最終話 だから香澄ちゃんは、もうすぐ目を覚ます
パソコンの調子が悪くて更新遅れました。
今回でこの話は、ひとまずおしまいです。
六月下旬のある日曜日、僕は、一本のゲームソフトを持って、香澄ちゃんの病室を見舞った。そのゲームソフトというのは、もちろんあれだ。
レジ袋からアルブラⅧを取り出すと、眠り続ける香澄ちゃんの目の前にかざした。
「ほら、香澄ちゃん。香澄ちゃんが言ったとおりアルブラが出たよ」
るなが戻ってきて、アルブラが発売されて。後は香澄ちゃんが目を覚ますだけなんだ。それが叶えば、僕はもう何もいらない。前に香澄ちゃんが言ったみたいに、不運なだけの人生でも構わない。
「発売日に買って早解きするって言ってたじゃないか」
ベッドサイドで、眠ったままの香澄ちゃんに語りかけていると、香澄ちゃんのお母さんが、80サイズくらいの段ボール箱をガシャガシャいわせながら病室に入ってきた。
箱に入っていたのはパワスタ2だった。
それも、アホオクで超プレミアがついている、ゲームマニア垂涎、百台限定のチタニウムフィニッシュシャンパンゴールドのやつ。目がくらむほどのまばゆさだ。
「ふおぉ。それをそんなふうに粗末に。香澄ちゃんが怒るんじゃないですか?」
「大丈夫ですよ。香澄の大佐専用カラーの赤は故障してるみたいですから、あたしの大尉専用カラーを持ってきました」
そう言って、お母さんは病室備え付けの五十五型液晶テレビにパワスタ2をつなぐと、早速アルブラを始めた。なんと私物ですか。
「そーしろさん、こっち来て一緒に……あら?」
僕の陰から、おずおずとるなが顔を出し、ぺこりと頭を下げた。
「今日は妹を連れてきました」
「こんにちわ。江川崎るなです」
もう一度頭を下げる。
るなが「江川崎」の姓を名乗ったのはこれが初めてだったので、とてもくすぐったい感じがした。香澄ちゃんが僕の姓を名乗ることになったら、きっとさっきよりずっとくすぐったくて、ずっと嬉しい気持ちになるに違いない。
「こんにちわ。るなちゃん? こっち来て、一緒にアルブラしない?」
ソファに座ったまま、お母さんが手招きする。
「あ、はい。ご一緒します」
るなは答えて、いったんお母さんのほうに踏み出そうとしたが、香澄ちゃんのほうにきびすを返すと、ベッドに向かって深く頭を下げた。
「お菓子食べない? なんだか知らないけど、毎日のようにいろんなものが届けられるの。それもロハで。太ると困し、残すのももったいないから、手伝ってちょうだい?」
「あ、すみません。こいつアレルギーひどくて、特別食しか食べられないんです。な?」
るなに目配せする。
「あ、はい、そうなんです。せっかくなのに、ごめんなさい」
「まぁ、それは残念ねぇ。人生の七分の二くらい損してるわ」
妙に具体的な数字。
「代わりに僕が食べますから」
小食の僕だけど、今日はがんばって食うぞ。
「……あらやだ、こんなにおっきいテレビだと、さすがにパワスタ2じゃ力不足ねぇ。粒子が粗いったらないわ。早く3が出ないかしら。ねぇ、そーしろさん?」
「そ、そうですね。Ⅸはパワスタ3でしょうね」
お母さんと香澄ちゃんがそっくりすぎて、なんだか、二十年後の香澄ちゃんを見てしまったみたいだ。いくら二十年後の美貌が約束されているとはいえ、先の楽しみがちょっと減った気がした。
だから今度は、僕と一緒に、この姿になっていく香澄ちゃんを見たい。
ちょっとくらい寝坊してもいいから、必ず目を覚ましてよ。ね?
「最近は、目蓋がぴくぴく動いたりすることもあるんですよ。お医者様が言うには、目を覚ます兆候かも知れないんですって。……まぁ、ここで賑やかにアルブラやってたら、我慢できなくなって、そのうち目を覚ますでしょ」そこで言葉を切ったお母さんは、香澄ちゃんのベッドに向かって後を続けた。「こら香澄ー、あんまり起きないと、お母さん、そーしろさん食っちゃうぞー?」
こともなげに言って、お母さんはランバーを引き連れ、意気揚々と魔の山に向かった。
「お兄ちゃんが、食べられちゃうの?」
るなが眉を八の字にして首をかしげる。
「大丈夫だよ。冗談だから」
「なんだ、冗談かぁ」
るながほっと息をついて笑った。
そう言えば香澄ちゃんも、僕が牛だったら、もったいないから食べるって言ってたな。
いったいなんて説明すりゃいいんだって困るようなことを、サラッて言っちゃうとこなんかも、母娘そっくりだ。
まぁ、後半はともかく、前半には僕も同意見だ。僕もそう信じてる。
月が空に現れたら、遠くない未来に、太陽が水平線に顔を出す。そんなこと子供でも知ってる。
だから香澄ちゃんは、もうすぐ目を覚ます。
たぶん。
きっと。
絶対。




