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異世界転石の先  作者: 七田 遊穂
第4章
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第36話

 びしょ濡れのままではいられないので、ダスワルトは家に戻ってごしごしと体を拭いた。めんどくさいから、着替えは省略。剣の訓練をしていればそのうちに乾く。


「ちゃんと着替えなさい。風邪をひくぞ。」


 父親がダスワルトの雑さを見とがめて、注意した。


「外に出れば乾くから、大丈夫です。」

「いや、もう勉強の時間だ。お前は怠けがちだからな。勇者がただ魔物を倒していればそれで良いと思うんじゃないぞ。色んな申請には読み書きも要るし、歴史だって知っておいた方が役に立つ。」


 勇者の収入源は、魔物討伐を依頼してくる人々からの謝礼金だけではない。税金を財源とした様々な補助金、給付金、年金が諸々存在する。そして、その手の公的なお金は役所に申請しなければもらえない。制度を知らない者や手続きを怠ける者は自然に損をするようにできている。そもそも、勇者免許を取得する際にも読み書きが必要だ。よって、勇者の識字率は一般人よりもかなり高い。ただの腕っぷしの強い荒くれでは務まらないのである。


 お勉強は好きではないダスワルトだが、父親が有無を言わさず知識を詰め込んでくるので、それなりの教養は身に着けている。だが、8歳にしてサボり始めると全然知識量が足りない大人に仕上がるので、今後もお勉強は継続される見込みである。やりたくないが、やらないと剣の稽古もさせてもらえない。渋々、乾いた服に着替えて父の書斎に向かった。


「今日は、百年戦争について教えよう。」

「それ、前にも聞きました。」

「ほー。じゃあ、覚えていることをさらってごらん。」


 にやりと父親に笑われて、ダスワルトは眉根をぎゅっと寄せて記憶を呼び起こす。


「魔物との長い戦争です。」

「どんな?」

「どんなって…ええと、イェメナの地を巡る争いです。それで、色々あったけど、人間は魔物に負けて、今ではそこには魔王城があります。」

「色々でごまかすんじゃない。やっぱり、抜けてるじゃないか。」


 こつんと父親はペンの尻でダスワルトの頭を軽く小突いた。やっぱり駄目か、とダスワルトは観念する。父親の教育は厳しい。下手をしたら、母親による剣技の稽古よりも厳しい。


「イェメナの地は、どんな所か覚えているか?」

「はい。神が我々人間に与えた約束の地です。」


 と答えたものの、漠然としていてダスワルトにはその意味はよく分かっていない。それが顔に出たのか、父親が軽く頷いてから説明を加えた。


「神が降臨し、原初の人間に火を教えた場所だと言われている。まあ、伝説だがな。実際には、地熱の豊かな地だ。そこかしこで熱水が噴き出すらしい。」

「それ、あんまり要らない気がしますけど。神がお与えになったにしては、危なくないですか。」

「どんなものも使い方次第だよ、ダスワルト。知識でも、武器でも、熱量でも。うまく使えないとしたら、使う側の知恵や力が足りないんだ。」


 父親の言うことは、時々難しくて理解も納得もできないが、突っ込んで質問しているといつまでも終わらないので聞き流す癖がダスワルトにはついている。ふーん、そういうものなのね、と思っておく。


「神話の時代には、イェメナには人間が暮らしていた。だが、部族同士の争いが生じたところに神の怒りたる天災が起き、滅びたと言われている。この辺りのことも伝説でしかない。発掘して調べたくても、魔物の巣窟だしな。」

「魔物は邪魔ですね。」

「いなければ、イェメナの調査もしやすいだろうなあ。」


 そこまで話すと、父親はコツコツと机をペンで叩いた。ダスワルトが全然ノートを取っていないのが気に入らないのである。そうやって聞き流すだけだからすぐに忘れるんだ、と小言が挟まる。やむを得ず、ダスワルトは紙を広げて、小さい字でメモを取る。


「綴りが違う。」

「はい、すみません。」


 折角小さい字で工夫したのに、バレた。これだから、父親の目の前で文字は書きたくない。


「そうやって人間が一時期イェメナを離れた隙に、魔物があの地を侵食した。それ以来、現在に至るまで、基本的にはイェメナには魔物が棲みついている。しかし、我々人間もただ手をこまねいて眺めていただけではない。歴史上、幾度も奪還が試みられてきた。それが奏功し、人間がイェメナに食い込み始めたのがおよそ400年前の時代だ。これは前にも教えたね?」

「はい。」


 大まかにしか覚えていなかったが、いいえとは答えられない。


「そこからは、一進一退。魔物も激しく抵抗するからね。だが、人間は不断の努力で少しずつ領土を拡大し、およそ300年前にはイェメナの主要な土地に入り込むことに成功した。魔物は北部に逃げて行った。」

「なんで北なんですか。」

「北の方が自然環境が厳しく、土地も痩せているから、人間が来られないと思ったんじゃないかな。魔物は我々には耐えられないような厳しい環境でも生き延びられるからな。だから、なかなか根絶できないんだが。」

「ゴキブリみたいですね。」

「まあ、そうかもなあ。」


 ゴキブリ、とイラスト付きで紙に書いたら、父親の小言が飛んできた。そこは重要でないらしい。

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