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“貴女は将来この国の王妃になれる、一番幸せな女の子なのよ“


 それがお母様の口癖だった。

 若かりし頃、お母様は、第一王子の妃候補として現王妃と共に、競い合った仲だという。その当時は、一番優れた者を妃にするという方針で複数の候補者がいたそうだ。そして選ばれなかった事で、ミュリオン公爵家のゴードが長年横恋慕していたお母様に結婚を申し込み、私が生まれた。


 お母様は王妃になれなかった事を悔やんでいるのだろう。お父様は王家の血を引いている事で陛下と似たシルバーの髪をしていたが、それでも陛下ではない。たまにどこか遠くを見ているような顔をする時があった。それを知っていてお父様も結婚したのだろう。報われない思いというのは、残酷だと思った。


 複数の候補者たちが競い合うことで、より優れた妃を育てるというのは方針として間違ってはいないが、争いを生むことから、私の代になって一人に絞ったというが、いい迷惑である。


「殿下の婚約者である地位はあなたを様々な障害から守ってくれるわ。そしてゆくゆくは王妃として皆に愛され、憧れられるそんな存在なのだから」


 その地位はそこまでして欲しいものなのか、私にはわからなかった。そんなふうにお母様は言ったけれど、婚約者としての地位が何かの役に立ったことなんてなかった。誰からも愛されるなんてことはない。恨み、妬み、嫉み。様々な感情をぶつけられるのなんて、日常茶飯事。

 それは殿下の振る舞いも少なからず影響しているだろう。婚約者である私を差し置いて、別の人をそばに置いているのだから。そんな様子を見ていたら軽んじられるのは当たり前だろう。

 陰湿な嫌がらせは勿論だが、実力行使に出てくる人もいる。突き飛ばされれば怪我をすることだってあるし、毒を盛られれば苦しい日々を過ごすことになる。

 王妃様からは期待されていたが、殿下との関係は冷え切ったままで、その結果がこれである。


 私は誰からも愛されるような立場が欲しかったわけじゃない。大切な人を愛し、愛され合うそんな関係が欲しかっただけなのに。 


 自分が叶えられなかった夢を子供に託すのは構わない。けれど本人の意思とは関係なく、押し付けるるのは違う。そのせいで拗らせたことで、今こんな事になっている訳なのだから、全てもうどすることもできないのだけれど。


 ともあれ。

 死者の国に行くまでの道中は魔女がいたお陰で楽しいものだった。魔女の屋敷が燃えなくなるという事件に見舞われたものの、幸先は悪くない。これが私一人だったとしたらこうはいかない。身体のない私は道に迷っても、誰にも助けを求められないのだから。


「ここまで一応順調に進んでいるけれど、死者の国へ入れない、なんてことにはならないのよね」

「心配する気持ちは最もじゃ。グラティアの不安は分かるぞ、死者の国には生者は立ち入りを許されていないからのう。厳重な警備体制なのじゃ。転移はできないし、死者でない者はまずその場所にすら辿り着くことは難しいと言われておる」


 生者が死者の国へ入ることは許されない。

死霊と契約を結んでいれば、稀に生身のまま死者の国に立ち入れる場合もあるというが、死霊を探し出し契約をする時間と労力を考えれば、その選択は難しい。


「しかし例外として幾つか抜け道があるのじゃ」


 そう言うと魔女は己を指差した。


「人間は認められていないが、それ以外の一部異種族、そして魔女は特例として、死者の国へ立ち入りが許されておるのじゃ!どうじゃ?感謝の気持ちが湧いていたじゃろう」

 

 魔女の齎す薬や魔法は、死者の国にとっても利益となる。魔女に同行する魂の私は、分類としては死者と同じ扱いになるので見逃されるというわけだ。


「まあ、おまえさんのことを尋ねられたとしたら、弟子とでも言っておこう。話を合わせるようにな」

「分かったわ」

「まさかまた死者の国に行く事になるとはねえ」

「なあに、貴女行ったことがあるの?前はないとか言ってなかった?」


 魔女は結構いい加減な性格をしているので、色々思いつきで話しているきらいがある。


「そう言ったかのう。まあ、若気のいたりというやつじゃな」


 魔女にも話たくないことの一つや二つあるだろう。それにしても適当すぎるが。


 まだ私が魂だけになってから一日も経過していないというのに、今日だけでいろいろなことが起きている。行動を起こせば思いもよらないことの連続で、でも、ちゃんと目的の場所まで向かっている。今自分が屋敷にいないこともまだ実感が湧かなくて、ふわふわとした気持ちだ。


「これからどこへ行くの?もう死者の国へ行けるとか?」

「今は無理じゃね。入れるタイミングが決まっているんじゃよ。それまでは屋敷でのんびりしてもいいかと思っていたのじゃが、燃えてしまったからねえ」

「自分で燃やしたのにね」

「あの流れで追い出すのも難しかったじゃろう。ああでもしなければ動かんという強い意思を感じたよ。一番楽な方法が燃やすということだっただけじゃ。流石に火が消えても居場所がバレているところに滞在は難しいじゃろ?また来るかもしれんしな」


 確かに彼らを追い出したとしても、家が特定されている以上またやってくる可能性は大いにあった。

 行き当たりばったり、適当に生きている魔女の行動を考えると、幸先がいいとは思えなくなってきてしまう。


「心配はいらないさ。夜までどこかで過ごせれば、死者の国へ行けるからね……。せっかくだから空を飛んで各地を色々見て回っていれば、気も紛れ、時間もあっという間じゃろう」


 魔女が何もないところに手をぱっとかざすと、どこからともなく箒が現れた。


「普通の人間では、なかなか空を飛ぶ機会もないじゃろう。普段はあまり誰かを乗せて飛ぶことはないのじゃが、今回は特別大サービスじゃ!折角じゃから乗ってみるといい」


 私の返事など最初から聞くつもりはなかったのだろう。魔女は私を掴み箒に乗せると、背後にまたがり、手慣れたように飛び出した。


 あっという間に箒は上昇し、地面からの距離はだいぶ離れている。高いところから見る景色は絶景だ。遠くに城が見えた。見慣れた街並みや、行き交う人々が小さく動き回っている。誰かの生活を、こうして眺めるというのは不思議な感覚だった。今頃あの城では、殿下の処遇をどうするのか、私との婚約のことも審議されているのだろうかと、他人事のように思った。


 私がこの決断を下さなかったら、きっとまだ私はあそこにいて、苦しい思いをしていたのかもしれない。

 次第に城も見えなくなるほど遠ざかり、知らない街並みが立ち並ぶ。夕日に赤く染まった建物が連なり、街を一望できる。さらに遠くに見える海と空の境目が、煌めきを散りばめたように輝いていた。


「良いじゃろう?」


 魔女は機嫌良さそうにそう言って笑った。まるでこの景色そのものが自分のものだとばかりに、自慢しているようだ。


「そうね、とても綺麗だわ」

「そうじゃろう、そうじゃろう。この時間帯、夕日に染まる景色が一番好きなのじゃ」

「この景色が見れるなら、箒で空を飛ぶのも悪くないわね」


 きっと城の近くを飛んでくれたのは、私の気持ちの整理をするため。最後のお別れの意味も込めて、彼女なりの気遣いだったのかもしれない。

 次第に陽は沈み、空は橙色から紺色へと染め上げられていく。そして、ぽつりぽつりと輝く星々が辺りを照らし始めた。


 暗闇に目が慣れてくると、頭上には満点の星空が見えた。その中でも一際輝く星に目がいく。届くはずもないのに、ふと手を伸ばしてしまう。


「一番星というくらいだもの、やはり特別なのね。必ずどんなものにでも優劣はつけられてしまうのね」


 そんな言葉が不意に口をついて出た。独り言のようなものだった。


「……わしも、随分昔のことじゃが、一番輝くものをを手に入れたいと考えたことがあった。でも、どんなに望んでも、それを手に入れることはできなかった」 


 魔女から返ってきたのは、軽口ではなく、真剣そうな声で話す言葉。そうしてちらりと私のほうを振り向いた。


「今、この景色を見て何を考えた?」


 いつもの少し軽薄そうな話し方ではない。魔女は無駄なことは言わない。この問いかけにも意味があると、私は少し考えてから答えた。


「一番になれなくても、どの星も輝いて綺麗だもの。つまり、それぞれ良さがあると、そう思うわ」


 そんな私の言葉を聞いて、魔女は満足そうに微笑んだ。そして前を向いて箒を操る。


「自分が何を望むのか。それが大切なことじゃよ。周りがどう言うからとか、こうあって欲しいと望まれたとしても、最後に決めるのは自分じゃから。つまり、何が言いたいかというと、グラティアの選択に間違いはないということじゃ。決めたからには迷わず突き進め」

「そうね、ありがとう」


 心の内にあった靄が晴れたような気がした。周りから望まれたことを放り出してしまったことに、多少の罪悪感を抱いていたのだ。魔女に聞いてもらったことで少し気分が晴れやかになった。

 

 星が瞬く。その後私たちの間に会話はなく、空を飛んでいた。初めてみる景色は新鮮で、無駄に何かを語ったりするのも野暮だと思った。

 あのままの暮らしをしていたら、この美しい星空も見ることができなかったのだろう。あのままあの場所に残っていたら、私はどうしていたのだろう。殿下が望むように、人形のように言いなりになって、王妃になったのだろうか。その先に幸せはあったのだろうか。


「もし、じゃよ」


 魔女の声で、考え事から現実に引き戻された。


「もし、ローリーが望まないときはどうするんだい?」


 ——そうだ。勝手に、私の会いたいという気持ちだけで、ここまでやってきた。死者の国まで行くところまではなんとかなったが、ローリーが私の手を取ってくれるのか……それは分からなかった。

 生まれ変わったら一緒になろうと言っても、もう心変わりしてしまっているかもしれない……なんて、少し自信がない。


「貴女の言っていた通り、魔女にでもなんでもなるわよ。そして、ローリーが生まれ変わるまで待ってみるのも良いかもしれないわね」


 私の一途さに呆れたのか魔女はひひっと笑ったのだった。

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