クセ強スタイリスト、登場っす
人気投票が終わり、しばらく経った頃。ゴロ達は六人揃って東の中心へ来ていた。今日は仕事と言えば仕事だが、いつもの仕事とは少し違うものだった。
「す、これは…!」
「壮観さー」
「る、すごいですね」
「やぁ~ん、めっちゃテンション上がる~♡」
ここはドルチェの本社が所有するスタジオの一つ。スタジオと言っても、普段ゴロ達がレッスンを受ける場所のように壁一面に大きな鏡もなければピアノも置いていない。代わりに数百種類の服がきれいにハンガーにかけられ、並んでいる。デザインも多岐にわたっていて、ショッピングモール中のアパレルブランドが集まっても足りないほどだ。
─いよいよステージデビューが近づいてきたからな。それぞれに合った衣装の方向性を決めるで
そう言っていたぽってぃーの話によると、今日の打ち合わせにはぽってぃー専属のスタイリストが来てくれるそうだ。今までテレビの収録などで色々な衣装を着てきたゴロだが、ここにあるのはステージ用のきらびやかなものばかり。以前、関係者席でステージを観覧させてもらった時にぽってぃーやどってぃーが着ていたのと同じそれらを見て、テンションが上がるとはしゃいでいるくくに内心同意する。
と、ゴロは先程から一言も喋らないどってぃーに首を傾げる。
「どってぃー先輩、どうかしたんすか?」
「別に」
「もしかしてお腹空いたっすか?ちょっとしたおやつなら持ってきて…」
背負っていたリュックから何か出そうとした前足をガシッとかなり強めに掴まれ、顔を上げるといつものそれなど比にならないほど圧のこもった視線と目が合った。
「絶対におやつは出すな」
「す?は、はいっす」
殺気すら混じっていそうな雰囲気に戸惑いを隠せない。一体どうしたのだろうと思いながらふと彼の後ろを見ると、ソワソワと時計を見ては顎を撫でるぽってぃーの姿が目に入った。
「?」
二人とも様子がおかしい。そういえば、とゴロはスタジオの中を見回してみる。今日は自分やシロだけでなくぽってぃーとどってぃーのマネージャーが勢揃いしていて、その他にもドルチェのスタッフが数人同席している。随分とたくさんだなとは思ったが、ステージの衣装についての打ち合わせだからそんなものなのだろうとあまり気にはしていなかった。
けれど浮足立っている自分達とは違って、ピリピリとまではいかないがどことなく緊張感が漂っている気がするのは恐らく気のせいではないのだろう。
「あの、ぽってぃー先輩…」
「はいはいはい、お疲れ様!みんな揃ってるかしら~?」
話しかけようとした声は、よく通る声にかき消された。ドアの方を見ると、強烈なビビッドカラーが目に入りチカチカする。
「あら~、この子達がぽってぃーのお仲間ね?いいじゃな~い、磨き甲斐があ・り・そ・う♡」
長いつけまつ毛のついた目がバチンとウインクする。これからステージに出るのかというような派手な服装をしたイノシシのぬいぐるみの登場にゴロはどう反応していいかわからず、ぽってぃーとそのぬいぐるみを何度も交互に見た。
「あー、その、紹介するわ。こちら、わいのスタイリストをしてくれてるアラン・カールさ…ぶふぉっ」
「よろしく~。あたしの事は"ボニー"って呼んでね」
きれいに裏拳を決めた手でこちらに挨拶をする彼の名は、アラン・カール改めボニー。業界ではその名を知らぬ者はいないという敏腕スタイリストの登場に、ゴロやるっぴーはもちろんの事、くくやあのシロまでもが圧倒され言葉を失うのだった。
*
「やだ~。ゴロちゃんってば、ワイルドな感じもイケるじゃない!」
「ど、どうもっす」
「シロちゃんは色が白いからどんな色も映えるわね」
「さー、だからって何でレインボーなんさー」
「るっぴーちゃん、もっと背筋伸ばして!せっかく可愛い顔してるんだから、堂々としなさい!」
「る、る、すみません」
「くくちゃんはインフルエンサーをしてるだけあって、自分の魅力をよくわかってるわ。でも、一見似合わなさそうな色を着こなしてこそ真のプロよ!」
「え~、でも~、フリルのないくぅなんてくぅじゃないっていうか~…もごっ」
ボニーのアドバイスに噛みつこうとするくくの口をぽってぃーがふさぐ。どうやらボニーには聞こえていなかったようで、るっぴーに別の衣装を当てながらスタッフに何か指示を出している。
「ぷはっ、何すんのぽってぃー先輩」
「ええか、くく。この業界で生き残りたかったら、ボニーさんには逆らうな」
そう忠告するぽってぃーの顔は至極真剣だ。隣では、どってぃーもうんうんと頷いている。
「どういう事~?」
「ボニーさんのセンスは業界でもピカイチでな。あの人にスタイリングしてもろたぬいぐるみは必ず売れる、なんちゅージンクスもあるくらいなんや。わいもデビューの頃から世話になっとってな。絶対に怒らせたらアカン存在やねん」
「さー。怒らせたぐらいで仕事に影響が出るなら、所詮その程度だったという事さー」
「そういう事ちゃうねん。もっと、何ちゅーか、こう…命の危機的な意味で…」
「な~に、さっきからコソコソと」
「ヒイッ」
背後からヌッと現れた顔に、ぽってぃーだけでなくゴロもビクッと肩を震わせる。どってぃーはゴロを盾にする形で隠れるが、お尻が見えたままだ。
「ぽってぃーちゃん、あなたがどうしてもって言うからスケジュールを空けてきてあげてるっていうのに、打ち合わせそっちのけでお喋りなんて随分偉くなったわね」
「ひゅ、ひゅいまへん、へらふやはんへほんは(す、すいません、偉くやなんてそんな)」
ぽってぃーの頬を片手でわし掴みにするボニーに、ゴロはガタガタ震える。
「大体、何なのこのお腹。いくらテディベアはぽっちゃりがウリだからって、ちょっと緩み過ぎなんじゃない?」
「そ、そんな事ありません!ゴロがしっかり食事管理してくれとるんで、着実に痩せてます!」
「だとしたら、筋肉が贅肉になってるのよ。ちゃんとトレーニングしてるの?キャシーはいつもしなやかできれいな体をキープしてるわよ。少しは見習いなさい」
「うぐっ、そ、それは言わんとってください」
さすがはデビュー時代からの付き合いだ。何を言えば刺さるのかをよく理解している。効果抜群の言葉を浴びて魂の抜けかかったぽってぃーから手を放し、ボニーはゴロの上から後ろにいるどってぃーをつまみ上げた。
「どってぃーちゃんも。それで隠れたつもり?」
「は、放せや!まい何も悪くない!」
「だったら堂々としてなさい!あなた達はステージの先輩なのよ?しっかりとプロってものを見せなきゃダメじゃない!」
「どってぃー先輩が敵わん相手って~、何気に貴重じゃないですか~?」
「さー、外でリーダーにあれだけずけずけと物を言えるぬいぐるみも珍しいさー」
小声で喋るシロとくくの話を聞きながら、ゴロも確かにと場を見守る。お茶の間で絶大な人気を誇るぽってぃーは現場でも一目置かれている事がほとんどであり、大抵のスタッフは彼に対して腰が低い。新人に厳しいと噂のテレビ局のお偉いさんが両手を揉みながらぽってぃーに話しかけているのを見た時は、実力が全てというこの世界の常識をひしひしと感じたものだ。
デビュー時代からの付き合いとはいえ、その彼にあのように接する事ができるというのはボニーがいかにこの業界で強い存在かがわかる光景だ。そんな凄腕スタイリストに衣装を見立ててもらえるのは、間違いなく破格の待遇なのだろう。着せ替え人形のように色々と着替えさせられたが、今日着た衣装を基にぽってぃーとボニーが一緒になって相談するらしい。
どんな衣装になるのだろうと今から楽しみでならないが、できれば髪型は普段のままがいいなぁと逆立てられ、ワックスでガチガチに固められた頭の毛をさするゴロだった。




