第60話
魔物たちの中には、既に城内で一度剣を交え、追い払ったものもいる。だが、その時とは明らかに様相が違う。よく似た別の魔物ではないかとさえ感じられるほどに、動きも気迫も別物だ。ただ無暗に力と数で押してくるのではない。各々の勇者が使う武器の特性に応じて、それに対して有利な動きを取れる魔物が的確に襲ってくる。勇者同士が連携を図ろうとしても、巧みに分断され、孤立させられる。明らかに、魔物は勇者パーティと戦い慣れている。戦術も、技術も確立されている。当然と言えば当然のその事実が、個々の純粋な戦力に加わって勇者パーティに重くのしかかる。
一対一であれば、十分な勝機がある。だが、魔物はそれを勇者たちに許さない。基本的には、一人の勇者に対して複数の魔物が死角の無いように攻め込んでくる。そうでない場合でも、遠距離からの援護が入る。
弓使いの勇者が一人、正面から叩き斬られて倒れた。弦の切れた弓が乾いた音を立てて落ちる。その弓使いを斬った魔物に向けて、双子が攻撃魔法を放った。不意を突いた攻撃は見事に魔物に命中したが、かすり傷を負わせただけに終わる。魔物は双子を一瞥したが、周囲の状況を確認すると、別の勇者と応戦する魔物の補佐に向かって行ってしまった。
「どうしたんだよ、兄さん。いつもより全然じゃないか。」
と傍らのダスワルトが尋ねた。兄と姉の魔法は、実戦に随行したことはないが、練習風景はいつも眺めていた。こんな生ぬるいものではなかったはずだ。
とはいえ、ダスワルト自身も、短剣を抜いて握りしめてはいるが、魔物には一顧だにしてもらえず、かといって手練れの勇者との戦闘に割って入る隙も無く、大して役には立っていない。多少は牽制の効果があるのか、通りがかりのついでにサクッと殺っときましょう、と片付けられてしまうほどではないが、他の勇者を優先されてしまう。今のところ自分の命の危険はないものの、釈然としない。
「私たちの魔法に干渉されて、弱体化されている気がする。」
兄は口に苦いものを含んだように言った。
「そんなことできるの?」
「分からない。」
ダスワルトはきょろきょろと辺りを見回した。父親と双子以外に魔法を主力として戦う勇者はいない。周囲は肉弾戦の騒音が喧しい。魔物には魔法を使ってくる者も多いが、放たれている魔法は相対する勇者に向けたものばかりに見える。こちらが使う魔法の妨害などという地味な嫌がらせをする魔物なんて、どこにいるのか。そいつなら、倒せるかもしれない。
そのダスワルトの視界に、魔王が入る。部屋の奥の隅の方でぽつねんとして戦況を見守っている。武器の一つもなく、完全に手ぶらである。逆立ちしてみたって、戦っているようには見えない。むしろ、戦闘行為から積極的に距離を置いているようでもある。
「何だあいつ、偉そうなこと言って、部下を戦わせるだけかよ。」
ダスワルトはムッとしたけれど、よそ見をしている場合ではない。
視線を戻した拍子に、どんっと目の前で鈍い音が響いた。いつの間にか襲い掛かってきていた魔物に、父親が魔法を浴びせたようだ。魔物は吹き飛んで、遠くで倒れ込んでしまった。息はあるようだが、かなりのダメージを与えたように見える。
よそ見を怒られるかと思ったが、さすがにそんな余裕は無いらしい。父親はダスワルトではなく双子に駆け寄った。
「属性魔法は干渉されやすい。複数組み合わせるか、構築の中に物理特性を混ぜた方が良い。固定化するとまた妨害を受けるから、適宜変化を付けるんだ。」
うん、何を言っているか分からん。ダスワルトは魔法には全く知識が無い。が、双子は理解したらしい。しっかり頷いている。
「父さん、その妨害してる奴って、どこにいるか分かりますか。」
「それが分かれば苦労はしない。だが、武器で戦う片手間にできることではないだろう。補助専門に回っている魔物がいるはずだ。それを見つけてごらん。期待しているよ、ダスワルト。」
父親はそう言うと、別の勇者の援護のために走り去っていった。
この戦いで初めて期待されている、と思うとダスワルトも気合が入る。せっせと武器を振り回したり攻撃魔法を放ったりしていない、一見暇そうな魔物。それを探そうと思ったが、そんなの、いる気がしない。魔王だろうか。この場の誰よりもずば抜けて手持ち無沙汰感にあふれているが。しかし、こっちを見てすらいないし。魔法を放つ兄と姉のそばで剣を構えつつも、決定打はなかなか見つからない。
一方、ダスワルトに探されている当の魔物であるトウリは、内心で舌打ちをしているところである。想像以上に、人間の魔法使いが手ごわい。水の四天王であるトウリは水特化型であり、当然、水回りのお仕事は漏れなく難なくこなせるのだが、他の魔法もあらかた扱うことができる。人間の使う魔法を遠隔で妨害し、弱体化させ、攻撃力を削ぎ落しつつ魔力を浪費させるという、陰湿で粘着質かつ効果的な嫌がらせを続けているが、すぐに気付かれた上に対策を張られた。だからと言って手を拱いているわけではなく、イタチごっこのように別の手段で妨害を続けてはいるが、人間の割には魔法の扱いが非常に巧みである。応用の幅が広く、対応が迅速だ。若い二人連れの魔法使いの方は片手間に処理する程度で何とかなるが、フォーディルと名乗ったこの勇者は曲者だ。
肉弾戦に長じる魔物が武器を振りかざした。しかし、軽く魔法を当てて牽制し、その隙に難なく躱してしまう。魔法攻撃も、当然のように防がれる。一筋縄ではいかない。
トウリは二人連れの魔法使いの方を一瞥した。先刻、何か忠告を受けていたはずだ。案の定、今までよりも魔法の扱いが複雑になっている。そもそも、二人で一つの魔法を使ったり二種の別の魔法を使ったり、二人組は二人組で変則的なのが扱いづらい。
傷を受けた魔物に簡易的な治癒魔法を施しつつ、トウリは思案する。先に目障りな二人組を処理した方が良いか、最も厄介な勇者に専念するか。あれもこれも補助しながら、両方のお守りはできない。




