んでも、後の祭り。


「だから、実際の魔王はこんな姿だと、一刻も早く人間に周知しなければならないだろう。」


 勇者との戦闘に参加すると言い出し、たちどころに周囲から猛反対を受けた魔王はふてくされつつ、自分の顔を指で突ついた。


「しかし、魔王様。非常に危険です。」


 だって、魔王様はとても弱いんですもの。とまでは誰も言わないが、誰でも知っている。魔王自身も。


「分かっている。でも、他の魔物が私だと誤解されて殺されるだなんて、嫌だ。」

「ですが、勇者はほぼ全員我らが城で処分しております。勇者にお顔を晒しても、人間たちには伝わりません。」

「これからは方向転換だ。勇者はなるべく生かして帰す。殺し尽くすだけでは問題は解決しない。」


 魔王が不在だった期間、魔物たちは魔王城を訪れる勇者たちを丹精込めて丁寧に根絶やしにしてきた。その生存率は0に近い。そうすることで、魔王城とその城下町に対する恐怖を植え付け、なるべく人間を遠ざけようとしていたのである。


 無論、魔王が存在しないという事実を隠蔽する目的もあった。魔王がいようといまいと魔物の生活はあまり変わらないのだが、歴史を顧みると、魔王が不在の時期に人間の軍勢が攻めてくることが多い。首魁のいない魔物どもは統率を失い弱体化しているはずであり今一気に叩けば滅ぼせると思い込むのか、魔王がいないことで魔物全体に広がるテンションの低さを察知するのか、原因は人間に聞かなければ分からない。聞く機会は無い。いずれにせよ、そんなことになれば、非常に厄介である。対外的に、魔王はいることにして強気に出ておいた方が良い。


 現在では魔王は実在しているが、人間に姿を見せたことはない。人間の相手なんぞは、架空の魔王で十分。本物は秘匿する。掌中の珠よろしく、大事大事に囲われていた。だというのに、その本人が表に出たがるのだから、始末に負えない。


「異論はあると思う。すぐに実行できなくても良い。だが、人間に我々のことを知ってもらわなければ、何も変わらない。まずは、魔王はかなり弱そうな奴らしい、という周知から始めよう。」

「ご自分でおっしゃらないでください…。」


 にこりと微笑む魔王にその場の誰もが脱力し、結局、魔王はそれ以降の勇者戦に参加することとなった。無論、戦闘では何の役にも立たないので、自己紹介の後はそっと片隅に引っ込んで邪魔にならないように努めている。そうして、戦闘が終わる頃にはこうして血の気を失って退場する。


「心配だから、様子を見てくるか。」


 ソワソワしながら血溜まりを拭いていたウトは、血に染まった雑巾を手にしたまま立ち上がった。


「やめておけ。」


 三角巾で頭を覆い、デッキブラシとバケツを手にしたトウリが横から声を掛けた。


「お前は血の匂いが濃すぎる。逆効果だ。風呂に入ってからにしろ。」

「うむ…確かに。」


 ウトは自分の体を眺めた。肉弾戦を得意とし、積極的に勇者に立ち向かっていくウトは、しっかり返り血を浴びて服も鎧も肌も赤黒く染まっている。その上、せっせとお掃除に励んでいるので、手も血や組織片だらけである。自分は鼻が麻痺しているから分からないが、相当匂うはずだ。


「私が見てこよう。」

「お前は良いなあ。戦わないもんなあ。血が付いてないもんなあ。」

「しょうがないだろ。実戦では大して強くないんだから。そんなことを羨んでどうする。」


 トウリは四天王という種族の魔物である。四天王はそれぞれ固有に得意とする属性を有し、それを冠して、水の四天王などと呼ばれる。が、戦闘能力はさほど高くない。戦闘よりもむしろ、自然環境の中でこそその真価を発揮する。そのため、勇者戦で表に立つことは稀である。魔法の扱いに長けた勇者を相手にする際には召喚されるが、それでも後方支援役に過ぎない。今日も今日とて、お掃除にだけ駆り出されている。綺麗好きで水を自在に扱える水の四天王トウリは、掃除では非常に重宝されるのだ。

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