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オーディション、開催するっす

「あ、ゴロさん見ましたよテレビ!オーディションするんですってね!」

「ぽってぃーさん、思い切った事やりましたね!」

「シロさんはどんなぬいぐるみに来てほしいとかあるんですか?」

「す、す、お騒がせしてるっす」

「さー、どんな奴が来てもおらはおらのやる事をやるだけさー」

 ここのところ、現場に行く度に話しかけられる話題はこれ一択である。反響の大きさをどう受け止めればいいのかわからず、ゴロはペコペコと頭を下げるばかりだ。シロが全く動じていない分、より自分の動揺が際立っている気がする。

─ゴロを勧誘した時から考えとった事ではあったんや

 思い出すのは、衝撃の発表をした日の事。帰ってきたぽってぃーになぜあんな事を言ったのかと問うと、思いもかけない答えが返ってきた。

─もちろん研究生にも有望なぬいぐるみはおる。でも、もっと何ちゅーか、自由なグループを作りたいと思ったんや

─自由、っすか?

─せや。プロデュースの話を貰った時、わいは真っ先に研究生の中でメンバーにしたいと思うぬいぐるみを考えた。もちろん、ドルチェからデビューするグループなんやから他の事務所に所属してる(もん)を誘うわけにはいかんけど、マウチューさんからゴロをCM起用せーへんかって言われた時に気づいたんや。世の中にはドルチェットで育成してる以上に魅力的な光る原石が眠ってる、ってな。何色にも染まってないぬいぐるみをメンバーに選んだら、何かおもろい事が起きると思わへんか?

 そう語るぽってぃーの目は、まるで夏休みの冒険を計画する子供のようにキラキラとしていた。彼の言う面白い事がどんなものを指すのか、まだ自分にはピンと来ていないが、新しい仲間が増えるのは素直に嬉しかった。

 所属の時期から言えば一応シロは後輩にあたるのだが、あまり時間を空けずに入ってきた上に色々と相談にも乗ってもらったのでむしろあちらが先輩のような風格がある。なので、今回のオーディションで選ばれるぬいぐるみは正真正銘後輩という事になる。別に先輩風を吹かせたいというわけではないが、早く同じ一般人、いや一般ぬいに会いたい気持ちはあった。

(今頃、ぽってぃー先輩は審査してる真っ最中っすね)

 今日は書類審査を通過したぬいぐるみ達が、ぽってぃーを始めとするドルチェの者達によって直接その潜在能力を見極められる日だ。自分が審査されるわけでも、ましてや審査するわけでもないというのに、ゴロはソワソワする気持ちが抑えられず何度も仕事に集中せねばと自身の頬を叩くのだった。



「───フゥ、やっと次で最後のグループか」

 ドアが閉まったのを確認してから、ぽってぃーは座っていた椅子の背もたれに体を預ける。かけていた眼鏡を外し眉間を揉むと、綿が凝り固まっているのがわかった。

 なるべく多くのぬいぐるみをこの目で見たいという思いから書類審査のハードルは最低限のものにとどめたのだが、オーディションの反響は予想以上に大きく全ての応募書類に目を通すだけでも一苦労だった。ドルチェに入りたいと憧れを抱く者、芸能界で活動する夢を持つ者、中には単にぽってぃーやどってぃーのファンという者もいた。

「ぽってぃー君。より多くの人材を見たいという気持ちはわかるが、これは合格者どころか最終審査へ進む者を選ぶ事のも至難の業だよ」

「正直なところ、現時点でドルチェットの研究生と比べて特別光るものを持つぬいぐるみはいませんしねぇ」

「お付き合い頂きすみません。最終グループでこれという(もん)がおらんかった時は、約束通り研究生の中から選ばしてもらいます」

 事務所には、無理を言ってわがままを聞いてもらっている。キャシー率いるトルタが(すで)に活躍している事を考えると、そろそろ自分もメンバーを確定させなければならない。

(やっぱり、そう上手く光る原石は見つけられんか)

 一つだけ、本当にとっておきの奥の手は残っている。けれど、できる事ならゴロやシロのようなぬいぐるみをこの目で見つけたかった。心が半ば諦めモードになりながらも、審査は最後までしっかりしなければ応募してくれた者達に失礼だと部屋に入ってきた最終グループのぬいぐるみ達を見つめる。スタッフの進行で一人ずつ自己アピールの時間が与えられ、皆それぞれの得意分野やグループ所属への想いを熱く語ってくれるのだが、やはり総じて能力は研究生と同等かそれ以下で自分の目を惹くぬいぐるみはいない。

 そしてついに、審査は最後の一人となった。

「る…る…ほっぷ・るっぴーといいます…あ、あの…よ、よろ、よろしくお願いします…」

 マイクを手に審査員達の前に立つそのぬいぐるみは、見ているこちらが心配になるほど緊張でガチガチだ。応募書類には男とあるのだが、長い耳をプルプルさせながら涙目になっている姿を見ているとか弱い少女のようにも見える。

(大丈夫かいな)

 偶然にも、今この部屋にいるのは彼以外皆肉食動物のぬいぐるみだ。第三者がこの光景を見たら、彼は応募者というよりエサにしか見えないだろう。

 その中で、ぽってぃーはるっぴーと名乗った彼にどこか既視感を覚えた。どこかで会ったような、そんな気がするのだが、はてどこだったかと首を(ひね)るぽってぃーをよそに、進行役のスタッフが口を開いた。

「では、このオーディションに応募した理由を教えてください」

「る、そ、それは、その…あの…」

 完全に混乱している。一生懸命何か言おうとしているが、あの様子では自分でも何を喋っているのかわかっていないのだろう。気持ちはわかるが、他者から見られてなんぼの世界に入るのに向いているとは言いがたいというのは、表情から察するにどうやら審査員全員一致の意見のようだった。

 と、不意にぽってぃーはある事に気づいた。そうだ、ゴロだ、と。夢に向かって一歩踏み出したはいいが、自信が持てず目の前の事にいっぱいいっぱいの姿が、初めて会った頃のゴロに重なって見えた。

「…るっぴー君」

「る、は、はい!」

 自分の呼びかけにビクゥッと肩を震わせるるっぴーに、ぽってぃーは微笑みながら尋ねた。

「君が好きな事は何ですか?」

「る?す、好きな、こと、ですか…?」

「私はオーディション開催を発表した時に言いました。"一歩踏み出してみたい"と思う気持ちだけが応募条件だと。君はこのオーディションでどんな一歩を踏み出したいと思ったのか、それを教えてくれませんか?」

「る…みい…みいは…」

 ギュッとマイクを握る手に力が入る。

「みいは…ぬい付き合いが下手くそで、自分に自信がなくて、いつも下を向いて生きてきました…」

 声は震えているが、顔は真っすぐにこちらを見ている。

「お友達もいなくて、ずっと一人で…でも、そんなみいに元気をくれたのが歌でした…特に、ドルチェの方達が歌う歌はとても楽しくて…ステージも、とてもキラキラしていて…ここにいていいんだよって言われているみたいで、すごく楽しかったんです…だから、みいも誰かに同じように言ってあげたい…みいの歌で、一人じゃないよって伝えたいって…そう思いました」

「なるほど。素敵な理由ですね。では、その歌を聞かせてもらえますか?」

「る、る、はい!」

 曲のイントロが流れ、るっぴーは自身を落ち着けるように深呼吸をする。次の瞬間、ぽってぃーは場の空気が変わるのを感じた。

 先程までと同じぬいぐるみとは思えない雰囲気で歌うるっぴー。あんなに震えていた体のどこにこれほどのものを隠していたのかと思うほど、彼の歌は圧倒的だった。

(見つけたで…!光る原石…!)

 他のスタッフと話し合う必要はないだろう。全員が自分と同じように彼に魅入っているのを見て、ぽってぃーはグッと拳を握った。

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