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第08話 なんてありふれてて、なんて素敵なお話なんだ

 日めくりが何枚か破り取られて、クリスマス・イブがやってきた。

 例年通り、僕も家族でケーキを囲んだ。

 例年は「面白うて、やがて悲しきクリスマス」って感じで、パーティの後で部屋に帰ると、寒さと寂しさがタッグを組んで襲い掛かってきたもんだけど、今年はるながいる。少なくとも寂しくなんかはなりようがない。

 でも、当のるなは楽しめているのだろうか。ものを食べないるなは、にこにこしながら僕らが食べるのを見ているだけだ。

 僕はもともと小食なのに加えて、るなの姿が不憫で、ほとんど食が進まなかった。

「おまえはそんなこと、心配する必要はないんだ」

 僕の気持ちを察して、父さんが言った。

「え?」

「例えば、電気を食べて生きている種族がいたとする。その人たちが、おまえがおまえにとって普通の食事を摂っているのを見て、『電気が食べられないのはかわいそうだ』と言って、おまえに無理やり電気を流したらどうなる?」

「……ああ、そうか。うん、そうだね」

「うん。そういうこと。人それぞれってことだな」

 るなのほうを伺うと、目が合った。僕が笑うと、るなも笑った。

 そのとき、呼び鈴が鳴った。

「なにかしら、こんな時間に」

 と母さん。そう言っても夜の七時過ぎで、まだ目くじら立てる時間じゃない。

「僕が行ってくるよ」

 母さんを制して僕は席を立った。

 扉越しに呼びかけると、相手は宅配便だと言った。

 鍵をはずして玄関扉を開くと、緑と黄土色のジャンパーを着た若い男が、大きさの割には薄い箱を持って立っていた。僕宛だと言ったが、記憶がない。

でも、「NESSIN」という箱のロゴを見て、これの中身がるなの服だってことに気がついた。注文者の名は僕にするしかなかったけど、実際の作業はすべてるなにやらせたので、不覚にも忘れてしまっていたのだ。

 受け取りの印を押して、代引きの一万円払うと、男は頭を下げながら扉を閉めた。 

「るな、ちょっとおいで」

 居間の、引き戸の陰に隠れるようにして、僕はるなを呼び出した。

「うん?」

 微量の戸惑いを含ませた笑顔で、るなは僕について二階に上がってきた。

 部屋に入っても、僕はそのまま窓際まで進み、充分もったいぶってから振り返った。

「ほら、るな、こんなの来たぞ!」

「わぁ、もしかして、私の服?」

「いいから早く開けてみろ!」 

「……ほんとに箱に入ってくるんだ!」

 妙なことに感心するんだな。

「あ、開けても……いいんだ。ふふ、嬉しいな。えっと、このテープを……」

 るなは大切そうにテープをはがし、箱を開くと、僕にも聞こえるくらい大きく息を呑んだ。目をキラキラさせながら無言でワンピースを取り出し、シーリングライトにかざすと、そのまま固まった。

「………………」

しばらくその姿をほほえましい気持ちで眺めていたが、次第に間が持てなくなり、気づいたら僕は、ネッシンの箱を物色していた。

「……ん?」

 納品書のほかに、「お詫び」と題する紙が一枚入っていた。

 品質向上のため素材の変更を行ったせいで、商品を用意するのが遅れた。だからお詫びとして試作品の靴下を数足同封した。要約するとこんな感じだった。

 僕はそれを読んで、思わず笑ってしまった。

 荷物が遅れて笑うなんて変だけど、そのせいで偶然、この服はクリスマスイブに届けられた。だから、図らずもクリスマスプレゼントになってしまったんだ。

 これでるなもクリスマスを楽しむことができる。神様も粋なことをするじゃないか。

「るな、おまけつきらしいぞ。これ、靴下」

 るなは僕が声をかけるまで固まっていたが、はっとわれに返った。

「……あ、靴下? 履いてもいい?」

「当たり前だろ、おまえのなんだから」

 僕はここで言葉を切って、立ち上がった。

「じゃ、僕は下に降りてるから、着替えて降りて来い? 父さんと母さんにお披露目だ」

 るなの頭をひと撫でして、部屋の出口に向かって歩きだす。

「うん」

 僕が部屋のドアを閉じ終わるまで、るなは僕のほうを向いて微笑んでいた。

 十分後、るなは居間の引き戸をノックした。父さんと母さんは不思議そうな顔をしたが、僕は説明せずに声をかけた。

「入っておいで」

 しゅっと引き戸が開いて、るなが居間に入ってきた。

「おお!」

「まぁ!」

 ふたりが感嘆の声をあげるのを、僕はわがことのように鼻高々に聞いていた。

 確かに、新しいワンピースは、るなには地味すぎるかと思ったけど、予想外に似合っていた。地味な色合いの服を着ることにより、逆に女の子らしい柔らかな曲線が強調されている。サイズも誂えたようにぴったりで、今まで着ていた、丈夫なだけがとりえのような堅苦しい服よりずっといい。

 汗だくになってサイズを測った甲斐があったってもんだ。

「えっと、似合う、かな?」

 後ろで手を組んで、もじもじしながらるな。

「似合う似合う。めちゃくちゃ可愛いぞ。馬子にも衣装……の逆って感じ。着る人がいいと、地味な服も、すっごくよく見える!」

 ボキャブラリーのなさが辛い。なんて言うんだろ、こういうとき。

「うん。馬子にも衣装は『公家にも襤褸』とセットの言葉だけど、これはボロを着ると偉い人でもみすぼらしくなるって意味だから、意味的な逆だな。今回は立場的な逆ってことだから、るなが衣装で、服が馬子と考えればいいわけだ」

 父さんがわけの分からないことを言って、ひとりで納得した。

「へぇ、総司郎が買ってあげたんだって? けっこういいお兄ちゃんしてるじゃない?」

 母さんが意地悪そうに言って、片目をつむった。

「後ろはどんな感じ? 変じゃない?」

 るなが頬を赤くして、照れながらくるりと一回転した。

 髪がふわりと舞い、隠れていた肩甲骨の辺りがあらわになった。そこには、レースで縁取られた、翼を模した白い刺繍があった。

 聖夜に天使が舞い降りるなんて、なんてありふれてて、なんて素敵なお話なんだ。

「とってもいい。まるで本物の天使みたいだ!」

 るなは調子にのって、続けざまに回った。そして何度目かにバランスを崩し、ソファに腰掛けていた僕に倒れかかった。

 るなの顔が、コマ送りのように僕に近づいてきた。

 え? これって走馬灯?

 僕は覚悟した。人間よりかなり重たいるなが、そこそこの勢いでぶつかってきたのだから、ちょっとくらいの怪我はするだろう。下手をすれば、本当に走馬灯になるかも。

 でも、予想に反して僕の頬には、柔らかいものが軽く触れただけだった。

 僕は、その行為が故意に行われたことと、その行為の名称は「頭突き」ではなく、香澄ちゃんが言うところの「ムーチョ」なんだということに気づいた。

 その唇は、僕の頬から離れる瞬間に、僕だけに聞こえるような声でつぶやいたからだ。

「お兄ちゃん、ありがとう」と。


 パーティが終わり、去年までと違ったふわふわした気分で部屋に戻る。でも、マックスには5パーセントほど足りない感じ。

 例えるなら、リーチ平和一通の六、九萬待ち聴牌で、九萬ならイーペーコーがつくのに六萬でロンしちゃったみたいな。点数は変わらないんだから、どうせなら九萬振り込めよっていう、贅沢な希望。

 わかってる。5パーセントの正体は、わかってる。

 そのとき、僕の携帯が間の抜けた音楽を奏で始めた。

まさかもしやと胸の高鳴りを抑えつつ携帯を取り出すと、液晶画面に表示された名前は「香澄ちゃん」だった。彼女のことを考えたとたん電話がかかってくるなんて、ちょっと運命を感じてしまう。

「ソーシロ、メリークリスマス! 楽しんでる?」

「う、うん。まぁ。あ、あのさ、今ちょうど香……」

「初詣の予定は決まってる? 決まってなかったら一緒に行こう?」

「あ、うん。もちろん決まってないよ。当たり前だよ!」

「じゃ、八幡様の鳥居んとこに一時に集合。もちろん年越し直後の夜中の一時だから、間違えないよーに。あと、鳥居は一緒にくぐるんだからね? 抜け駆けしちゃだめだよ?」

「う、うん。わかってる」

「質問がなければ以上。解散!」

 質問する時間も与えてくれずに、香澄ちゃんは電話を切った。

 香澄ちゃんからの電話はいつもこうだ。びっくり箱みたいに始まって、掃除機のコードみたいに終わる。効果音をつけるなら、ビヨーン、シュルッて感じ。まぁ、特に質問はなかったから、別にいいんだけど。

「学校の人から?」

 いつの間にかパジャマに着替えたるなが言った。パジャマはピンクに水色のチェック模様で、地味なワンピースとは正反対の雰囲気だ。

「うん。残りの5パーセントだよ」

 たたんだワンピースを手にしたまま、「ん?」という顔をして、るなは首をかしげた。

「いや、こっちの話。今年はるなのおかげで、楽しいクリスマスだったよ」

「そうなんだ? お役に立てまして、光栄です」

 るなは前で手を組み、丁寧にお辞儀をした。そして、自分のしぐさがおかしかったらしく、照れたように「ふふっ」と笑った。

「うん。去年までは3人だったから、クリスマスっていってもさ、ちょっと豪華な普通の晩御飯って感じだったんだよな」

「…………」

 当然あると思っていた返事は、いつまでたっても帰ってこなかった。

「るな?」

「……私、来年も」

 るなが目を細めたまま、僕を見上げて言った。

「え?」

「ううん。……ずっと、ここにいられたらいいなぁって」

 僕はなにも言えなかった。

 言えるはずがない。るながモニター期間終了後もここにいられるかどうかは、るなの意思に関係なく決まる。だから、るなに「ずっとここにいろ」なんて言っても仕方がない。そんなことを言っても、苦しませるだけだ。

 僕がいいお兄ちゃんになって、優秀賞を取ればいいことだ。それだけのことなんだ。


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