第51話
「それで、何の話だったかな…ああ、兄上の家の話か。」
父親は軽く頷いて、話を戻した。
「そうだな。私とベリアが魔王討伐指令を受け、それに従うか、もしくは拒否して軍属となって前線で戦うか、どちらかになれば兄上の立場には有利に働く。」
「どうしてですか?」
「勇者制度は、必ずしも国の本意ではない。勇者を廃して、全てを国軍で処理するべきだという意見もある。魔物を倒すのも、軍人が行えばいいという考えだね。」
父親は双子に接する時よりも心持ち言葉を易しく直して、ダスワルトに説明する。
「なんで勇者じゃ駄目なんですか?」
「軍人の方が、国から命令を出して統制しやすいだろう。勇者は、世界中をあちこちふらふら歩き回るから、国としては扱いづらい。」
「確かにそうですね。」
「それに、勇者は、常に魔物と戦っているわけでもない。討伐依頼が無くてのんびりしている勇者もいるし、魔物の住処を探して旅をしている勇者もいる。折角の戦力が、使われずに眠っているようなものだ。勿体ない、戦える者は常に戦わせて有効活用したい、そのためには軍人にして管理する方が便利なんだ。」
「それはそうかもしれませんが…。」
「それに、国は、勇者にも魔物よりも人間と戦ってほしいんだ。いつどこに出てくるか分からない魔物の脅威よりも、現在進行中の他国との紛争の方が、国家に与える影響が大きいと考えているからね。だから、勇者を軍人にして、国の忠実な手駒として扱いたいという意見はかなり根強い。」
父親の解説に、ダスワルトは面白くない気持ちながらも理解はした。自分には賛同できないが、そういう考えの人がいてもおかしくないと思う。特に、今現在、軍に所属している人たちの中には。
「軍の中ではこの意見が圧倒的に優勢だ。」
ほら、やっぱりね、とダスワルトは頷く。
「だから、身内の私とベリアが勇者である兄上は、軍内での立場が微妙なところにある。私たちが軍属となれば、その問題は解決だ。」
「魔王城に行って、勇者として大活躍して、魔王を倒した英雄になっちゃったら、困るんじゃないですか。」
「それならそれで、魔物がいなくなるのだから、勇者制度は廃止できる。」
「じゃあ、もし…。」
それ以上を言えなくて口ごもっていると、父親が後を引き取った。
「もし私たちが魔王城で命を落としたら、それはそれで身内から勇者がいなくなるから問題は無いんだ。弟は勇者制度の不備に殺されたのだ、軍として適切な部隊を派遣していれば死なずに済んだ、とでも言えば格好も付く。」
そこまで話して、父親は腕を組んでため息をついた。
「義姉上がおっしゃったという話は、そういうことだろう。私たちが魔王討伐の命を受けたことが兄上を利するのは事実だ。」
「じゃあ、やっぱり…」
「だからと言って、兄上がベリアを魔王討伐に推挙したという証拠にはならない。そこを履き違えないように。」
ぶう、とダスワルトは口をとがらせつつも黙った。父親の言うとおりではあるのだが、納得はできない。でも、父ほど弁が立たないので、うまく言葉にできない。
「でも、父さん、証拠にならなくても、私たちの心にある疑念は消えません。両親を故意に死地に送り込んだかもしれない人に養育されるのは、私の矜持が許しません。ましてや、軍属にされるだなんて、生きながら死ねと言われるようなものです。」
姉が口を開いた。あ、それそれ、とダスワルトは心の中で賛成の拍手を送る。
「兄上は兄上なりに、お前たちを大切に思っている。お前たちを軍属にしようというのも、そのためだ。私たちとは考え方が違うかもしれないが、ただ利己のためではない。立場も収入も不安定な勇者よりも、軍人の方が様々な面で安定はしている。兄上も後ろ盾となれる。現実的には、利点も多い。」
「では、父さんはどうして勇者の道を選んだんですか。お祖父さまも、伯父さまも、反対なさったでしょう。身内にさえ調整弁と揶揄されるような勇者なんかになるだなんて。」
姉はすさまじい形相で父親を睨んでいる。父親の向こうに伯父を見ているようだ。
「私は、勇者であることに誇りを持っている父さんと母さんを尊敬しています。だから、私も勇者になったんです。私は魔物と戦うために魔法を勉強してきたんです。人間を殺すためじゃありません。どんな利点があったって軍人にはなりたくないし、人殺しの伯父さまと暮らすのは御免被ります。」
「サディエ、軍人を人殺しと呼んではいけない。彼らもまた、守るべきものがあるだけだ。」
「伯父さまが殺すのは、父さんと母さんです。父さんがどれだけ私たちに言葉を尽くしても、私の心からその思いが消えることはありません。私は絶対にあの人を許さない。」
姉の声はその表情とは対照的に平板で、凍り付くように冷たい。ダスワルトを抱く母親の腕の締め付けが、僅かに強くなった。
父親は真っ向から姉の視線を受け止めていたが、微かにため息をついて、悲しげに微笑んだ。
「兄上のことを恨んで欲しくはなかった。だが、お前たちにそんな思いをさせてしまったのは、私の責任だな。すまない。」
「父さんが謝る必要はありません。謝るくらいなら、魔王城に同行させてください。」
姉がそう言うと、兄も同意した。
「そうです。私たちは、生きるも死ぬも、共にありたいと思うのは父さんと母さんです。伯父上ではありません。」
「私も…ぐえっ」
身を乗り出したダスワルトを、母親が満身の力で抱き締めた。母親は家中で最も腕力が強い。そんな馬鹿力の限りで締め技を喰らったら、息ができない。僅かに動く手首から先で、ダスワルトは懸命に母親を叩いて合図した。
「く、くるしい…」
「あ、ごめん。ついうっかり。」
ついうっかりで、魔王城に行くとか行かないとかの話の前に絞め殺されるところだった。ダスワルトは無理やり母親の膝の上から降りた。母親から離れようと思ったが、いつの間にか手を握りしめられているので、しょうがなくすぐ横に腰かける。この手も、ついうっかり握り潰されるんじゃないかと少々不安である。
そんなゴタゴタを微笑んで見守りながら、父親は話した。
「お前たちの気持ちはよく分かる。だが、その上で、お前たちには生きていて欲しいんだ。理屈は抜きだ。私とベリアのその願いを、聞き届けてはくれないか。」
順に父親に見つめられて、兄も姉も言葉に詰まってうつむいた。




