重大発表、お知らせするっす
《───スタジオの皆さ~ん!今日は芸能事務所ドルチェの研究生が所属する幼稚園、ドルチェットにお邪魔しています!》
「す、始まったっす」
テレビから聞こえたレポーターの声に夕飯の下ごしらえをしていた前足を止め、サッと前足を洗うとソファへ移動する。見覚えのある建物の入り口に、マイクを持ったリポーターが立っている。
《ここには、未来のスーパースターになるべく日々レッスンを受けているぬいぐるみがたくさん通っているそうです!どんな金の卵がいるのか、密着取材を行いましたのでまずはVTRをご覧ください!》
画面が切り替わり、教室の中の映像が映し出される。鏡張りの壁を見ながら、研究生達が体を動かしている。
《今、こちらの教室ではドルチェのアーティストの楽曲を使ったダンスのレッスンの真っ最中です。みんな一生懸命振り付けを覚えています》
"みんな"とは言っているが、カメラが気になるのか何人かはチラチラとこちらを見ている。無理もない。少しでも自分が多く映りたいという気持ちは一般の子供でも持っている上に、ここはスターを目指すための場所だ。何がきっかけで仕事を貰えるかわからないのだから、こういう機会はまさにアピールにもってこいだろう。
《おい、お前ら。ちゃんとレッスンしろや》
「す」
カメラの死角から聞こえてきた声に、思わず画面を凝視する。
カメラが発言の主を探すように少し揺れ、すぐに最前列にいたあるぬいぐるみをズームした。腕を組んで仁王立ちをしている彼は、注目を集めている事など意にも介さずふんぞり返っている。
《みんなで作るステージやぞ。わかっとんのか。カメラがあるくらいで何浮ついとんねん。もっとプロ意識持てや》
「どってぃー先輩…」
堂々と自らの言い分を主張しているが、カメラがこちらを向いている事に気づいたのか視線はガッツリレンズに向けられている。
《とても元気でしっかりしているこのぬいぐるみ、皆さんどこかで見た事はありませんか?》
案の定と言うべきか、取材班は彼に注目したようだ。
休憩に入ったところで、すかさずリポーターが近づき声をかける。
《すみません。少しお話いいですか?》
《何やねん》
《もしかしてあなた、最近NuiTUBEで大人気の"きよつき"のどってぃー君では?》
《せやで。まいがどってぃーや。ほんで、こいつがくま子》
グイッと隣にいたクマのぬいぐるみの腕を引き、Vサインをしてみせる彼の名はでぃあ・どってぃー。自身の雇い主の弟で、同じ家に暮らす同居人で、これから同じグループでデビューする仲間である。彼女であるくま子とやっているNuiTUBEチャンネル、"きよつき"こと"きよくただしいおつきあい"は業界でも有名だ。
「リーダーが危惧していた通りの事になったさー」
「シロさん」
いつの間にかリビングに来ていた彼はシロ。彼もまた、同じグループのメンバーの一人だ。
時計を見ると彼の日課のティータイムの時間だと気づき、ご用意するっすとキッチンへ向かう。代わりにソファに座ったシロは、淡々とした調子で話を続けた。
「リーダーは密着取材の話が来た時からこうなる事を心配していたさー」
「す、そうなんすね」
「でも、どっちにしろもう知名度があるから取り上げられる事は想定内だったさー。取材する側も、半分は"きよつき"目当てだったさー」
「そう、なんすね」
相変わらず状況を冷静に見ている。実際、リポーターは熱心に二人…というか、どってぃーから話を聞いている。
《どってぃー君のお兄さんはあのでぃあ・ぽってぃーさんだそうですね》
《それが何やねん》
《噂では、ぽってぃーさんがプロデュースするグループのメンバーに内定しているとか。兄弟揃って同じグループで活動する事へのプレッシャーはありませんか?》
《はぁ?別にあんちゃん関係ないやんけ。まいは実力で選ばれたんや。プレッシャーなんかあるわけないやろ》
リポーターの質問が気に食わなかったのだろう。得意げにしていた様子から一転、その表情はイラッとしたものに変わった。気持ちはわからなくはないが、お茶の間の皆様に届けていい顔ではない。
紅茶とケーキをテーブルに運びながら、不安を口にする。
「どってぃー先輩、大丈夫っすかね」
「オンエアされてるなら、きっと問題ないとリーダーや事務所がOKしたんさー」
業界ではほぼ周知の事とはいえ、一応グループ入りの事はまだ正式発表したしたわけではないのだが、シロがそう言うのならそうなのだろう。
こちらもこちらで不安になるほどの角砂糖をカップに投入していく姿を見ないようにしながら、一緒に放送を見守った。
*
その後、取材班はどってぃーとくま子以外にも数人を中心に話を聞いていきながら、研究生達のレッスンに対する向き合い方やデビューにかける思いなどを視聴者に伝えた。
《いかがでしたでしょうか?日頃私達を楽しませてくれるドルチェの皆さんにもこんな可愛らしい頃があったのかと思うと、何だか微笑ましいですね。今日お話を聞いた研究生の中からも将来のスターは生まれるのか、今から楽しみです。それではここで、ドルチェといえばこのお二人!キャッツ・キャシーさんとでぃあ・ぽってぃーさんにインタビューをしたいと思います!》
「す、ぽってぃー先輩っす」
VTRが終わり、場所は変わってドルチェット内の教室の一つを借りる形で、リポーターは並んで座っている二人のぬいぐるみに挨拶する。可憐な印象を受ける猫のぬいぐるみがキャシー、そして茶色いテディベアが我らがグループのリーダーぽってぃーである。この二人はパフォーマーとしてはもちろんプロデュース能力にも定評があり、各々がグループを作るよう事務所からお達しがあった。
《お二人自身このドルチェット出身で、多方面で活躍されていますよね。キャシーさんは既にトルタというグループを作り、早くもいくつものステージを成功させていらっしゃいます。先日発表された新曲も、ミュージックビデオの再生回数が史上最速で一千万回を突破した事で話題になりました》
《ありがとうございます。今回の曲はメンバーみんなで作詞作曲、それから振り付けも考えたのでとても嬉しいです》
《一方でぽってぃーさんはメンバー選びを慎重に行っている印象ですが、その意図を伺っても?》
《今回このような大役を任されたので、せっかくなら今までのドルチェにはなかった新しい風を吹かせたいと思っています。いい意味でドルチェらしくない、斬新なグループを作りたいという目標の下、それにふさわしいメンバーを熟考しているところです》
「初めは西の言葉を話すところに戸惑ったっすが、慣れてくると標準語のぽってぃー先輩が逆に新鮮に感じるっす」
「さー」
隣でシロが相槌を打つ。
ぽってぃーの答えを聞いたリポーターはなるほどと頷くと、ワクワクした様子で尋ねた。
《そんなぽってぃーさんですが、今回重大発表があると聞きました。教えて頂けますか?》
「す?」
予想外の展開に、一体何だろうかと首を傾げる。
ぽってぃーはゆっくりとカメラに向き直ると、コホンと咳払いをして言った。
《先程も言った通り、私のグループは今までにない人材を求めています。そこで今回、新メンバーを決めるオーディションを行う事をこの場を借りて発表させて頂きます》
「す⁉」
耳を疑う言葉に思わず勢いよく立ち上がってしまい、はずみでガタッとテーブルが揺れる。
《オーディションですか⁉それはドルチェットで、という事でしょうか?》
《いえ、ドルチェット内でも選考は行いますが、それとは別に一般公募という形で募集します。歌、ダンス、その他の様々な要素。それを総合的に評価し、一緒にやっていきたいと思えるメンバーを選ぶつもりです。経験は問いません。一歩踏み出してみたい。その気持ちだけが応募条件です。詳細は事務所のホームページをご確認ください。私はあなたを待っています》
「これは…もしかしてとんでもない事になるっすか?」
「さー」
ハウスキーパーを募集していると聞いた時の衝撃を思い出し、ドキドキを抑えられないでいる彼の名はゴロ。
彼の予想通り、放送直後からSNSではオーディションに関するワードが溢れ返り、世間の注目を十二分に集めるのだった。