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死者の国への入り口は突然現れた。真っ黒な荘厳な壁が目の前に立ちはだかる。その一角に門があった。
「本当に、死者の国はあったんだ」
「なんじゃ、信じてなかったのかい?」
「信じていないわけじゃないけれど、これが全て夢じゃなくて、本当の出来事なんだなって実感が湧いてきたところ」
勢いだけでここまでやってきてしまった。後悔はないけれど、ローリーと再び会えるのだろうか、会った時に迷惑がられたらどうしようとか、全て今更だというのに、そんなことを考えて少し不安になる。けれど、もう後には引けないのだ。
ここに来るまでの間に、魔女から聞かされたが、死者の国は死んでしまった誰もが受け入れられるわけではないという。生前の罪の度合いで分類されるそうだ。
罪人は異種族向けにオークションにかけられれ売られるという。オークションは月に一度開催されており、数ヶ月売れ残った者は問答無用で悪魔に引き渡される。そこで反省して改心の余地があると判断された者は記憶を消され輪廻転生の輪に混ざることを許される。救う価値のないと判断された罪人は終わることのない苦しみの後魂ごと消滅することとなり、聞くことも悍ましい末路が待っているという。一度は死者の国へと足を踏み入れた者も、悪事を働いたとしたら同様の措置が施される。
死者の国への滞在を認められた者たちは、そのまま生活を送ることができる。また、生まれ変わるために天使により与えられる試練を受けることもできるという。試練に打ち勝った者は晴れて生まれ変わり来世へといける。その時に今の記憶は消えてしまうが、稀に記憶を残したまま生まれ変わるということもあるのだとか。
魔女は長く生きているだけあって色々なことを知っている。私は死ぬことも死者の国に死者として迎え入れられることもないので、自分の今後に役立てることはできなそうだと思った。
門番は突然現れた私達に驚いていたが、彼もまた死者の国の住人だ。人と変わりない見た目をしているが、肌は生者より青白く見える事から生者ではない事が分かる。
「これはこれは、魔女様ですか。そちらは、変わった魂の形をしていらっしゃる……浮遊霊の方でしょうか」
魂だけの存在になってから、初めて話しかけてもらえた。彼らと魂は近しい存在だから認識してもらえたのだろう。それだけで少し嬉しくなり、ぺこりと頭を下げた。門番に話を合わせるように、魔女は話しはじめた。
「そうさ、彼女は浮遊霊だったんだけどねぇ……色々あって今は私の弟子で、魔女見習いさ。死者の国に魔女の品を販売しに来たんじゃ。二人入国を認めて貰いたい」
門番は一瞬考え込むような素振りをしていたが、問題ないと頷いてくれた。
「かしこまりました。生者ではありませんし、問題ないでしょう」
「よかった。よろしくお願いします」
ほっと胸を撫で下ろしてお礼を述べる。ここで断られたらどうしようと、少しだけ心配していたが杞憂に終わった。あとはどうやってローリーを探すかだ。国というだけあってそれなりの広さだろう。この中からなんの手がかりもなしに探すのは、かなり大変だろうと考えていた矢先。
「そうそう、私の弟子のことなのだが、恋人が亡くなってしまったんじゃ。死んだ人はここにくるのじゃろう?会えたらと思っているんじゃが、やはり死んだ後再会するっていうのは、難しいものなのかい?」
魔女が急にそんな話をし始めるものだから、私はぎょっとしてしまった。事前に打ち合わせがあったのは話を合わせるようにということだけ。まさかそんな身の上話をべらべらとこの門番にするなんて聞いていない。ここで私が焦って変に口を出せばややこしいことになりそうだ。きっとこの行動にもなんらかの意味があると思い、そのまま黙って口を挟まずに聞いていることにした。
「恋人を……そうですか。それで一人浮遊霊になってしまったのですね。死んだ後再会することですが、この国へ留まり続けていればいずれ会える可能性もあるとは思います。けれど罪人は裁かれますし、新しい命として生まれ変わりたいと願う方は、試練を受けるために死者の国を出て行ってしまいますから……」
なんとなく無理と遠回しに言われているようだ。期待はするなということだろう。門番は勝手に私の身の上を想像し、同情的だった。魔女はわざとらしげに落ち込んだようにみせた。
「そうなのかい。死んで間もない者達は、死者の国の一箇所に集められるそうじゃないか。前に来た時に小耳に挟んだんじゃが、そこにはどのくらいの期間いるもんなんだい?」
「そうですねえ、半年から一年はそこにいますね。場所は城の近くに数カ所ありますよ。来て間もないもの同士、最初は国が補助して暮らしている場合が多いですから。そのあとはその人たちによって色々です」
「それはいいことを教えてもらった、助かるよ。この子はもうかなりの年数浮遊霊をやっているそうだから、その同じところにいる可能性は低いだろうねぇ。参考になったよ、ありがとう」
「いえ。人を探し再会するのは大変でありますが、全くないわけではありません。再会できることを願っています」
門番と別れて私たちは今日の寝床を探すために移動し始めた。真夜中でも死者の国の住人は活動的で、そこは人と変わらないのだと思った。
「急にあんなこと話すから驚いちゃった。話を合わせてって言われていたから黙って聞いていたけれど」
「なに、情報収集は必要じゃろう。それにグラティアが一番気になっていることじゃろう?今話を聞かなければ、入った後飛び出してどこかに行ってしまうのじゃないかと思うてな」
それは図星で、すぐにでもローリーを探したいと思っていた。魔女が門番に尋ねなければ、私はやみくもに突っ走って探し回っていたかもしれない。そう考えると、魔女と門番の話の内容はためになるものだった。地道にどこにあるのかしらみつぶしに探していくよりは効率がいいだろう。私の身体は永遠にあのままというわけではないし、魂だけの状態でいられるのにも限りがある。
「けれど、浮遊霊だなんて。話を合わせただけにしても、息を吸うように嘘をつくのね」
「なんだい、浮遊霊はお気に召さなかったかい?こればかりは本当のことを言うわけにはいかないじゃろ。なんと実は、魔女の秘薬を使って幽体離脱中なんじゃ!と伝えたら、気が狂っていると言われるだけじゃよ」
確かに、魔女の秘薬を自分に使うことも、生者が自ら魂だけの存在になることも、とてもおかしな話だ。そしてここからローリーを連れ出したともなれば、真っ先に疑われてしまうのは私たちということになりかねない。
「こういうことは、まず相手の出方を見る。そして真実と嘘を混ぜて話すのが、上手く騙すコツなんじゃよ」
ほとんどが嘘だがつき続ければ嘘も本当になる。そうやってさりげなくどこにいるのか割り出すために遠回しに居場所を吐かせたのだから口が上手い。実際にはローリーが死んだのはここ数週間前で、最近のことだ。その嘘のおかげで住んでいるという地域は一気に絞られ、見つかる可能性が高くなってきた。
「なかなか来る機会もないんだから、せっかくだし色々見て回るとしようかの。オークションも念の為見に行こうかねえ。罪人だったなら、ぱっと買ってとんずらできるんじゃが。居なかったとしても、何が面白いものがあるかもしれない」
「面白いものって……例えば?」
「そうじゃねぇ。さっき伝えたように、精霊や妖精は、この国に立ち入れるのじゃ。そういう連中が罪人を買うところも見れるじゃろう。もしかしたら知り合いの罪人と再会できるかもしれん。そういう奴を見るのは面白いものじゃな。もしかしたら助けて貰えるかもしれない、ってそんな目でこちらを見てくるところが、可哀想で可愛くてのぉ」
「ほんと、悪趣味ね」
「まあまあ、そう言いなさんな」
悪人は売買され、オークションを行う事もある。そう先ほど門番に説明された。一応住まいの目星はついたものの、ローリーがその地区のどこにいるのかは分からない以上、オークションも見にいく他ない。
けれど彼は罪を重ねるような人ではないからきっと居ないだろうけれど、念には念を入れて探さなくてはならない。丁度オークションの開催は明日で、少し休息の時間を得ることができそうだ。そのままホテルへと移動することになった。
街の外れの寂れた場所にこじんまりとしたホテルが建てられていた。死者しかいないこの国には来客はほとんど無いといっていい。滞在するのも死者がほとんどで、たまに気分転換に泊まりに来る死者がいるくらいだという。だからこんな辺鄙な場所にしか宿泊施設がないのだ。
「いらっしゃいませ、魔女様とお連れ様。ようこそおいでくださいました」
ホテルの従業員も死者である。本当に死者しかこの国にはいないのだ。私と魔女がどれだけ異質なのかが分かる。
「そうなんじゃよ。しばらく滞在することになったのでこの国にいるうちは泊まりたい」
「勿論ですとも。お部屋はそれぞれで用意しますか?それとも一緒の部屋にされますか」
そう質問され、魔女がこちらを振り向く。
「一緒で構わないかい?」
「ええ。何かあるといけないから、魔女がよければ」
「一緒で大丈夫じゃよ」
「かしこまりました。それでは丁度最上階の部屋が空いております。そちらへどうぞ」
魔女の訪れというのは本当に貴重なのだと思った。高待遇で、本当は城に滞在をしてもいいと言われるくらいの存在なのだろう。
部屋は広く、最上階なだけありこの国を見渡せるくらいの高さだった。真夜中だから暗がりでよく見えないが、明るいうちに見たらそれなりに良い眺めかもしれない。
「はあ。疲れたねえ」
魔女は部屋につくなりベッドへ横たわっていた。
「どこへ行っても魔女様、魔女様って声をかけてくるんだから。鬱陶しいったらありゃしない」
「それだけ魔女は貴重な存在なのよ」
「まあおかげで滞在許可もおりて、商売をしてもいいと言われたからねえ。あんたの探し人に会える日もそう遠くはないじゃろう。面倒だが何が作るとするかね」
「こういうところでは何を売ることが多いの?」
「頼まれればなんでも作るがねえ……。皆死んでいるから怪我を治すためのポーションの需要があるのかどうか……。何がいいんじゃろうねえ。秘薬でも売りつけようかねえ」
私のときの残りがあると懐から取り出してみせた小瓶。そんなものを売るともなれば、たくさんの死者がこぞって集まってきそうだと思った。別の問題が起きかねない。
「まあ秘薬を売るのは冗談として。どういうものが好まれるのかは客に直接尋ねてみよう。それから作るものを決めるのが一番さ」
魔女の言い分はこうだ。物珍しさに訪れる沢山の死者を集め、新入りの霊が滞在する箇所を周り、情報収集し、ローリーを見つけようという作戦だった。
「うまくいくといいのだけれど」
「ここまで来たんだ。うまく行ってもらわなきゃ困るよ。まずは明日はオークションに向かおうか」
「ええ。そうしましょう。ふあぁ。なんだが眠くなってきたわ」
「直に日が昇る。仮眠をとって朝になったら行動するとしよう」