第46話
父母の出立からかなりの日数の遅れがある。追いつくのは容易ではないが、双子が小耳に挟んだ情報では、父母は途中のどこかで寄り道をして魔物討伐をしつつ、複合パーティの練度を上げてから行く予定となっている。どこでどれほどの寄り道をするのかまでは明らかではないが、そこに賭ける。後は、最短経路と最速手段に悪知恵を加えれば、追いつくのも夢物語ではない。
双子は既に勇者として仕事に励んでいるので、そこそこ懐に余裕がある。ダスワルトは手癖悪く伯母の装飾品を掠め取ってきたので、懐に余裕がある。
「お前、何てことをしでかしたんだ!」
と兄に怒られても、
「これ、伯母さん使ってないよ。棚の裏に落ちてたし、自分でも無くしたと思ってるんじゃないかな。片っぽだけの耳飾りとか千切れた首飾りなんてさ、意味無いだろ。」
と、悪びれる様子もない。今更返しに行けとも言えないので、証拠隠滅とばかりに、故郷から離れた地で換金してしまう。なかなかのお値段で、双子の良心は痛んだものの、路銀は大いに潤った。おかげで、なりふり構わずに最速手段を取れるという次第である。それに加えて、本来は客を乗せるためのものではない荷舟に潜り込んだり、涙ながらに情に訴えてどこの貴族のものとも知れない馬車の片隅に便乗させてもらったり、ダスワルトの手練手管は、正攻法で旅程を進めることしか頭に無かった双子の計画をあっという間に塗り替えていった。
「お前は、本当に一人でも行けただろうな…。」
漁師の温情を利用して、揺れの激しい釣り舟で川を渡り終えた兄は、ぐったりと青い顔で呟いた。
「子どもであることは、武器になるんだ。使わなきゃ損だろ。」
ついでに貰った雑魚の干物をくちゃくちゃと噛みながらダスワルトは言う。泥臭さが強くて、兄姉は口にできない代物である。
「あんたのその生命力は、どこから湧いて出るのよ。」
「これくらい普通だろ?」
「異常だから聞いてるんでしょ。」
3人は勇者という特殊職業の両親を持つ子であるが、父親の教育方針もあり、おっとり上品に育てられてきている。のはずであるが、この末の弟の順応性は並ではない。蚤が跳び回る納屋でもぐっすり熟睡し、得体のしれないゲテモノでも何でもモリモリ食べて腹の一つも壊さない。泥沼にも平気で入り込んでずぶずぶと行進し、汚れっぱなしでも全く頓着しない。見知らぬ人にも躊躇なく話しかけ、何でも頼み込み、最終的に要求を通してしまう。兄と姉が強行軍でしなびているというのに、一人元気溌剌である。
「兄さんと姉さんこそ、そのザマでよく行こうと思ったよな。追いつけなくて、泣きを見て終わりだったんじゃないのか。」
「そうかもしれないが、お前はやりすぎだ。」
荷物から上着を取り出して着こみつつ、兄はぼやいた。目的地はかなり近い。3人の故郷に比べて、寒冷な気候になってきた。
「魔王城って、町から見えるのかな。」
「まさか。そんなに大きくはないでしょ。」
「でも、父さんから百年戦争の最後のところを聞いたよ。魔王は天から降ってきて、すごい勢いで人間を殲滅したって。魔王も、魔王城も、滅茶苦茶にでかくても不思議はないんじゃないの。」
「そんなにでかかったら、どうやって戦ったらいいかな…。」
兄が小声で呟いた。とりあえず父母に追い付き追い越せの勢いでここまでやって来たが、最終的な目標はその後にある。父母が同行を許してくれたら、そこに行くことになる。覚悟はしていたつもりだが、ここまで来るとその覚悟を試されているような感覚を覚える。
3人が目的の町にたどり着いた時、父母の一行はまだ到達していないようだった。役場で魔王討伐の申請届出状況を閲覧したが、まだ父母の名は無い。町の何箇所かの宿を回ったが、そこにも姿は無い。
「お前、やっぱりやりすぎだったんだよ。どれだけ早く着いちゃったんだよ、まったく。」
久方ぶりに安眠できるベッドの上に寝そべって、兄はぼやいた。ダスワルトのペースに乗せられ、必要以上に、実力以上に、体力以上にすさまじい進軍を果たしてしまった。明日魔王城に行きましょう、と言われたって、戦力になりそうにない。父母が到着する前に回復しておかねばならない。
「私は折角だから町を見て回って来るけど、兄さんと姉さんはどうする?」
「疲れた。休む。このままでは、戦えない。」
「同じく。」
「情けないなあ。」
ダスワルトは横たわる兄姉を置いて、宿を出た。子ども3人連れであっても、勇者免許があれば怪しまれずに宿も交通機関も何でも使える。ダスワルトの機転が功を奏したのは確かだが、兄と姉もいたからこそここまで滞りなくたどり着けたのである。そのことを分かっているので、ダスワルトも過剰にからかうことなく黙って一人で町をぶらつく。
日差しはあるのに、風が冷たい。今は涼しくて過ごしやすいけれど、冬は辛そうだ。魔王城はもっと北にあり、標高も高いという。ここより更に気候は厳しいのだろう。そんなところが人間の文明の発祥の地であり伝説上の聖地だというのも、腑に落ちない気がする。イェメナを真面目に発掘して調査したら、実は聖地は違う場所でしたってことになるのではなかろうか、とダスワルトは思う。




