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兄貴の心意気、イカしてるっす

 スタジオのあちらこちらでスタッフがバタバタと忙しそうに行き交っている。

「ではゴロさん、キューが出たらタイトルコールをお願いします。その後の段取りは、打ち合わせした通りに進めてください」

「は、はいっす!」

 うるさくなり始めた心臓の音を鎮めようと、エプロンの上からそっと胸に前足を当てる。台本はしっかり読み込んできたのでちゃんとやれると思っていたが、いざ本番が近づくとやはり緊張が込み上げる。

 三十分ほどの番組をやらないかと言われた時は、意味がわからなさ過ぎて握っていた包丁を落としてしまい、危うく後ろ足の綿が飛び出すところだった。話を持ちかけたぽってぃーによると、ゴロが出演しているぬいぬい印のCMを見たとあるテレビ局のプロデューサーが、ゴロの純朴そうな雰囲気とハウスキーパーでありながら芸能活動もしているという異色の経歴をいたくお気に召したのだという。その内容は毎回ゲストをお迎えし、話を聞きながらリクエストにお応えした料理を振る舞うというシンプルなもので、ゴロとしても上京してから一生懸命覚えた様々なレパートリーを披露できるのは素直に嬉しかった。

 事前の打ち合わせでは料理のいろはを仕込んでくれたゴロの祖母の話でも盛り上がり、それがよりゴロの良さを引き出しているのだろうというところからスタジオの雰囲気は全体的に田舎の実家感溢れる仕上がりとなった。衣装も今回はエプロンだが、回によっては割烹着(かっぽうぎ)も着る予定だ。

 そして、記念すべき第一回目のゲストに選ばれたのが…

「よぉ。冠番組を持つたぁ、随分出世したじゃねーか」

(すーーーーー!)

 バチバチにメンチを切ってくる顔に先程までの緊張は吹き飛び、代わりに目には涙が溜まっていくのがわかる。主役の自分よりも目立つ格好で立つ彼の名はティーグレ・ガオ。ぽってぃーがライバル視している大人気グループ、トルタのメンバーで業界でも抜群の実績を持つ彼をなぜ自分のようなペーペーの番組に呼ぼうと思ったのか。ゴロはこの時、芸能界に入って初めてスタッフに文句を言いたい気持ちになった。



「それでは、本番始めます!五秒前、四、三…」

 スタッフの合図を受け、ゴロは精一杯の笑顔をカメラに向ける。

「"都会で頂くほっこりご飯"!こんにちは、ゴロっす。この番組では、毎回おいがゲストをお招きして美味しいご飯を作らせて頂くっす。早速今日のゲストをお呼びするっす。どうぞっす」

 音楽と共に現れたガオに、観覧席からはキャーという歓声と拍手が巻き起こる。ここが料理スタジオでなければ、まるでこれからライブが始まりそうな勢いである。実際、ガオの衣装は鮮やかな色使いのシャツに何かボコボコした銀色の装飾のついた革製のジャケット(スタッズという名前だというのは衣装さんが教えてくれた)、そして同じく革のピタッとしたパンツという出で立ちで、番組名とのミスマッチ感がすごい。

 ホームの筈なのにアウェー感がすごいが、ゴロは空気に飲まれてはいけないと自分に言い聞かせながら段取り通り隣に立ったガオにペコリと頭を下げた。

「ガオさん、ようこそっす。今日は来てくださり、ありがとうございますっす」

「おお」

 素っ気ない返しに(くじ)けそうになるが、負けじと食い下がる。

「きょ、今日はガオさんから色んなお話をお聞きしながら、ガオさんのお好きなものをお作りするっす。まずはリクエストをお聞かせくださいっす。何が食べたいっすか?」

「あー、そうだな。俺はやっぱ肉が食いてぇんだが、普通の肉は飽きてきたんだ。お前、田舎では色んな肉を食ってたんだろ?だから、"ちょっと変わった肉料理"を食わせてくれ」

「わかりましたっす!どんなお肉がいいっすか?鹿、イノシシ、ウサギ、色々と取り揃えているっす!個人的には、クマ肉がおすすめっす!」

「あー、まあ、じゃあ、イノシシで。っつーか、クマ食うんだな」

 事前にガオが肉好きであるという情報は得ていたので、こんな事もあろうかと幅広い種類の肉を用意しておいた。予想が当たった事に対する嬉しさから自信を持ってラインナップを披露したのだが、心なしか引かれている気がするのはなぜだろうか。何だかデジャヴを覚えるやりとりである。

 冷蔵庫からイノシシの肉を取り出し、調理に取りかかる。作業自体に不安はないが、この番組では作りながらゲストの話を聞くのも大事な仕事だ。ゴロはドキドキしながら、掘りごたつ風のセットでくつろぐガオに話しかける。

「ガオさんといえば、先日"兄貴にしたいぬいぐるみランキング"で一位に選ばれていましたっす。最初に聞いた時はどう思ったっすか?」

「別にどうも思わねーよ。兄貴風を吹かせてるつもりもねーしな」

「で、でも、おいの周りでもガオさんを慕うぬいぐるみは多いっす。どってぃー先輩なんかは、テレビでガオさんをお見かけするととても嬉しそうにはしゃいでるっす」

「俺は自分の仕事にプライドを持ってる。常に全力でぶつかる姿を見て憧れてもらうのは悪い気はしねぇが、だからって特別な事をするわけじゃねぇ。俺は俺のやるべき事をやるだけだ」

 観覧席からまた黄色い声が上がる。なるほど、ファンは彼のこういうところに惹かれるのだろう。ゲストに呼んだと聞かされた時は、またあの強面(こわもて)に睨まれるのかとビクビクしたものだが、確かに仕事に対する姿勢は尊敬できる。

 その後も探り探りながらも会話を続け、最終的にゴロはイノシシをカツレツにして振る舞った。味噌で作ったソースが意外と刺さったらしく、ガツガツと頬張る姿は兄貴というより故郷の弟のようだと思ったのは自分の中だけの秘密にしておこうとゴロは思った。



「…」

「…」

 収録を終え、ゴロとガオは二人でスタジオの隅のパイプ椅子に座っていた。本編とは別に告知用の短い動画を撮るのでその準備ができるのを待っているのだが、非常に気まずい。収録の間は話題があったので何とか話が続いていたが、今はもうネタが尽きてしまっている。

「あれからどうなんだよ」

「すっ?」

 ぶっきらぼうながらも、先に口を開いたのはガオの方だった。突然声をかけられ、驚いたゴロ。

 その姿を見て自分の質問の意味がわかっていないと悟ったガオは、ハァとため息をついた。

「パフォーマンス、見てやっただろうが。あれから成長はしたのかって聞いてんだ」

「あ…」

 ステージデビューを果たすためレッスンに励んでいるゴロだが、なかなか思うようにできず悩んでいたのをトルタのメンバーが全員でアドバイスしてくれた事があった。その中でも、ガオは厳しくも熱い言葉でヘロヘロになりながら踊る自分を鼓舞してくれた。

 あれ以来、ゴロは確実に自分に自信を持てたと思う。ちゃんとお礼を言わなくてはと思っていたのだが、何せ相手は多忙を極めるタレント達だ。なかなか会えないのを言い訳にしていたところに今回の突然の再会、そしてガオの方からその話題を出された事で完全に頭からすっぽ抜けてしまった。

 恩人に対して失礼な事をしてしまったと、ゴロは慌てて言葉を探す。

「す、え、えっと、お陰様で前より上手くできてると思うっす。も、もちろんガオさん達にはまだ遠く及ばないっすが、先生からは褒めて頂く事も多くなってきたっす」

「そうかよ。どうでもいいが、ぽってぃーさんに迷惑だけはかけんじゃねーぞ」

 その時、スタッフが準備ができたと呼びに来た。スッと行ってしまったので最後の言葉に返事はできなかったが、ゴロは自分の中からぶわぁっと何かが込み上げてくるのを感じた。

(兄貴っす…!)

 これが彼が慕われる所以(ゆえん)かと背中を見つめる。彼が最初のゲストで良かったと、番組が始まる前とは真逆の感想を抱いて初めての収録は幕を閉じたのだった。

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