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 オークションを見終えた後はすっかり夜更けになっていた。軽くお腹を満たし、泊まっている宿に戻る。受付係におかえりなさいと出迎えられ、部屋へと戻った。


「あー疲れた、わしはもう何もしたくないんじゃ」


 魔女は部屋に着くなり、ベッドへ寝転がった。帰ったら明日の店の準備をすると言っていたのだが、その話はどうなったのか。


「明日の準備があるでしょう」

「うーん。店の準備、分かっておる、グラティア、せかすでない」


 のっそりと恨めしそうに起き上がると、何もない空間からぽんと釜を取り出した。


「さあて、何かつくるとするかね」


 魔女は少し悩んだそぶりをみせ、適当に材料を机の上に出していく。


「そうじゃ!いずれ魔女になるのだから、おまえさんにも手伝ってもらうとするか」


 人使いの荒い魔女は、私にも薬を作るように言った。机の上に全ての材料を並べて、魔女はベッドに寝転がり始める。自分が楽したいだけではないだろうかと訝しむものの、今後のためにも練習は必要だと思うことにした。


「その左から並べられている薬草をまずはすり潰すのじゃ。そして鍋に入れて煮込む。その後にその隣のものを入れてまた煮るのじゃ、ほれやってみせよ」


 説明も適当である。

 そんな簡単に作れるようになるのかと半信半疑だったが、魔女の教えがいいのか、なるようになった。


「私にもできるなんて、少し驚いたわ」

「やっぱり、素質があるねえ。絶対に魔女になってもらうとしよう!」

「そうね。それもいいかと思っているの」

「おお、乗り気じゃな!今のうちに一筆書いてもらおうか」

「書いてもいいけれど。逃げも隠れもしないんだから、そんな心配はいらないわよ。この国から逃げて生活基盤が整うまではずーっと魔女にお世話になるつもりだから」

「ひーっひっひ!それはずっとわしといるつもりじゃな」


 そんな横暴な私の発言にも嫌な顔せず断らないところを見ると、それもいいと思ってくれているようだ。


「ポーションは瓶に詰めたし、わしがこれまでに作った藁人形やアクセサリーなんかもでてきたからこれを売るとしよう」


 売るものの準備ができたと一息ついて眠ることにした。



 魔女の作った薬という触れ込みで客足は途絶えず、あっという間に完売となる。


「いやいや。こんなに大盛況とはねぇ」


 宿に帰るなり、魔女は臨時収入とばかりに、売り上げ金を数えにやにやとしている。


「今日は夜通し作るよ!」

「当初の目的忘れてないわよね?」

「もちろん覚えているさ。数日様子を見て、次の場所に移るとしよう。そうしていればいずれ見つかるはずじゃ」


 そう事はうまくいくのかと思っていたけれど、魔女の店は好評で、出展場所を移動しながらも客足は途絶える事なく毎日盛況だった。


 そうして訪れる客に話を聞いてみると、遠く離れたところからもこの店のために買いに来たというのだから、話題性はあるようだ。もしかすると、本当に会えるかもしれないという気持ちになる。


 昼時になると、少し客足が落ち着き始める。皆食事をとる時間だからだ。少し離れた場所にある飲食店は賑わいを見せていた。


「私たちもそろそろ、少し休憩する?」

「そうじゃなぁ。じゃがもう品物もないから売り切って撤収するか、また作るか悩んでいるのじゃ」


 そう言われて用意した商品を確認すると、残りわずかとなっている。声が変わるポーションだとか、少し背が高くなるポーションとか、用途不明なものまで売れているのだから、魔女の名前は偉大だ。


「もし追加するなら、恋人とラブラブになるポーションがいいかと思っとるのじゃ。要望があったからのう」

「たしかに、今の商品よりは実用性がありそうだけれど」


 魔女の話をきいていると、店の前に立ち止まる人影が見えた。


「ローレンス、ここが魔女の店だよ。じゃあ俺は行くから」

「ああ、案内ありがとう」


 その声が聞こえたとき思わず顔を上げる。ホワイトブロンドの髪にエメラルドグリーンの瞳。彼の姿を、見間違えるはずはなかった。


「……ローリー」


 ぽつりと口から溢れたその呼びかけに、視線が交わる。彼の顔は、驚きに満ち溢れていた。ずっと会いたかった人が目の前にいる。


「やっぱり……グラティアだったんだ。まさか、グラティアは死んだのか?俺は、守れなかった?君のこと」


 ぐっと腕を握られる。思ったよりもそれは強い力で、身じろぎしてしまう。


「ちょっと、ローリー、痛い」

「ご、ごめん」


 やっと会えて目の前にいるのに。なんて切り出したらいいのか分からない。ここでローリーが頷いてくれなかったら、私は魔女になって今彼女と二人で生きていくのだろう。あそこに戻るなんて考えたくもない。だから、今から聞くことが怖かった。この行動も全て自己満足の結果でしかないのに、目の前にするとこんなに臆病になるなんて。


「あー、グラティア。ここまで来たんじゃ。後悔のないようにしーっかり二人で話すんだね。わしはその辺にいるから、終わったら来るといい。どんな結果でも、一緒にいてあげるよ」


 その優しい言葉と共に、ぽんと背中を叩かれた。


「ありがとう……」


 声は震えていて、聞こえていないかもしれないと思ったけれど、ちゃんと魔女に届いていたようだ。ひらひらと手を振って魔女はぱっと姿を消した。最近の私は涙脆くてだめだ。意を決して、ローリーの顔を見つめる。ローリーもこちらを見ていて、視線が交わる。


「ローリー、あのね。話がしたいの」

「……ああ。俺の家に来るか?」

「うん」


 二人で無言で歩く。こんなにも近くにいるのに、遠く感じる。手を伸ばせば触れられそうだったけれど、勇気が出なくて、伸ばした手はそのまま下ろされた。


 すぐ近くにある小さな家が彼の棲家だった。死んでからは生前のように使用人が側にいるわけではないので、大抵の身の回りことは自分でしなくてはいけない。ローリーは手慣れた手つきでお茶を淹れてくれた。


「ありがとう」

「グラティアの口に合うといいんだけど」


 彼が騎士として側にいてくれたときも、たまにこうしてお茶を淹れてくれることがあったけれど、苦手だと言っていた。その時よりも、美味しくなっていて、彼がここで過ごす中でお茶を淹れるのもうまくなっていったのだろう。まだ一月も経っていないけれど、私が居ない時間をローリーも過ごしているのだと、当たり前だけれど寂しく感じた。


 私がここに来なければ、このままローリーはここで暮らし続けたのだろうと思ってしまった。さっきローリーと話していた人も、ローリーがここで生活する中で知り合った人だろう。もう新しい交友関係ができあがっている。前を向いて、ここで暮らしている。もしかしたら、好きな人もできたのかもしれない。私が今からする話は、なんて残酷なのだろうと思った。


「あの、ね……」


 その続きを言い出せなかった。そっとカップに目を落とす。魔女に啖呵を切って家を飛び出してきたのに、目の前にして怖気付くなんて。ここに魔女がいたらきっと笑われていただろう。


「グラティア、会えて嬉しい。こんなこと言ったら不謹慎だけれど、ずっと会いたいと思っていた」

「……ほんと?」


 その言葉にぱっと顔を上げれば、いつものように私の記憶の中と同じ笑顔のローリーがいて、思わず涙がこぼれた。


「一緒にいたあの人、魔女だろう?最近魔女が死者の国に商売しにやってきたって話題になっていてさ。魔女と一緒にいる霊がいるって噂話も聞いたんだ。アイスブルーの髪をしていて、ピンクの瞳……それを聞いて、グラティアと一緒だと思った。アイスブルーの髪なんてそうそう居ないだろう?だから気になったんだ。違うならそれでよかった。けれど会って確かめたかった。だから、本当に君がいて驚いた」

「……どうしても会いたかったの。ごめんなさい、私のせいであなたを死なせてしまった。そのことを、どうしても謝りたかった」

「いいんだ。謝らないで。君を守れたことは本当に良かったと思っている。それで、どうやってここに?まさか……」


 彼の瞳が揺らぐ。私が本当に死んでしまったのかと気にしているのだろう。だから首を振って違うと否定した。


「魔女と契約したの。だから私の身体は仮死状態で、魂だけここにいるの。でも長くはもたない」

「そっか。君が死んでなくて安心した。けれどこんな姿になってまで、会いにきてくれたんだね」

「それだけじゃないの。私、もうあそこで生き続けるのが嫌で、どうしようもなくて、全部捨てて逃げてきたんだよ。折角、貴方の命と引き変えに生き延びたのに、ごめんなさい……」

「グラティア……」


 ローリーは黙って話を聞いてくれた。


「私ね、ローリーが居なくなってからも一人で頑張ったけど、無理だった。殿下は、他の人にうつつを抜かしているでしょう」

「うん」

「ローリーが私のせいで命を落としたときもね、殿下は私が無事ならいいなんて言ったのよ。私のこと盾にしておいて、何を言っているのって思った。酷いよね」

「そんなことが……」

「私はずっとローリーと一緒にいれればそれで良かったのに。勝手に婚約させられなければ、こんなことにならなかったのにって。誰も私の本当の気持ちを分かってくれなくて」

「うん」

「ローリーの居ない世界で生きていくのが怖いの。忘れたくなんてないのに、どんどんローリーの事を忘れてしまいそうで。ずっと一緒にいたいのはローリーだけなのに」


 そう思っているのは私だけだったら、どうしよう。怖くて、顔が見られない。


「ローリーは、ここでの暮らしを受け入れて、過ごしているって分かっている。でも、私を庇ってローリーが死んでしまったとき言ってくれたよね。生まれ変わったら一緒にって。けれど、どうしても私は、今一緒にいたいと思ったの。だからこうしてここまで追いかけて来ちゃった。馬鹿みたいだよね……」


 嫌なら笑い飛ばしてほしい。そう思っていたけれど、ローリーの眼差しは昔のままで、優しかった。


「グラティア」


 なんて言われるのだろう。それが怖くて、目からは涙が止まらない。そんな涙をローリーが指で掬い取ってくれた。


「ローリー……」

「馬鹿なんて思わないよ。許されるならずっとこのまま一緒にいたいよ。俺も」

「本当?」

「本当だよ」


 その言葉に涙が溢れる。一緒にいたいと思っていてくれたことが嬉しかった。あのことをちゃんと伝えた後、もし一緒に居てくれることを望んでくれるのなら、これからもずっと二人で居られるかもしれないと思った。


「グラティアは昔から泣き虫だな。俺の前では強がらなくていい」


 ローリーはそう言って涙を拭ってくれた。


「あのね、ずっと一緒に居られる方法があるの。本当はその話をするためにここまできたんだ」

「そうだったんだ。勿論、聞くよ」


 そうして、私は説明した。魔女の力によって、今後も共に入れる方法があると。そのためには、ここには居られないことを伝える。せっかくここでの暮らしにも慣れてきただろうに、それを手放させてまで、私と共に来てくれるのか自信がなかった。


「もし、他に好きな人がいたらどうしようって……」


 そんな事を口走ると、私の頬を両手で摘まれる。


「それは聞き捨てならないな。俺がどのくらいの間グラティアを想っていたか分かっている?殿下と婚約することが決まったときも、俺に力があればってどれだけ後悔したか。もっと早くに君と婚約をしていたらとか、色々思うところはあるけれど」

「ローリー……」


 そんなふうに思ってくれていたことが嬉しくて、婚約者がいる身で、ローリーに聞けるような立場でなくて、ローリーの本当の気持ちを知る機会はなかったから、こうして知れて嬉しくなる。思わずそんなことを話してしまったと少し照れたのか、ローリーの頬は赤くなっていた。


「そんなことは今はよくて、死んで少し離れたくらいで、新しく好きな人ができるわけないから」

「本当?今後も後悔したりしない?」

「行くよ、グラティアと。一緒に行かないほうが後悔するよ。あの時は君を一人にしてしまったけれど、もしこれからも一緒にいられる道があるのなら、俺はそれを選ぶよ」

「嬉しい……ありがとう」

「こちらこそ会いに来てくれてありがとう。これからはずっと一緒にいる」


 ローリーに抱き寄せられて、そっと唇が重なった。

 やっと結ばれた想いに、今までの様々な出来事が思い起こされる。じっと見つめあっていると、恥ずかしくて、笑ってしまった。


「ほー。これが真実の愛ってわけだねぇ。いい物を見せて貰った」


 いつからそこにいたのか。魔女は私たちの様子を楽しげに鑑賞していた。してやられたと思った。居なくなったように見せかけて、姿を消す魔法でも使ってこっそりついてきていたのだろう。すっかり騙された。魔女はこういうやつだったことを失念していた。少し気恥ずかしくて、声を荒げてしまう。


「ちょっと、まさか覗き見してたの?」

「いいじゃないか。減るもんでもないんだからねえ。手を貸した手前、結末はどうしても気になるじゃないか」


 悪びれもなく魔女は笑った。たしかに、ここまでこれたのは魔女のおかげである。絶対にうまく行くと思っていた、なんて気前のいい言葉を並べられた。本当に調子がいいんだから。


「それじゃあ二人共、念願の再会で感極まっている所申し訳ないが、さっさとずらかるよ。足がついてはまずいからねえ」

「魔女様、何を……」

「詳しくはまた後で話すから今は大人しくしてもらうよ。じゃあここに入るんじゃ」


 魔女は一際大きな箱を出すとローリーを押し込めた。それは全て一瞬の出来事で、ローリーも私も何か言う前に全てが終わっていた。そのまま何ごともなかったかのように、箱は魔法でどこかに消えた。


「ローリー!」

「ほらほら、後で出してあげるからねえ。我慢じゃよ」


 死者を盗み出す事は犯罪だ。彼らはもう死者の国の住民なのだ。死者を連れ去り、共に暮らそうとする生者もいるそうだが、そういうことはうまくいかないことが多い。


「ちょっと、情緒も何もないの?まるで人攫いじゃないの」

「それは確かに、間違いないね」

「ふふふ、可笑しい。もとからそのために来たんだけど。でも今のは本当に人攫いね」


 顔を見合わせ思わず笑いあっていたけれど、のんびり話している暇はない。いつどこで誰が見ているのかも分からない。ローリーを訪ねてくる人がいるかもしれないし、留まり続けるのは危険だった。そうして家を後にし、足早に門を目指す。


 すれ違い様に魔女様と色々な人に声をかけられ、愛想良く手を振る魔女は本当に演者だと思った。大罪を犯しているのに、それを微塵も感じさせない。犯罪の片棒を担がせている私がそんなことを言う権利はないけれど、せめて私の行動がおかしいことでばれてしまわないように平静を装い彼女の後を歩く。


 そうしてあの門へとたどり着いた。門番はあの時の門番と同じ人。ぺこりと頭を下げられた。


「お帰りですか」

「そうじゃな。魔女とはいえ、あんまり長居してはいけないからの。また機会があれば来るよ」

「ええ、楽しみにしています。あなたは、探し人には会えましたか?」

「残念ながら。でも、この国はいい所だと思います。私は魔女の弟子ですから、ずっとここにはいられないけれど」

「そうでしたか。落ち込まないでください。この国は広いので、想い人がここにいる限りはいつか会えますよ」

「門番さん、ありがとう」


 そんな気遣いが門番と挨拶を交わし、私たちは死者の国を後にした。また機会があればなんて魔女は言ったけれど。きっともうここに来ることはないだろう。


 国から出れば魔法で移動が可能である。出た瞬間、瞬きをしているうちにぱっと移動し、違う場所にいた。そこは魔女の古巣である、魔女たちの暮らす国にある、魔女の家の中だった。何年も帰っていないからか、家の中は埃まみれだったけれど、ささっと魔法で掃除をして、箱からローリーを救出した。


「ここは……」

「ここは魔女の家よ。急なことでごめんなさい。何も持ってこれなかったのだけれど……」

「大丈夫だよ。あの家から持っていかなければいけないほど大切なものはない。君がいればそれで十分」


 そう言ってまだ抱き寄せられて口付けられた。


「ローリー……」

「これからは、誰にも邪魔をされないんだ。俺も我慢するのはやめる」


 熱の籠った瞳で見つめられる。こんなにも愛情表現をする人だったのかと新しい発見がある。ローリーの気持ちが嬉しくて思わず見つめあってしまう。そんな空気に水をさすように、魔女の咳払いが聞こえた。


「おっほん。それじゃあ、聞くが。魂をこの世に留めておける代わりに身体を用意してある。

最終確認だよ、これを使うということは、輪廻の輪からも外れ、永遠に生き続ける事になる。グラティアは元の体に戻れなくなるんだ。死んだことになるだろう。それでも構わないかい?」


 私はそれでも良いと思ったけれど、この話を聞いてやっぱり嫌だとローリーは思うかもしれないと、彼の横顔をそっと見つめる。


「来世なんていらない。グラティアと共にいたい」

「私もローリーがいればそれでいい」


「ひーっひっひ!上出来だ!」


 魔女は高笑いして、用意していた身体に私たちを入れるよう魔術を使った。きっとこれは禁術なのだろう。禍々しい色の魔術に包まれた。その瞬間、私とローリーは人ではなくなった。





ーーそれから。


 魔女の助手として私達は同じ屋敷で暮らしている。

 これからもずっと永遠に終わらない明日が来る。私達は人ではなくなり、魔女によって作り出された新しい身体に魂を移し替えられ、人工精霊として新たな生を受けた。魔女によって作り出された私たちにはメンテナンスも必要なので、魔女の屋敷に居候の身として共に暮らしている。私は魔女見習いは継続しており、魔女の仕事を手伝いをしていた。


 魔女はこの国では人と積極的な付き合いをしていく事にしたらしい。

 王都から離れた街中に構えた店は平民から人気があり、貴族もお忍びで買いに来るほどだ。王都にも店を出さないかという話も来ているようだが、この間の一件が堪えたのか、王族と関わり合いたくないようで、王都への出店の話は検討すると渋っているようだ。皆が皆彼らと同じわけではないが、やはりあんな風に傲慢な態度を取られると思ったら、悩んでしまうだろう。

 この国での暮らしは、まだ始まったばかり。これからどうなるかはまだ誰にも分からない。魔女がこの地での暮らしに飽きるまで、ここに滞在することとなるだろう。


 店が終わり、私とローリーの部屋のベッドで寝る前の穏やかな時間を過ごしていた。


「グラティア」


ローリーがそっと私を抱き寄せる。


「今日もお仕事お疲れ様」

「ローリーこそ、大変だったでしょう?」


 ローリーは剣の腕をかわれ、魔物退治を請け負っている。剣の筋も良いから子供達に教えを乞われることもあり、たまに教師の真似事もしており、子供たちからは人気者だ。


「今日はたいした魔物も出なかったからね。心配ないよ」

「よかった。ローリーになにかあったらと思うと、私……」


 私たちは死ぬことはない。けれど斬られれば怪我もするし、痛みもある。魔女に治して貰えるとはいえ、彼が傷つくところはもう見たくはない。あの日血を流して倒れたことは、軽くトラウマになっている。


「大丈夫だよ。心配してくれたんだね。もう無理はしない。絶対悲しませるようなことはしないから安心してほしい」

「うん。ずっと一緒だよ」


 ぎゅっと抱きしめる手に力がこもる。


「明日は休みだろう?何をしようか」

「街で美味しいと評判のパン屋が新しくできたそうよ。良かったらそこに行ってみたいわ」

「いいね、そうしよう。魔女様の分のお土産も忘れずに買おうか。普段からお世話になっているし」

「それが良いね。楽しみだなぁ。早く明日にならないかな」

「そんなに心配しなくても、明日は逃げていかないよ。時間は沢山あるんだから」


 永遠に続く明日をいつか煩わしく思う日が来るのだろうか。きっとそんな日がきても二人でなら乗り越えられるだろう。そして、そこには魔女もいてくれる。


 二人同じベッドで身を寄せ合う。こんな日が来ることをずっと望んでいた。

 風の噂で魔女の秘薬によって命を落とした令嬢がいるという内容を聞いた。あの国がどうなったのか、殿下は王になれたのか。きっと調べればすぐ分かることだけれど、私たちには関係のないことだ。

 今ここにあるもの全てが私の幸せなのだから。


「ほら、眠ろう」


 ローリーにぽんぽんと背中を優しく叩かれると、次第に眠気が強くなっていく。まだ話し足りない、ローリーの顔を見ていたいのに。でも、明日この続きをすればいいんだとそのまま眠気を受け入れた。

 

「おやすみなさい、いい夢を」


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