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異世界転石の先  作者: 七田 遊穂
第4章
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第48話

 それからしばらく、3人はその町に逗留しながら、父母の到着を待った。役場にいれば絶対に父母を捕まえられるはずなので、その近辺で待ち構える。魔王城最寄りの町のひとつであるけれど、町の様子は平穏そのもの。魔物を見たことのある町人も、勇者経験のある者を除けば殆どいない。長袖に薄い上着を着ていれば丁度良く涼しい気候で、ぼんやりと町を眺めながら手持ち無沙汰な時間を過ごしていると、あまりの平穏さに全てが夢なのではないかという気さえしてくる。


「本当に、この町だったのかな…。」


 父母が一向に現れないので、気落ちした様子でダスワルトが呟いた。聞き間違いではないはずだが、父母が予定を変更したのかもしれない。あるいは、伯父の認識が誤っていたか。あの伯父がヘマをするとは思えないが、父がなにがしかの意図をもって偽情報を渡していたというのはありうる。


「ここしかない。私はお前を信じるよ。」


 兄と姉は、ダスワルトを責めない。不安そうな様子も見せずに、黙って人の往来を注視している。それが申し訳ないような、頼もしいような気持で、ダスワルトも二人のそばに立っている。


 ぐう、と腹の虫が鳴いた。不安だろうと、焦ろうと、身体は正直である。何か昼飯になるものでも買ってこよう、と横を向いたダスワルトは、懐かしい人影に気付いた。


「ダシー?」


 母親がそう呟くのが聞こえた気がする。雑踏に紛れて、実際には分からなかったが。


 鼻がツンとなって涙が出そうになって、慌ててうつむいて堪えていると、いくつもの足音が駆け寄ってくるのが聞こえた。顔を上げて父母を迎えようと思ったその瞬間、ゴチンと硬いものが頭に振り下ろされた。


「馬鹿者!」


 ごん、ごん、ごん、と父親が3人の脳天に順に拳骨を喰らわせたのである。父親は厳しい人ではあるが、理の人でもある。滅多なことでは子どもに手を出したりしない。なので、今は滅多に無い状況にある。突然の衝撃に目から火花が出て、ダスワルトは頭を抱えた。


「すぐに帰りなさい。」


 殴られたのは想定外だが、ほぼ予想通りの展開である。子どもたちの温かい出迎えに感涙し、何て素敵な子どもたちでしょう、感動した、では一緒に超危険な魔王城へ行きましょう、と容易に言うような親ではない。


「兄上には私から謝っておく。路銀も渡すから、今日明日中に立ちなさい。ここまで来たのなら、帰り道も分かるだろう。」

「分かりません。ダスワルトが滅茶苦茶な経路を取ったので、同じ道は二度と辿れません。」


 兄がまずはダスワルトをだしにして父親に反抗の意を示した。ここで素直に帰っては、何の意味も無い。そんな気はさらさら無い。


 父は難しい顔のまま、腕を組んだ。


「お前たち、一体いつ出発したんだ?」

「父さん達が発って、二週間後です。ちなみに、この町に着いたのは五日前です。」

「…どんな経路を通れば、そんなに早くここまでたどり着けるんだ?」

「気になりますか?」


 兄がにやりと笑った。父親は知識欲も好奇心も強い。ダスワルトの仕組んだアクロバットな旅程をネタに、父親から譲歩を引き出すつもりである。


「父さんも皆さんも長旅でお疲れでしょうから、すぐには魔王城に行かれないでしょう。体調を整えられる間だけでも、ご一緒させていただけませんか。」


 思わず口笛を吹いて兄に拍手しそうになって、ダスワルトは唇をぎゅっと噛んで拳を握りしめて堪えた。


 結局、父親は好奇心に負けた。万全の状態で臨むには休息が必要であるし、その予定でもある。その間、我が子と最後になるかもしれないひと時を過ごすのも悪くはない。複雑な表情を崩せないながらも、その夜、父親は子どもたちからこれまでに辿った武勇伝を聞いた。途中で30回くらい小言を差し挟みたくなったが、ひとまずは黙って聞き終えてから、父親はダスワルトをこってりと叱った。何故ここまで来てこんなに叱られねばならないのか、叱られるために遠路はるばる覚悟を決めてやってきたわけではないのに、とダスワルトは理不尽な思いに囚われる。が、父親が聞いたら良い顔をしないに決まっている行動をとったという自覚はあるので、大人しく首を垂れ続ける。


「伯母さんの装飾品の件は、父さんも伯父さんに謝るんですか?」

「当たり前だ。魔王城に行く前に、手紙を書いて送る。何を盗んだか、漏れなく説明しなさい。」

「黙ってれば分からないのに…。」

「知られなければそれで良いというものではない!お前のその心根の卑しさが問題なのだ!」

「はい、すみません。」


 大目玉である。魔王城を目の前にして、我が子にこんな雷を落とす勇者がこれまでにいただろうか。いや、いないだろうな。今までも、これからも。ダスワルトは早く嵐が過ぎることばかりを願う。この雷、魔法の力に代えられないものだろうか。相当強い攻撃魔法になりそうだが。

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