実力(?)、見せつけるっす
「はーい、みんな~。今日は合同レッスンを行います。じゃあ、自己紹介からお願いします」
「す、は、初めまして。ゴロっす。今日はよろしくお願いしますっす」
「シロさー」
「る、え、えっと、ほ、ほっぷ・るっぴーです!」
「くとくを合わせてキラキラリン☆初めまして、"くっくチャンネル"のくくで~す、く♡」
四者四様の自己紹介の後に、「よろしくお願いしまーす」という言葉がきれいにハモって続いた。
*
ここは西の中心にあるドルチェの養成所、通称ドルチェット。ゴロ達の間では幼稚園という呼んでいる場所である。なぜここに来ているのかというと、話は三日前に遡る。
─るっぴーとくくも入った事やし、ここらでレベルの近い者と一緒にレッスンを受けてみるのもええかもな。お互いにいい刺激にもなるやろし
そう言ったぽってぃーは、どってぃーが普段通っているこの幼稚園に掛け合い、本日の合同レッスンへと繋がったのだ。
どってぃーのお友達に会えるとゴロはワクワクしながら来たのだが、研究生達の態度はどことなくよそよそしい。
(す?)
「それじゃあ、まずは歌のレッスンからです。担当の先生が来るまで、みんなしっかりストレッチしておいてね」
そう言い残すと、担任の先生は教室を去っていく。
すると、何人かのぬいぐるみがこちらにやってきた。
「あ、あの、CM見てます、ゴロさん」
「す、あ、ありがとうございますっす」
「シロさんの喫茶店ロケ、すごく面白かったです」
「さー、面白い話なんかしたさー?」
「くっくチャンネルのくくちゃんとお話できるなんて夢みたい!握手してもらっていいですか?」
「わ、私サイン欲しいです!」
「え~、おおきに~。今度どってぃー先輩達とコラボ企画する予定やからそれもぜひ見てな~、く♡」
思ってもみない形で声をかけられ、ゴロは戸惑いながら礼を言う。シロもこういった場面は珍しい筈なのだが、安定のテンポを貫いている。くくはと言えば、実に慣れた様子で握手とサインに加えサラッと宣伝までしていた。
「ふん、いい気なもんだな」
その時、一人のぬいぐるみが前に出た。
「わかっているのかい?その四人のせいでボク達の夢は遠のいたんだよ?それなのに、何を呑気に仲良しこよしをしているんだい」
「あ…」
ゴロはケンカ腰のそのぬいぐるみに見覚えがあった。忘れもしない、自分が初めてスカウトを受けた現場で今のように噛みついてきた…
「らいおん丸さん、お久しぶりっす」
どってぃーに負けず劣らずの尊大さでふんぞり返っている彼の名は、らいおん丸。両親がお金持ちで、どってぃー曰く彼の舎弟である。金色のツルツルとした素材のジャージ姿が、相変わらず眩しい。
以前会った時は田舎臭いと言われてしまったが、今日はきちんと服を着ているしオドオドもしていない(多分)。今度は仲良くしてもらえるだろうかと思ったが、挨拶をした側からフンと鼻を鳴らされてしまった。
自分達のせいで彼らの夢が遠のいた。
そう言ったらいおん丸の言葉で、ふと家を出る時にぽってぃーが言っていた事を思い出す。今回、彼がオーディションを行ったのは今までのドルチェにない要素を求めての事だった。しかし、デビューを夢見て日々レッスンに励んでいる研究生達からすれば、言い方は悪いがポッと出の素人に貴重な椅子の一つを奪われたのだ。その事に不満を抱く者が、少なからずいるのだという。
らいおん丸の周りにいるぬいぐるみ達は、まさにその類なのだろう。なるほど、教室の雰囲気がどこかギスギスしているのはそのせいかと眉を下げる。彼らの気持ちはわからないでもない。ただ、その感情を自分達に向けられてもどうする事もできないのも確かだ。
「らいおん丸、お前何やねんその態度…」
「え~、すご~い」
カチンときたどってぃーが窘めようと口を開きかけたが、それよりも高い声が大きく響いた。
「く、くくさん?」
「一般公募のオーディションとは別にドルチェットでも選考はしてたって噂聞いてたんやけど、あれほんまやったんやね~。プロ候補の方にそこまで言うてもらえるやなんて、身が引き締まる思いやわぁ。な~、るっぴー先輩?く♡」
「るっ?」
完全なる流れ弾である。突然話に巻き込まれたるっぴーが、耳をピンと立たせて小刻みに首を横に振る。
「な、何だお前。言っとくが、ボクは決してお前達を認めたわけじゃ…」
「もちろん~、仲良しこよしやなんてそんな~。くぅは~、自分の実力なんてもうたくさんレッスンしてはる皆さんの足元にも及ばんと思てるんやけど~、さすが研究生さんやわぁ。くぅ達の事気にかけてくれはるぐらい、余裕ありはるんやね~」
「なっ…」
「でもくぅ達は他でもない、ぽってぃー先輩に選んでもろた立場やし~?オーディションかて、たまたまぽってぃー先輩がいいと思ったぬいぐるみがおったってだけで人数は決まってなかったらしいし、選ぼ思たら皆さんの中からも選べた筈やと思うんやけど…あ、つまりはそういう事とちゃうんかな~?知らんけど~」
「うぐっ」
「少なくとも、人の事言うてる暇があるんやったらご自分の芸を磨きはった方がずっと生産的やと思うけどな~。あ、あくまでも~、芸能界新参者の意見です~。心の隅の隅の隅の方にでも置いといてください~、く♡」
「ぐはっ」
「ら、らいおん丸君!」
「しっかりして!」
「あいつ、やるな」
どってぃーが思わずそう零すほど見事な口の回りっぷりだった。相手を立てると見せかけてそのプライドに絶妙な力加減で傷をつけ、己の主張はしっかり通す。よくもまあ、あれだけスラスラと言葉が出てくるものだとゴロは感心した。
研究生達はと言えば、大ダメージを負ったらいおん丸に声をかけたり怯えた目でこちらを見ながら後ずさったりと様々だが、確実に心は折れているように見える。
さすがに気の毒だと思ったゴロは、そこまでにしてやってくれとくくに声をかける。
「くくさん、皆さんも日頃レッスンを頑張っているからこそ悔しいと感じているんだと思うっす。だから…」
「何言うてるんですか~?」
クルッとこちらを振り返ったくくが、ゴロをビシッと指差す。
「このグループでドルチェット出身ちゃうのは、るっぴー先輩だけやないでしょ~?ゴロ先輩かてそうやないですか~」
「す?」
「今まで全然芸能界と縁なんかなかったのに、いきなりドルチェに入ってデビュー目指しますやなんて苦労してへんわけないやないですか~。他人の努力を想像できひんぬいぐるみにとやかく言われる筋合いないです~っていう話です~。まあ、シロ先輩は正直よーわからへんけど~」
「さー」
「くくさん…」
ゴロは感動した。まさかくくの口からそんな言葉が出るとは思っていなかったのだ。もしや、これは自分達を庇ってくれたという事なのだろうか。前に自分がお願いしたから、これがくくなりの歩み寄り方なのだろうか。
「くく、お前実はええ奴やな」
「何がですか~?とにかく、みんな楽しくレッスンできたらええなって思ってます~、く♡」
どってぃーの言葉に何の事かわからないとでも言いたげに惚けてみせ、最後は研究生達に向けてニッコリと笑いかけるくくに、ゴロもつられて頬が緩む。
その後のレッスンはくくが言った通り楽しく(?)進んだのだが、それ故にゴロは気づく事ができなかった。るっぴーの表情がずっと曇っていた事に。




