第40話
結局、翌日に母親に付いて工房に行って決めることにして、ダスワルトは機嫌を直した。
剣を直すと言っても、継ぎを当てたり糊でくっつけたりするわけにもいかない。刀身は一から造り直しである。どうせすぐには使えないくせに、時間が掛かりそうなのをダスワルトは不満に思う。武器に詳しい母親がああでもないこうでもないと注文を付けているので、自分のご希望を述べる隙も無い。そもそも、武器の性能の根幹に関わるような部分は、母親の方が遥かに博識であり、ガキンチョが下手に口を出さない方が良い。そのことはダスワルトもよく理解している。
となると、子どもが我儘なオプションを付けられるのは装飾部分となる。ぶらぶらと店内を見て回ると、色んな見本がおいてある。気に入ったものを発注できるらしい。鍔や柄の意匠、鞘の文様など、凝ったものもあるようだ。剣本体の性能とは特に関係はないが、カッコ良さを上げる。気分も上がる。つやつやの真っ赤な鞘カッケエ、などと眺めていると飽きない。
「何か気に入ったのあった?」
発注が終わったのか、母親がダスワルトに声を掛けた。ダスワルトは鞘の一つを指差す。
「この、ドラゴンのカッコいいですね!」
「はーん。」
母親は、全然気なしである。ダスワルトを溺愛し、何をしても褒めちぎる傾向にある割には、反応が冷めている。
「男の子って、みんなそういうの好きだよねえ。」
「はあ、そうなんですか。」
「大人になってから使うものだからね、今の感覚で選ぶと痛い目に遭うよ。想像してごらんよ、私やお父さんが、ドラゴンの絵柄のマントとか着てるところ。痛くない?」
「…ちょっと痛いかもしれません。」
そう言われると、テンションが下がる。ドラゴンはやめておこうと思う。真っ赤のツヤツヤも、いささかアレかな。自分が大人になったときのことを想像するのは難しいから、父母がそういうグッズを持って得意げになっているところを思い描いてみる。と、意外と選択肢は狭まる。
「じゃあ、これか、これですかね。」
「え~、地味~。」
どうしろっていうんだよ、とダスワルトは思う。
「ドラゴンが良いならさ、ほら、鞘じゃなくて鍔ならおしゃれだよ。」
母親はそう言って、並べられていた見本を一つ手に取った。
「いや、ドラゴンはもう良いです。」
「なんで?」
「ええと、まあ、魔物の一種ですし、縁起悪いかなって。」
適当に思いついた理由だが、自分で口にしているうちに本当にそんな気になった。そういえば、ドラゴンだって魔物だ。何故カッコいいと思ってしまうんだろう。ゴブリンの模様の鞘や鍔は絶対売れないだろうに。
いつか、母や父、兄姉と一緒にドラゴン討伐も行くのかな。それなら、鍔辺りにドラゴンがいても逆に験担ぎになるかもしれない。縁起が悪いのか、験を担げるのか。考え方次第で正反対になる。
「魔王の模様って無いんですかね。」
「無いでしょ、どんな見た目だか誰も知らないんだから。そんなの、欲しいの?」
「龍殺しの剣、って言えばドラゴン模様が付いていそうじゃないですか。それなら、魔王を倒す剣には魔王の模様があっても良いのかなって。」
「なるほどなあ。ダシーは賢いねえ。」
母親は満面の笑顔でダスワルトの頭を撫でた。が、無いものをねだっても手には入らない。ダスワルトも本気で欲しがっているわけではない。
結局、ぱっと見は極めて地味で質実剛健な鞘拵えを選び、その他の部分は壊れた剣から再利用することになった。わざわざ付いてきた意味があまり無い結果である。何となく面白くないけれど、さりとて将来のことを考えると他の選択肢は選びにくいし、こんなことなら今使える短剣で遊ばせてもらえば良かったなどとぐちぐち考えるが、もうどうしようもない。どうしようもないことは、忘れるに限る。剣は装飾ではない。刀身が命だ。そこの品質は母親が選んだ以上、間違いが無い。
「あ、ダシー、アイスクリーム食べようよ。」
母親が菓子店を指差した。今日も軽く汗ばむ陽気なので、店主が乳白色のアイスクリームを次々と皿に盛り付けて売りさばいている。外に置かれた椅子で食べる人も多い。
母親は早速2人前注文し、外の椅子にダスワルトと並んで腰かけた。アイスクリームは決して安いものではないが、何のかんのでダスワルトが武器店で贅沢を言わずに終わってしまったので、その分のご馳走である。匙ですくって口に含めば、冷たい甘さが心地よい。
「ねえ、ダシー。あなた、伯父さまのおうちの子になる?」
「うへっ」
唐突な提案にアイスクリームを吹き出しそうになって、ダスワルトは慌てて堪えた。
「何ですかそれ、絶対嫌ですよ。」
「だよね~。」
「私はうちにいちゃいけないんですか?」
「そんなわけないじゃん。だけどな~。」
ぱくっとアイスクリームを口に入れ、つめたーいおいしーい、などと母親は呟く。実際、冷たくて美味しいのだが、ダスワルトは話の続きが気になってしょうがない。しかし、母親はアイスクリームを味わうばかりで肝心なところに踏み込んでくれない。仕方が無いので、突っついてみることにする。
「昨日、伯父さんが何かおっしゃったんですか?」
「んー」
母親はすぐに答えずに、良く晴れた空を見上げた。白い雲が遠くに流れていく。




