お名前、考えるっす
「う~~~ん」
ぽってぃーは一人書斎で頭を抱えていた。頭に過るのは、先日の打ち合わせでボニーに言われた台詞である。
─それぞれに似合うファッションは大体わかったけど、グループとしてはどんなものにしていくつもりなの?
─頭の中ではかなりいいところまで固まっとるんですが、何と言うか、こう、なかなか口で説明するのが難しくて…
─グループのデビューは、一目でどんな色を持っているのかがわかるのが大事なポイントよ。あれこれ考えて慎重になり過ぎるのがあなたの悪い癖ね。たまには、キャシーを見習って勢いよく飛び込みなさい
「ぐ、嫌なもんまで思い出してしもた」
だが、ボニーの言う事は一理ある。どちらかと言えば、自分はじっくりと時間をかけて準備したいタイプだ。それ故に、行動力抜群のキャシーに一歩先を行かれてしまった。
「どんなグループにしたいか、か」
メンバーは決まった。老若男女、いや世界に通用するグループにしたいと思っている。そのための第一歩として、ぽってぃーはグループの名前をどうしようかと悩んでいた。
「ゴロ~、腹減ったー!おやつー!」
部屋の前を走っていくどってぃーの声が聞こえる。もうそんな時間かと時計を見れば、昼をとっくに過ぎていた。
眉間に固まった綿を揉み、フゥと息を吐く。自分も少し休憩した方がいいかもしれない。気分を変えれば、何かいいアイデアも浮かぶだろう。
下に下りると、キッチンにゴロとるっぴーがいるのが見えた。ダイニングの椅子には、どってぃーが座って今か今かとおやつを待っている。ソファの方にはシロとくくがいて、それぞれ読書とSNSに夢中だった。
「ぽってぃー先輩、休憩っすか?」
「おお、ちょっと息抜きしよ思てな。わいにもお茶淹れてくれるか?」
「わかりましたっす」
せっせと手際よく準備をするゴロは、今やこの家になくてはならない存在だ。セーブはしながらも、芸能界の仕事をするようになって毎日目が回るほど忙しいというのに、時短術や裏ワザを使って上手く家事をこなしてくれている。
その隣で一生懸命手伝いをするるっぴーも飲み込みが早いというか、大体の事は一度教えればできる器用さを持っている。引っ込み思案で自信がないのが玉に瑕だが、本番になると別人のように化ける。場数を踏めば、きっと素晴らしいパフォーマーになるだろう。
どってぃーの隣の椅子に腰かけると、ウキウキとした顔が目に入る。
「ご機嫌やな、どってぃー」
「今日のおやつな、めっちゃ特別やねん!」
「特別?」
「番組で高級フルーツの盛り合わせを頂いたので、フルーツポンチを作ってみたっす」
なるほど、と納得する。どってぃーといえば肉だが、実は美味しいフルーツには目がないのだ。
「幼稚園はどうや?」
「どうって何が?」
「ちゃんとやっとるか?」
「まいを誰やと思とんねん。スーパールーキーやぞ」
こちらはこちらで羨ましいほどの自己肯定感の高さである。実際、彼のダンスのセンスはそう言わしめるだけのものがある。歌はまあ、抜群の声量はステージには欠かせないものなのでそこを活かしつつ本人に気づかれないように矯正していくしかないだろう。贔屓目に見ても、ぽってぃーはどってぃーがグループのエースになるのではないかと思っている。
「お待たせしましたっす」
「わー!フルーツポンチー!」
テーブルに置かれた大きなガラス製の器にはいちごやメロン、みかんなど色とりどりのフルーツが透明なシロップの海に浮かんでいた。
大はしゃぎのどってぃーの声に誘われるように、シロとくくもこちらへ来る。
「やぁ~ん、めっちゃ映えてる~」
「さー、甘さは十分かさー?」
「シロさんには追加でハチミツをご用意してるので、お好みで入れてくださいっす」
見ているこちらが胸焼けしそうなほどの甘党であるシロは、唯一無二の世界観を持っている。少し前から始まった彼のラジオでは、リスナーから寄せられるお悩み相談に答えるアドバイスが独特だが妙に刺さると好評を得ていて、ステージに立った暁には彼のMCにぜひ期待したいところだ。
「あ~、どってぃー先輩待って!まだ写真撮ってない!」
「何やねん、早よしろや。フルーツポンチは鮮度が命やぞ」
画角にこだわって写真を撮るくくは、映えといいねに対する追求が群を抜いている。本人に伝えるとややこしくなりそうなので言わないが、グループの広報隊長として存分に実力を発揮してくれる事だろう。
改めて見ても、我ながら個性的な面子を集めたものだと思う。結束力があるようなないような、互いが互いに刺激を貰いながら日々成長しているのはわかるが、果たしてグループとしてちゃんと機能させられるだろうかと不安にもなる事も正直ある。
(いやいや、そこをどうにかするんがわいの仕事や)
「ぽってぃー先輩、どうぞっす」
ふるふると頭を振っていると、目の前にコトリと小皿が置かれる。そこには、小さくカットされたフルーツが盛りつけられていた。
「…え?」
いけない。どうやらよほど疲れているらしい。もしくは、長らくありつけていないが故の願望が映し出した幻覚なのだろうか。
目をゴシゴシ擦り、もう一度皿を見るがやはりそこにはフルーツの姿が。
「ご、ゴロ。これ…」
「っす。今日は特別っす。とても美味しそうだったので、ぽってぃー先輩にも食べて頂こうと思ってお出ししたっす。あ、シロップには漬けていないので素材の味をお楽しみくださいっす」
「え、ええんか?」
「っす。どうぞっす」
ああ、神よ。
その時、ぽってぃーには窓から差し込む太陽の光が神様の放つ光に見えた。
「い、いただきます!」
パクッといちごを一つ口に入れる。甘酸っぱい香りとジューシーな果汁が口いっぱいに広がり、感動の涙が自然と一筋ツーッと流れた。
「あんちゃん、何泣いてるん。ウケる」
「そんなに美味しかったん~?写真撮っていい~?はい、くっく♡」
「さー、あんまり触れてやるなさー」
「る、る、ティッシュを…」
こういう時の反応には性格が出るものだが、ここまでバラバラだと逆に笑えてくる。
(まあ、色んな味があるっちゅーのがウチの最大の魅力か…ん?)
ふと浮かんだ感想をもう一度頭の中で再生する。
(色んな味がある…個性豊かなグループ…色んな…味…)
ゆっくりとテーブルに置いてあるガラスの器を見る。見た目も味も全く違うフルーツが、互いを邪魔せず一つの料理として成立している姿が、自身の中で描いていた理想のグループの形とピタリとはまった。
「せや…」
「ぽってぃー先輩?」
「せや!これや!これやったんや!」
ガタッと椅子から立ち上がる。不思議そうな顔、怪訝そうな顔が揃って自分を見ているが、全く気にせず階段へと走る。
「ぽってぃー先輩!おやつはどうするんすか?」
「すまん!後で食べるから置いといてくれ!」
一目散に書斎へ戻り、スマホを手にする。連絡先から目的の人物を探し出すと、電話をかける。
二、三度コール音が聞こえた後に、相手が電話に出る声が聞こえた。
「な~に、ぽってぃー?今、大事な打ち合わせ中なの…」
「見つけました!ボニーさん!」
逸る気持ちそのままに叫ぶと、電話の向こうから「は?」とドスの利いた声が返ってくる。
「グループの名前です!色んな個性があって、それぞれがそれぞれの良さを引き立てる。そんなグループを、わいは作りたい!いや、作ってみせます!」
「…よくわからないけど、何かを掴んだのね。なら、一気に形にしていきましょう。ここからは一層忙しくなるわよ」
少し柔らかくなった声が頼もしく響き、ぽってぃーは「はい!」と満面の笑みで答えるのだった。




