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第02話 女の子が拘束されていた

 自宅に帰ると、我が家の周囲は人だかりができていた。

『なんだこれ?』

 首をかしげながら家に近づくと、トレーラーとクレーン車、そして黒塗りの高級車が僕の家の前に停まっていた。

「クレーン車?」

 見上げると、クレーン車は二階の僕の部屋に1×1×2メートルくらいの、棺おけよりひとまわりでかい直方体の物体を運び込もうとしていた。

 あの形には見覚えがある。そうだ、工事現場なんかでよく見かける……

「仮設トイレ!?」

 なんだそれ? なんでそんなものが僕の部屋に運び込まれようとしているんだ?

 あわてて周囲を見回すと、「オーライィ、オーライィ」などと語尾をだらしなく伸ばしつつ、気だるげにクレーンに指示を出している若い男がいた。直ちに問いただしてみる。

「なんですか、あれは?」

「無理っす。うぇーぃ。無理」

 だめだ。満月時の悪魔のごとく会話が通じない。

 こうなったら自分の部屋で迎え撃つしかないと思い、人込みをかき分けて門にたどり着くと、父さんが門柱に寄り掛かるようにして仮設トイレを見上げていた。

「お帰り総司郎。お客さんが来てるよ」

 僕に気づくとにっこり笑ってそう言った。

「なんでそんなに落ちついてるの」

 父さんの横を通り過ぎながら答える。自分の城に、とんでもないものが運び込まれようとしているのに。人がいいにもほどがある。

「それにしても客って……」

 まっすぐに自分の部屋に向かう。

 タイミング的に客と仮設トイレが無関係だとは思えない。なら、客は僕の部屋にいるのだろう。枕詞に「招かれざる」って付くような類の客が。

 階段をひとつ飛ばしに駆け上がる。

 思い切り部屋のドアを開けると、クラッカーが鳴り響き、続いて、

「おめでとうございまーす!」

という男女混成の声が降ってきた。

「……おめでとう?」

 言葉の意味を咀嚼しながら、恐る恐る目を開け、身体を起こす。クラッカーの音に驚いた僕は、思わず頭を抱えてうずくまってしまっていたのだ。

「厳正なる抽選の結果、江川崎総司郎様、あなたがモニターに選ばれました。私は商品の説明に参りました、住良木と申します」

 住良木と名乗った女性は、苗字と携帯電話の番号だけが書かれた、うさんくさい名刺を差し出した。こんなに情報量の少ない名刺なんて、初めて見た。

 住良木は胸くらいまでの長さの黒髪を左右に分けた二十代なかばと思われる美人だが、化粧が濃いせいか、なんとなくずる賢そうに見える。身に着けた白衣と、インテリぽい黒縁めがねが相まって、医者とか科学者の雰囲気も漂っている。

「モニター?」

「そう。モニターモニター、モニターモニター」

 口々に言ったのは、僕と住良木の周りをくるくる回っている二人の男だった。

ひとりはやせ形で、身長は僕と同じくらい。もうひとりはいわゆるビアダル体型で、身長は普通だけど、体重は僕と同じくらいありそうだ。年齢はどちらも三十代なかばくらいだろうか。揃いの黒いスーツを着て、サングラスをかけている。

「……この方々は?」

「私の助手ですわ。細いほうが宇内、太いほうが定井と申します」

「助手、ですか」

 現時点では賑やかしにしかなっていないので、小規模宣伝業者かと思った。

「なお、伊達や酔狂で踊り狂っているわけではありませんので、誤解のなきよう」

 住良木の問わず語り。

「別に賑やかしだなんて……」思っていました。すみません。

「……失礼しました。よく誤解されますので」

 よく?

 よくってことは、あちこちでこの、アフリカの原住民が獲物の周りを踊りながら神の恵みに感謝するかのようなコレをやってるわけか?

 なぜ?

「彼らはこの部屋の強度確認をしているのですわ」

「……強度確認?」

 僕はピンと来た。なるほど、そういうことか。

 僕の頭の中に、リフォーム詐欺とか、耐震補強詐欺なんて言葉が次々と浮かんできた。この部屋に仮設トイレを持ち込もうとしていることも、これで説明がつく。不足なら懸賞当選詐欺を加えたっていい。パソコンのメールボックスにも、その手の当選通知メールが毎日山ほど届くけど、直接来るなんていい度胸してる。

 まったく、父さんめ、とんでもない奴らを招き入れたもんだ。あの人の警戒心のなさは、禁治産者に指定してもいいくらいだな。

「……えっと、あのですね、ウチの父親がなんと言ったかは分かんないんですが、我が家にリフォームとか、耐震補強は必要ありませんので……」

「やはり誤解なさっている」

 住良木が、食い気味に答えながら、鋭く僕を指差した。

「我々は建設会社や工務店ではありませんので、リフォームも耐震補強もいたしません。ただ、これを運び込むために、強度確認を行っていたのです」

 そう言って指差した先には、今まさに窓をくぐって室内侵入を果たしつつある仮設トイレがあった。これが横倒しになって部屋に入ってくる姿は、「ゴゴゴ」とか「ズズズ」っていう重低音の効果音がお似合いな雰囲気で、宇宙を往くモノリスかスターデストロイヤーか超弩級戦艦かって威容だ。

 ところで、これって、横倒しにして大丈夫なんだろうか?

 それに、今は空っぽかもしれないけど、出すときはどうするんだ?

 ……想像したくない。

 て言うか、使うつもりなのか僕は?

「これの全備重量は約二百三十キログラムございます。我々三人の体重も、合わせて二百三十キログラム。これで、強度確認の意味がお分かりになったでしょう?」

 僕は軽く頷いた。

「つまり、これをこの部屋に置く、と」

「さようでございますわ。なお、我々三人の、二百三十キログラムの内訳を知りたいなどと仰る坊やは、速やかに何者かから死を賜りますわよ」

 住良木が紅い唇の端をくっと吊り上げた。

 いや、別に知りたくなんかありませんが。と思いながら、僕は苦笑いをした。

 しかし、工事をしないのに仮設トイレを運び込むって、本末転倒もいいとこじゃないのか?

「工事をしないのに仮設トイレを運び込むって、本末転倒もいいとこだ。そう思われましたね? 江川崎様?」

「住良木さん? あなた、超能力者かなにかですか?」

「いえ、これもまた多くの方が誤解される部分ですので。あらかじめ申し上げておきますが、これは仮設トイレではございません」

「ええっ?」

 さんざん気を揉まされた挙句に「あらかじめ」なんて言われても、ちっともあらかじめじゃねぇよくらいしか感想はなかったけど、僕は素直に驚いた。

そう言われてみると確かに、その箱からは嫌な臭いはしない。それどころか、トイレの芳香剤より上等な、花のような匂いがしている。

「はい、オーライィ!」

 ついにその箱が、畳を軋ませながら部屋の一角に立った。

「ここでいっスかぁ?」

 双子なんだろうか? 下で「無理っス」とか言ってたやつと、髪の色以外、容貌もしゃべり方もそっくりな男が言った。

 ここでいいかどうかの前に、僕の部屋に置いていいかどうかを聞いてほしかったけど、どうせ会話にならないんだろうなぁと思いつつ、僕は「まぁ」とあいまいに答えた。

その場所は東南角で日当たりがよく、僕の部屋では一等地だったけど、押し入れにも出入り口にも僕の机にも邪魔にならなくて、コンセントに届く場所がここしかなかったのだ。

「……コンセント?」

 そう言った僕の目の前で、確か宇内といったと思うけど、細いほうの男が、箱から出ているプラグを壁のコンセントに挿した。

 箱がわずかに振動し、扉に何の意味があるのか分からない緑のLEDが灯った。

「主任、充電は終わってるようですぜ」

 住良木は細いほうの男に向かって軽く頷くと、僕に向き直った。

「ご心配なく。常時接続しておいても、電気代は一か月五百円程度ですわ」

「心配なくと言うのなら、なにがコンセントにつながって、なんの効果があるのか、まずそれを教えてほしいもんですけど」

「ごもっともの質問ですわ」

 そこで言葉を切った住良木は、念を入れるように扉のLEDを確認すると、

「では、実際に扉を開けて。中をご覧になっていただきましょう。……どうぞ」

 と、箱に向かって腕を差し上げた。

 僕はためらった。

 使うつもりのないトイレを開けるのは、なにか気が引ける。というか、用もないのにトイレの扉を開けるなんて、バカのやることだ。不幸にして前の使用者のOBの痕跡などを発見しようものなら、もともと小食なのに、ご飯が食べられなくなってしまう。

 いや、トイレじゃないと言ってたから、もしかしたらトイレじゃないのかも知れないけど、それは、見れば見るほどトイレなのだ。

 そもそも、モニター当選と、たいして広くもない部屋に、この変な二百三十キロの箱を運び込まれることと、なんの関係があるっていうんだろう? そしてそれを僕が開けなきゃならない理由ってなんなんだ?

「ううう」

 なんの因果でと自問しつつ、ドアノブをつかむ。

 どう見ても簡易トイレのそれのような扉の中央には、剣の周囲にSが4個書かれたマークが付いている。何のマークなんだろう。その場しのぎにどうでもいいことを考える。でも、僕がここを開けない限り、話が進まないようだ。

 ぺらぺらの薄い鉄板が使われていると思っていたのに、予想より重厚そうな手ごたえ。三人の視線を感じながら、えいやっとばかり、扉を開いた。

 そしてすぐに閉じた。

「いかがなさいました?」

 住良木が、腹立たしいほどのんきに答えた。

「トトトト、トイレじゃないですか! やっぱりこれ!」

「なにか、ご覧になられましたか?」

「ななな、なにかって、この中身はご存じなんでしょう?!」

「存じております。ですから、どうぞと申し上げました。……どうぞ」

 住良木は再度、箱に向かって、今度は両腕を差し上げた。

「どうぞどうぞ」

 宇内と定井も、同じように両腕を上げる。

「どうぞって言われても……!」

 口ではそう言ったけど、本当は、僕は中のものに興味があった。

 もう一度ここを開けたいと思った。そして、さっきは一瞬だけしか見られなかった「あれ」を、とてもきれいだった「あれ」を、もう一度見たいと思った。

 だから僕は、ドアノブから手を離さなかった。「じゃあ、もうけっこうです」なんて言われないように、ずっと握っていた。

 今度は静かに扉を開く。

 そこには、さっきと同じ姿のままで、女の子が拘束されていた。

洋式便器に座った状態で、膝の上に手を置いて、夢を見ているような顔で目を閉じている。長い黒髪が細い肩で前後に分かれ、胸の下のあたりまで伸びている。

街で見かけたら間違いなく二度見するだろうと言い切れる、とびっきりの美少女だ。

 が、困ったことに裸で、数箇所をベルトで固定されており、犯罪感満載の姿だった。

「ど、どうしてこの子、裸なんです?」

 目を覆いながら、少し指を開いて透かし見るのはお約束だ。

「最後の組み立ては、ユーザーの方にお任せすることにしておりますので」

 至極当然の答えであるかのように、住良木が答えた。

「……組み立て? ユーザー?」

「はい。本日お届けに上がったのは、彼女を含むSIS・SYSユニット一式です」

「しすしすゆにっと?」

 住良木はこくんと頷きながら、便器状の椅子を指さした。そこにも例の、扉の中央にあったのと同じマークがあった。

 よく見ると確かに、SIS、SYSと二列に書かれている。剣に見えたのはIとYが縦に重なったものだったが、もしかしたら実際、剣に模しているのかもしれない。

「彼女を含むってことは、もしかして……」

「いかにも、彼女はガイノイド。一般的にはアンドロイドと呼ばれている存在ですわ」

「……!?」

 僕はまじまじと少女を眺めた。

 その顔は、成型時のバリも、変なテカりも、粉っぽさも、不自然な皺もなく、ネットでときどき見かけるメソポタミア工業のドールより、ずっと人間ぽく見えた。

というか、そう聞かされてなお、人間にしか見えない。

 かわいい女の子のことを、「お人形さんのような」と形容するけど、この、人間にしか見えないアンドロイドを、なんと形容すればいいのだろう。

 特に皮膚感はすごい。肌が単なる肌色ではなく、この皮膚の下に肉が息づき、血が通っていることを想像させる。そしてこの、求肥餅のような絶妙の透明感はどうだ。

「どうですか、この美しさ。皮膚には、ランダムに色調を変化させたテクスチャーを数枚重ね貼りして、その上を極薄の半透明シリコンで覆ってあります。これによって自然な肌色と透明感を実現できたのです」

 僕が少女の肌に見とれていたのに気付いた住良木が、すかさず説明を加えた。でも、僕のためと言うより、自分が説明したくてたまらないだけのようにも見える。

「まさに日本の匠ならではの芸術品! これが現在考えうる技術の粋を集めた妹型アンドロイドの決定版。SIS・SYS004シリーズのプロトタイプなのですわ!」

 最後はたまらずにポーズをとった。やっぱり言いたがりだったんだな、この人。

「……あの、なんで妹なんです? 娘とか恋人とか、メイドさんとかじゃなく、妹じゃないといけない理由ってあるんですか?」

「もちろんございますとも!」

 住良木は音がしそうな勢いで振り返ると、「得たり!」といった顔で僕を指差した。なんか、面倒なツボを押してしまった気がする。

「江川崎様は、このような経験をされたことはありませんか? 漫画や小説、ドラマにのめりこむと、あたかも自分が主人公になっているかのような気持ちになり、例えば5歳の幼児が主人公なら5歳に、例えば80歳の老人が主人公なら80歳になったような気分になることが!」

「ご、5歳や80歳が主人公の漫画やドラマは見たことがありませんけど、言わんとしていることは分かります」

「ご明察ありがとうございます」

 住良木はちょっと皮肉っぽく礼を述べると、後を続けた。

「SIS・SYSは、そういった書物や映像より能動的に、ユーザーの心身に変化を与えるシステムなのです。例えば80歳の老人が、彼女に『兄』と呼ばれ続けているとどうなるか分かりますか? たとえ肉体が老人であろうとも、彼女が本来兄と呼ぶべき世代へと精神的な若返りをし、それが次第に肉体へとフィードバックされるのです。江川崎様は妹でなくてはならない理由をお聞きになられましたが、ひとつめの理由といたしまして、ごく自然に同世代であることを条件に織り込めることがあげられます。歳の離れた娘や恋人はこの世にはあまたと存在しますので都合が悪うございますが、これが妹となりますと、同世代であることが必須。これこそが、妹でなくてはならない理由なのです!」

「はぁ」

 わかるような、わからないような。

「このシステムの良いところは、薬を使用しない若返りだということです。もともと何も投与されていないのですから、副作用など起こりようがございません。病は気からと申しますが、逆もまた真なり。これこそ、なにより素晴らしい不老のプラシーボ! おお、スパシーボ!」

自分の言葉に酔ったのか、住良木は最後にみょうなダジャレを口走った。もしかしたらロシアンジョークってやつなのかもしれない。

「おわかりでしょうか。そういった意味での『癒し』なのですわ。決して性的なものではございませんので、肉体的に疲労することもなく、ご老人にも優しい。なにしろ、妹なのですからね。これがふたつめの理由です」

 そこで言葉を切った住良木は、念を押すような口調で続けた。

「そういうわけで、今回江川崎様にお願いしたいのは、この子に愛情を持って接していただくこと。ただし、あくまでも節度を持って。それだけです」


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