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異世界転石の先  作者: 七田 遊穂
第4章
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第39話

「兄さん、姉さん、もう既に何かやらかしただろ。その小石以外に。」


 ビクッと兄の肩が動いた。姉の視線が遠くに泳ぐ。


「本当に隠し事が下手だな。何したんだよ。父さんには黙っておいてやるから、言いなよ。」

「…母さんにも、言わないか?」

「え、母さんも関係あるの。」


 母親はダスワルトと同じく、魔法には素養が無い。全然理解できないので、双子の教育は完全に父任せで、双子が何をしてもとりあえず褒めておこうのスタンスである。叱ろうにも、何をどう叱ったら良いのか分からないのだからどうしようもない。その母親を警戒するということは、余程分かりやすい失敗をしでかしたということに違いない。


 興味が湧いてきて、ダスワルトはこくこくと首を縦に振った。


「絶対、言わない。」

「約束だぞ。」


 そう言うと、双子はダスワルトを連れて歩き出した。道中で、そっと父の書斎に忍び込んで魔導書を綺麗に戻しておく。証拠隠滅である。


 3人は、父母はいないけれど何故か足音を忍ばせて廊下を行き、地下の倉庫にやってきた。大した広さは無いが、居住スペースに置いておけない物や滅多に使わない物があれやこれやと詰め込まれている。ついでに、駄々をこねる悪い子も時折詰め込まれるので、その経験がある3人にはあまり良い思い出の無い場所だ。


「これ。」


 姉が物陰から慎重に何かを引きずり出してきた。重たげな細長い物体だ。階段の上から注ぐ光しかなくて暗いので、何だかよく正体が分からない。ダスワルトは自分で光の当たるところまで引っ張り出した。


「剣じゃないか。真っ二つに折れてるけど。」

「うん。」


 姉は暗がりで視線を逸らせたまま曖昧に頷いた。薄暗がりに横たわるそれは、大振りな一棹の剣だった。ただし、柄から3分の1くらいのところで鞘ごとスパッと切ったように分断されている。全く使えないことはないが、使いにくいことこの上ないし、わざわざそれを武器として戦地に赴く勇者はいなさそうだ。


「母さんの?でも、あれは母さんの部屋にいつも置いてあるよな。それに、母さんのより一回り大きい。」


 ダスワルトは柄の方を手に取って、仔細に検分した。手汗も手垢も何も染みていない、傷一つない、ピカピカの新品だ。まさか、母親が新調した剣に、この双子はいきなり何かやらかしたのだろうか。これは、黙っていたっていずれバレるに違いないが。


 ぶった切れた鞘とぴかぴかの柄を手に取って、ダスワルトは根元3分の1だけの剣を抜いた。僅かな光の中でも顔が映りこむほどの輝きだ。なかなかの逸品に違いない。子どもの体格ではとてもこんな大物は振るえないが、大人になったら是非ともこんな剣を使いたいなあ、と思いながらダスワルトはくるりと表裏を返した。


「ん?」


 剣の表面に銘が彫ってある。暗くて読めないので、階段まで持って行って確認する。


「…私の名前じゃないか。」


 くるり、とダスワルトは双子に向き直った。


「これ、私の剣なのか?」

「いやー、知らない。その辺に置いてあった。」


 兄が目を泳がせて、頭を掻く。これは間違いなく、知っていた顔だ。


「私の剣だって知っていて、実験台にしたのか?」

「おい、待て、落ち着け。その剣をまずしまえ。」


 根元3分の1とはいえ、研ぎ澄まされた新品の剣は命を奪いうる凶器である。兄は青くなってダスワルトから少し距離を置いた。姉も慌てて弁解する。


「それを狙って練習したわけじゃないって。そんなこと、さすがにしないよ。本当に、たまたま、その辺に置いてあったんだって。母さんが慌てていて、片付け損ねてたんじゃないの。」


 母親は割と粗忽なところがある。物を無くしたと言って騒ぐことも多いが、大抵父親が玄関やら便所やら、訳の分からないところから見つけてきて事なきを得る。何かを手に持っている時に別のことを思い付いて、とりあえずその辺に置いて忘れてしまうのである。それはありそうな話だが、その辺に置いておいた剣が自然にすっぱり2分割されることはない。


「つまり、これが置いてあった近くで、父さんに禁止されてる魔法の練習をして、失敗こきやがって、私の剣を壊したってことだな?」

「そういうことに、なるけど…お前、まだその剣使えないだろ、良いじゃん。」

「良くないよ!」

「おい、やめろ、真剣を人に向かって振り回すな。母さんに叱られるぞ!」

「バカヤロー!絶対、父さんと母さんにばらしてやる!何が空間転移だ!兄さんと姉さんには一生使えないよ、そんな魔法!ってか、使うなヘボ魔法使い!」


 かくして大喧嘩となり、流血は避けられたものの、剣の鞘で兄と姉はぼこぼこに殴られ、ぶった切れた剣は白日の下に晒された。


 夕方近くになって帰宅した父母は、疲労の色が濃かった。だが、この惨状を目にするや否やスイッチが入ったかのようにしゃきっと瑞々しさを取り戻した。双子は父からも母からもみっちりこってりたっぷり叱られ、涙ながらに自室に引きこもり、ダスワルトはダスワルトで暴力を振るった角でおとがめを受けた。喧嘩両成敗である。


「でも、それ、私の剣なんでしょう?」


 ぶすっと不満げな顔でダスワルトは母親に言った。確かに今日は少しやり過ぎた気もしているが、これまでの意地悪分もまとめてお返ししただけだし、それに今回はそもそもあっちが全面的に悪い。と思っている。何となく納得がいかない。


「あなたが大きくなったら渡そうと思って、刀工に頼んであったんだけどね。折角仕上がったのに、私がまーた片付け忘れちゃってたか。ごめんね。」

「母さんは悪くないです。悪いのは兄さんと姉さんです。」

「あの子たちも謝っていたでしょ。もう許してあげなさい。誰だって失敗はするんだから。」

「でも、その剣、もう使えませんよ。どうするんですか。」

「直したげる。あなたが大きくなるまでには余裕で直って戻ってくるって。明日にでも早速、作ってくれた工房に持っていくよ。」


 ついでだから、オプションで何か付けたいものはあるか、と問われてダスワルトは少し考える。多分、これは母親による懐柔策である。おねだりを聞いてやるから、機嫌を直して、兄姉と仲直りしろということだろう。これは、かなり我儘を聞いてもらえそうだ。ダスワルトは内心でほくそ笑んだ。要らんところで鋭い子どもである。

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