新メンバー、ようこそっす(前編)
「~♪」
「朝から随分ご機嫌さー」
鼻歌を歌いながら家事をするゴロに、遅めの朝食を食べながらシロが声をかける。
「っす。何せ今日は新メンバーをお迎えする日っすから」
ぽってぃーから合格者の事を聞いたのが十日前。二人とも西の中心在住ではないらしく、グループ活動をするなら近くに住んでいる方が何かと都合がいいだろうというところからぽってぃーはゴロと相談してこの家に住まわせる事にした。
二人。そう、二人である。というのも、オーディションに合格したのは一人なのだが、ぽってぃーはかねてよりあるぬいぐるみをメンバーに迎えたいと思っていたらしい。研究生ではなく、芸能界でこそ活動していないものの有名人であるその人物の動画を見せてもらった時はビックリして目が落ちるかと思った。
そして今日、その新メンバー二人がこの家にやってくるのだ。どってぃーやゴロ、それからシロとはこれが初顔合わせとなる。
(どんな方が来るんすかね。仲良くしてもらえるっすかね)
先輩としてしっかりしたところを見せなければと張り切った結果、ゴロは昨日からずっと家中をピカピカに磨き上げていた。リラックスしてもらうためのおやつの準備も万端である。
「ゴロ~、このケーキ食いたい」
「ダメっすよ、どってぃー先輩。それはみんな揃ってからっす。どってぃー先輩用の冷蔵庫にプリンがあるので、そっちを食べてくださいっす」
「プリン~!」
ウキウキとお尻を振って自分用の冷蔵庫を覗き込むどってぃー。今日は幼稚園をお休みしているのだが、彼の関心は新メンバーよりもおやつに向いているようだ。
その時、インターホンが来客を告げた。ゴロは待ってましたとばかりに通話ボタンを押す。
「はいっす」
「る、あ、あの、今日からお世話になる…あの…」
「す、お待ちしてましたっす。どうぞ入ってくださいっす」
エントランスのドアを開けると、画面の向こうの人物はペコリと頭を下げて中へ入っていった。
「お顔がよく見えなかったっす」
黒いパーカーのフードを目深に被っていて、縮こまるように垂れた長い耳だけが覗いていたその姿をどこかで見たような気がするのだが、どこかで会っただろうか。
「来たみたいやな」
「!ぽってぃー先輩」
上から下りてきたぽってぃーは、眠そうに目を擦っている。無理もない。今日新メンバーをゴロ達に引き合わせるにあたって、時間を作ろうと朝方まで仕事を片付けていたのだ。さすがに少し休んだ方がいいとゴロに言われ仮眠を取っていたのだが、今のインターホンで目が覚めたらしい。
「眠気覚ましの紅茶をお淹れするっす」
「ほ、ほんまか?」
「あ、もちろんストレートっす」
「あ、はい、ですよね」
思わぬ申し出に輝いた期待の目からスンと光が消える。気の毒ではあるが、これも彼の健康のためだ。次の健康診断が早く来る事を願うしかない。
そうこうしている内に、玄関のチャイムが鳴った。ゴロはいそいそとドアまで走る。ガチャリと開けると、先程のぬいぐるみが大きなリュックを持って立っていた。
「る、あの、その、は、初めまして…」
「初めましてっす。どうぞ入ってくださいっす」
「お、お邪魔します…」
床につきそうなほど深く頭を下げる相手に中へ入るよう促し、リビングへ案内する。
「おお、来たな」
「さー」
「うまっ」
ソファに座って紅茶を飲んでいたぽってぃーが立ち上がる。シロはチラッと見ただけで興味なさそうにカップへ角砂糖を追加した。どってぃーはプリンを堪能している。実に自由な光景である。
「早よ紹介したいところやけど、もう一人来るまで待ってや。そろそろ着くと思うんやけど…」
噂をすれば何とやら。またエントランスのインターホンが鳴り、もう一度ゴロが対応する。
「こんにちは~。こちらでぃあ・ぽってぃーさんのお宅で間違いないですか~?」
「す、そうっす。どうぞお入りくださいっす」
「おおきに~」
ピッと通話を切ったゴロは、壁と向き合ったまま思った。
(本物だったっす)
いつだったか、キャシーがここを訪ねてきた時にも衝撃を受けたが、今回はまたその時とは違うワクワクがある。
(サングラスしてたっす)
お世話になっているプロデューサー、マウチューもサングラスをかけているが、もっと何と言うかファッション的な意味が強そうなものだった。
ふと自分の格好を見てみる。使い古されたエプロンだけを着けた姿は家事をする分には実用的でちょうどいいのだが、よく考えると新メンバーとの顔合わせなのだから少しはオシャレをした方が良かったかもしれない。ハッとシロ達を見ると、それぞれシャツやパンツをちゃんと着ている。何だか急に恥ずかしくなってきてしまった。今からでも着替えようかと悩んだが、無情にもピンポーンと時間切れのようにインターホンが鳴った。
自分のどんくささにヘコみながらるっぴーの時と同じように玄関のドアを開けると、パッと華やかな色が目に入った。
「わぁ、本物のゴロさんやぁ」
可愛らしい声で自身の喜びを伝えるのは、ふわふわとした毛並みの犬のぬいぐるみ。フリルのついたブラウスにぽわんと膨らんだ丈の短いパンツ、背中に大きなリボンがついているのが垣間見える。これまた可愛らしいパステルカラーのピンク色の大きなキャリーケースを引いていて、その上には大きな花柄が特徴的なボストンバッグが乗っていた。
「お待ちしてましたっす。道中、何もなかったすか?」
「ごめんなさ~い。手持ちの荷物が思ったより多くなってしもて、移動するのに時間かかってしまいました~」
「そうだったんすね。どうぞ、入ってくださいっす」
「お邪魔します~」
はんなりとした喋り方が特徴的だ。西の中心と同じにも思えるが、こちらの方がのんびりとしている。リビングへ行くと、一同の視線がこちらへ向いた。
「お、来た来た」
ぽってぃーは新入り二人の間に立つと、肩をポンと叩いてゴロ達に言った。
「改めて、こちらはるっぴー。オーディションでわいが選んだ新しいメンバーや。で、こちらがNuiTUBEでもお馴染みの…」
「くとくを合わせてキラキラリン☆初めまして、"くっくチャンネル"のくくで~す!く♡」
両手をそれぞれくの字に曲げたお決まりのポーズをしながら明るく挨拶をするこのぬいぐるみ、くくはNuiTUBEを始め、今SNSで爆発的な人気を誇るインフルエンサーである。見た目も話し方も可愛らしいが、ぽってぃーの話では何と男だというのだ。ゴロも動画はよく見ていたが、てっきり女の子だと思っていたのでそれを教えてもらった時はメンバーにするという話も含め驚いた。
NuiTUBEといえばどってぃーだが、本人は全く関心を示していない。シロもリアクションが薄いので、ゴロは努めて盛り上げようと口を開いた。
「く、くくさんはどちらの出身なんすか?西の中心ではないと伺ってるっすが、お話ししているのを聞いてるとぽってぃー先輩達に近い気がするっす」
「え~、くぅは~、千年の都出身です~。ぽってぃーさん達みたいやなんて、そんな~。くぅは~、ぽってぃーさんみたいに標準語との使い分けなんかできひんし、どってぃーさんみたいに賑やかで元気やないから~。おこがましいです~、く♡」
「す、そうなんすね」
千年の都というと、西の中心のお隣である。ずっと昔は首都だった事もあって、歴史ある街並みが魅力的な場所というイメージだ。
るっぴーとくく、新しいメンバーの加入にゴロはどんなグループになっていくのだろうと心躍らせるのだった。