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異世界転石の先  作者: 七田 遊穂
第4章
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第46話

「兄さんと姉さんの考えてることは知ってる。父さんを追いかける気だろ。」

「…違うよ、激励の手紙を送っておこうと思っただけだ。書簡便の方が早いはずだからな。先回りできる。」

「嘘つけ。」


 兄と姉は目を逸らして沈黙していたが、やがて揃ってため息をついた。


「お前に嘘はつけないな。」

「兄さんと姉さんの隠し事が下手糞なだけだ。」

「じゃあ、正直に言うよ。」


 と姉がダスワルトを正面から見据えて言った。


「私とエディトは、父さんと母さんを追って、魔王城に行く。でも、ダスワルトは残りなさい。あんたでは、役に立たない。確かに、あんたは母さんの言うとおり天才かもしれない。ずっと見ていたんだから、私にだって何となく分かる。でも、今は剣技のちょっと達者な子どもに過ぎない。小っこいあんたの短い腕で振り回す短剣が、大人の勇者を山ほど殺してきた魔王に届くと本気で思うの?思い上がらないで。」

「兄さんと姉さんだって、まだ子どもみたいなもんじゃないか。」

「私たちは大人と同じ魔法を使える。身体の大きさも、体力も、剣ほどには必要じゃない。知ってるでしょ。」


 それに、と兄が姉の言葉に言い添えた。


「同行の勇者たちには、魔法使いがいないらしいんだ。あれだけ人数がいて、専門職は父さんだけってことになる。だから、そこに私とサディエが加われば、必ず役に立つ。でも、お前は、どうなんだ?」


 兄と姉から揃って役立たずと烙印を押され、それを跳ね返すだけの材料も持たず、ダスワルトは不機嫌に押し黙った。反論できない。が、最強のカードは手元にある。


「じゃあ、教えない。兄さんと姉さんなんて、軍の寮に押し込まれてればいいんだ。」

「はぁ?何それ。」

「伯母さんが伯父さんに言ってたよ。軍の訓練兵にして、今すぐこの家から追い出せって。もう15歳だから、十分できるだろってさ。」


 伯父がしばし待てと言っていたのは、敢えて教えない。兄は苛立たし気に立ち上がった。


「冗談じゃないぞ。私もサディエも、もう勇者として自立してやっていける。何で今更、軍なんて。」

「伯父さんと伯母さんに言ってくれよ。私が決めることじゃないんだからさ。」


 ダスワルトはつーんとそっぽを向いた。双子はしばし固まっていたが、そのうちに肩を寄せ合って相談を始めた。


「軍の寮なんかに入れられたら、自由に外出できなくなる。こうして打ち合わせをすることもままならない。」

「父さんと母さんが帰ってきたとしても、私たちが軍に所属していたら、もう手出しができないかもしれない。別れ別れだ。」

「伯父上に直談判するか?」

「エディト、できるの?」

「…無理だ。あの人、何のかんので父さんと似てるんだよ。論破の嵐だよ。その上、絶対権力者なんだから。」


 兄は頭を抱えた。当然ながら、兄にできないことは姉にもできない。


「ダスワルトはどうなるの。」


 八つ当たり気味に姉が睨んできた。ダスワルトは横を向いたまま、冷たく答える。


「知らない。伯父さんは、軍に入れたいっぽかったけど。私はまだ子どもだから、先の話だろ。そのうちに逃げてやるよ。」

「残念だったな、軍には幹部候補生を養成するための小児寄宿舎ってのもあるんだぞ。お前もそこに送られるよ。」


 兄が意地悪い声を出した。だが、ダスワルトは気にしない。最強の切り札はまだ死んでいないのだから。


「私は一人で父さんと母さんの後を追う。寄宿舎なんか、入るもんか。」

「伯父上に言いつけるぞ。」

「じゃあ、兄さんと姉さんのことも伯父さんに言ってやる。」


 しょうもない兄弟げんかの様相を帯びてきたところで、ダスワルトに向けて枕が飛んできた。難なく避けてそちらをみると、姉が両手を腰に当てて仁王立ちしていた。


「二人して足を引っ張り合うのはやめなさい。それ、最悪の結果しか生まないでしょ。」


 兄には枕は飛んで行っていないが、代わりに室内履きが飛んで行っていたらしい。こちらはまともに喰らって、頭をさすっている。


「ダスワルト、父さんたちの行き先を言いなさい。連れて行くから。」

「え、本当に?」

「ただし、魔王城まで一緒かどうかは、父さんと母さんに決めてもらう。それは、私とエディトについても同じことだけれど。北の町まで行って、それでも父さんと母さんが駄目だと言ったら、おとなしく帰ること。いい?」

「…分かった。」


 ダスワルトは神妙な顔つきで頷いた。


「絶対に、置いていくなよ。置いていったって、一人でも行くからな。」

「はは、お前なら本当にやりそうだな。」


 兄はどこか吹っ切れたように笑うと、母親がよくやるように、ダスワルトの頭をごしごしと撫でた。


 3人が連名の書置きを残し、伯父の邸宅から姿を消したのはそれから2日後だった。書置きを読んだ伯父は額に手を当てて深いため息をひとつ吐いたが、反応はそれだけだった。書置きを丁寧に畳み直して机の引き出しにしまいこむと、伯父は3人を追うこともせず、何事も無かったかのように淡々と彼の日常に戻った。

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