ぬいぐるみは、見かけによらないっす
《───そんなわけで~、くぅもデザインに関わったNIZ NISAの新作お洋ふく♡来月からオンラインショップで発売しま~す!め~っちゃ可愛いお洋ふく♡ばっかりなんで、みんなぜひチェックしてな~、く♡ほな、また次の動画で!くっく~♡》
お決まりの両手をくの字に曲げて頬に当てるポーズを最後に、動画は終了する。NuiTubeからチャンネルを地上波に変えると、ちょうどお昼のワイドショーが始まったところだった。
「お昼ご飯を作らないとっす」
今日家にいるのは自分の他にはくくだけ。ぽってぃーはるっぴーを連れて西の中心にあるドルチェの事務所に挨拶回り、どってぃーは幼稚園で、シロは珍しくロケの仕事が入っていた。昔懐かしい純喫茶でロケをするという甘党で紅茶を愛する彼にもってこいの企画は、ぽってぃーが馴染みのテレビ局のスタッフに売り込んで獲得したものだ。
ゴロはキッチンへ行き、冷蔵庫からトマトとハム、それからチーズを取り出す。トマトは薄くスライスしてからパンに順番に乗せていき、ホットサンドメーカーにセットするとスイッチを入れる。焼いている間にお皿を出して、ケトルでお湯を沸かし、チンとサンドイッチが焼き上がる音がすると、それを取り出し斜めに二つに切ってお皿に盛りつける。お湯をピンクのタンブラーに入れてから、お皿と一緒にトレーに置いて器用に背中に乗せると、階段を上がってくくの部屋へ行き、コンコンとドアをノックした。
「くくさん、お昼をお持ちしたっす」
「はぁい」
返事が聞こえてから数秒して、ドアが開けられる。
「わぁ、ええ匂い~。ホットサンドですか~?」
「っす。トマトとハムとチーズっす。それと、こちらのタンブラーにお湯を入れてるのでお好きなお茶っ葉を入れて飲んでくださいっす」
「おおきに~。テーブルに置いてもろていいですかぁ?く♡」
言われた通り、中に入って部屋の真ん中にあるローテーブルにトレーを置く。ふと周りを見渡すと、どってぃーのNuiTubeの収録を見学させてもらった時のようなカメラや三脚、顔を明るく見せるためだという専用の照明、そして可愛らしくステッカーなどで飾られたノートパソコンなどがたくさん置いてあった。
ローテーブルの下にはちょっとした物が置けるようになっており、くくはそこからクッキーの空き箱(確か以前動画で紹介していたものだ)を取り出し、パカッと開けた。中に入っていたのは、色々な種類の茶葉である。シロほどではないが、くくもまた紅茶が好きだった。ただ、ここにあるのは甘いものではなくゴロにはよくわからない何か体と美容にいいというハーブティーだ。
くくはその中から一つ茶葉を選ぶと、タンブラーに入れた。
「いただきま~す」
下に敷いていた紙ナプキンを使い、手が汚れないようにサンドイッチを頬張るくく。
「美味しいです~、く♡」
ニコニコしながら食べているが、空いている方の手ではやはりスマホを触っている。ゴロは意を決して口を開いた。
「あの、くくさん」
「何ですかぁ?」
「さっき、くくさんの動画を見てたっす。お洋服をデザインされたんすね」
「ああ、PR動画ですかぁ?そうです~。まだ他にもいくつか案件ありますよ~、く♡」
「ぬいスタも拝見したっす。あとNik Nokも。毎日色んな投稿をされてるんすね」
「そうですよ~。映えスポットを巡ったり~、おすすめのファッションやメイく♡を紹介したり~、ぽってぃー先輩は歌ってみたや踊ってみたをきっかけにくぅの事知ったって言うてはりました~、く♡」
「今のそれは、何の作業をしてるんすか?」
「え~、これは次の撮影で行こうと思てるお店のリサーチです~、く♡」
「リサーチ、っすか」
「そうです~。口コミとか~、お店自身のおすすめを調べてどれを紹介したら可愛くできるかな~って考えて撮影の段取りを決めるんです~。これ次第で動画のクオリティってめっちゃ変わるんですよ~、く♡」
もぐもぐと口を動かしながら説明する口調はゆったりとしているが、スマホを見る目は真剣でスイスイと画面を操作してはネットとSNSを行ったり来たりしている。
ゴロは改めて部屋の中をぐるりと見回す。物は多いが、どってぃーの部屋のように散らかっているわけではない。
引っ越しの日に届いた大量のダンボールの大半を占めていた洋服の類は、ウォークインクローゼットの中にきちんと納まっている(自分の部屋にも同じ大きさのものがあるが、未だに棚一つで足りている)。自分にはよくわからない化粧品は恐らく用途別に専用のボックスに入れられ、絵本の中のお姫様が使いそうな鏡台の横にお店の商品よろしく陳列されている。天蓋付きのベッドを始め、家具は全てレースやフリルで飾られているし、何も知らないぬいぐるみがこの部屋を見たらきっと部屋の主は可愛い女の子だろうと思うのだろう。可愛いものに囲まれて、ぬくぬくと苦労とは無縁の毎日を過ごす、そんなぬいぐるみの女の子を。
ゴロはもう一度くくを見る。スマホに集中するくくは、自分がいる事などとうに忘れてしまっているようだ。その姿をしばらく見つめ、そしてテーブル越しに正面へ回り込むとまた声をかけた。
「くくさん」
「あれ~?ゴロ先輩、まだいはったんですかぁ?」
「すみませんでした」
突然頭を下げるゴロに、くくは首を傾げる。
「どないしはったんですか~?」
「…実は昨夜、見てしまったんす」
「?何をですか~?」
「昨夜、くくさんとても遅くに帰ってこられたっす」
「あ~。でも~、遅くなるて出かける時に言うてますし、別に問題起こしてへんしいいですよね~?」
説教をされると思ったのか、口を尖らせるくくに慌てたように前足を振る。
「す、遅くなった事を咎めてるわけじゃないっす。その、確かに帰ってこられた時は少し注意しようと思ったっす。それで、ドアが開いていたので失礼ながら勝手に入ってしまったっす」
「あ!もしかして~、くぅにブランケットかけてくれたのゴロ先輩やったんですか~?ありがとうございました~、く♡」
「す、それで、その…その時に、このテーブルに置いてあった手帳を見てしまったっす」
「く?」
お礼を言った笑顔がそのまま固まる。
「…手帳?」
「す、手帳っす。ページが開かれていて、そこに書いてあったものも…」
「見たんですか?」
ずいと顔を近づけるくく。大切な仕事道具である筈のスマホがゴンという音を立てて床に落ちたが、全く気づいた様子がない。
「すみません、見てしまったっす」
手帳にはくくの自身の魅力や他者から求められているもの、配信にかける想い、その他夢や目標やそれを叶えるためには何が必要なのかなどがびっしりと書かれていた。おっとりとマイペースで、ちょっと言葉の中に棘を混ぜるのが上手、食事のマナーより仲間との調和より何よりも優先するのは配信活動の事、それがくくというぬいぐるみだと思っていた。
けれど、その開いていた手帳のページの真ん中にはこう書かれていたのだ。【努力は必ず報われる!】と。
「あ、あれは~、何ていうか、ノリでそれっぽい事書いてみただけっていうか~」
「誰にも言わないっす。それに、おいはくくさんがとても努力している事は動画を見ていてよくわかったっすから」
ただ、と空になった皿を見る。
「やりたい事を思う存分やるためにも、ほんの少し、DMのお返事が一つ増えたと思ってどってぃー先輩や他のみんなと歩み寄る努力もしてもらえたら嬉しいっす。せっかく同じグループになるんすから」
「…ゴロ先輩って、ほんまに世話焼くの好きなんですね~」
でも、まあ、少しくらいなら考えときます。
ふいっとそっぽを向いた頬が微かに赤くなっている事に気づいたゴロは、す!と笑顔で頷いた。




