第14話 第六回アルブラⅧどーなるの会議っ!
「第六回アルブラⅧどーなるの会議っ!」
二月上旬のある日の放課後、僕を学食に呼び出し、興奮気味に香澄ちゃんは言った。
「新しく出た情報は、けっこうストーリーを深くえぐってると思うのよね!」
「ああ、あの、『勇者と魔王の間にある宿命』ってやつね」
「そう、あれよあれ!」
香澄ちゃんは大げさに頷きながら、ばんばんとテーブルをたたいた。
「ありがちなシチュだと思うけどなぁ。それに、勇者と魔王がもともと知り合いだったとかいうと、ご近所同士のケンカみたいに、スケールが小さくなったりしそうな気がするんだけど」
「浅いわソーシロ。激浅と言ってもいい。『ご近所同士の関係』と『倒すべき敵としての関係』。このふたつの関係が、ダイヤモンドの共有結合のようにストーリーを強くするんじゃないの。スケールなんて、ただ大きくてはんぺんみたいにぶよぶよしてるより、小さくてもスジ肉みたいにガチっとまとまってるほうがいいに決まってるのよ!」
テーブルをたたきながら、香澄ちゃんは立ち上がった。たとえがはんぺんとスジ肉なのは、あちこちに貼り出してある、おでんのメニューが目に入ったからだろう。
「……それに、あたしは『宿命』って言葉が好きなの。……例えば、あたしとソーシロの出会いは、宿命の出会いだったわけだしね!」
香澄ちゃんは立ったまま、僕の顔を覗き込んで笑った。
「運命の、じゃなくて?」
宿命の、って言うと、どう穏便に推移したとしても、後で戦いに発展しそうな雰囲気があるんだけど。
「間違いなく、宿命だよ。運命なんて、でっかい川を、ほかの人と一緒に、イモ洗いっぽく流されてくって感じじゃない? そんなときにたまたま手が触れあった相手と結ばれるのって、藁をもつかむってのと同義語だよね? そんなのカッコ悪いよ。その点、宿命っていうのは、命に宿る運命ってことでしょ? だったら、誰のものでもない、あたし専用ってこと。この体に宿った、あたしの命でしか扱いきれない特別製なの!」
そこで言葉を切ると、香澄ちゃんは自分の左胸をぱしっとたたいた。
「だから絶対、あたしは宿命がいい!」
「ああ、なんとなく分かったよ。なんとなくだけど」
なんとなく納得できるような、できないような。
「運命的な出会いってさ、突然降って湧いた感じがして、ドラマだと『ご都合主義だーっ』て言われかねないでしょ? そもそも運命なんてものはさ、バカなカップルが、たまたま会った異性と気が合って結ばれたりなんかしちゃったことにのぼせあがって、後付けで運命だなんだって言い張ってるだけなのよ。RPGで自分が動けば画面も動くから、あたかも自分が世界の中心にいるかのように感じてしまうのと同じ。錯覚なのよ、錯覚!」
腕を組みながら、どっかと椅子に座りなおした。
「……でも、宿命は違うわ。キッチリ伏線が引かれてて、ドラマの視聴者にも『あ、こいつら出会うな』って期待を持たせて、その通りになる感じじゃない? 要するに、出会うべくして出会ったってことなのよ」
「僕にそんなネタ振りとか、前触れなんてのはなかったけどな」
「そりゃそうよ、そこは神様しか知らない隠しパラメータみたいなもんだもの。ドラマの視聴者はこの場合神様なわけ。ソーシロは可愛い子と出会いたいって思ってたし、あたしは強い、または見た目が強そうなボディーガードが欲しいと思ってたわけよ。そしてふたりは出会った。これが宿命でなくてなんなの!」
「可愛いとか、自分で言いますか」
毎度のことだけど、思わず苦笑い。
昼間生温かい風が吹いていたと思ったら、夕方から雨が降り出した二月中旬のある日。僕が家に帰ると、るながニコニコしながら待っていた。
「……? どうかしたのか?」
両手を後ろに回したまま、上目遣いでくねくねしている。かと思えば、急に、
「お兄ちゃん、私のこと、好き?」
などと言い出した。
「え?」
「可愛いって言ってくれたことはいっぱいあるけど、好きって言われたことはないから」
確かにそうだったなぁと思いつつ、でも改めて「言え」といわれると照れるし、そもそも「好き」って、妹に言っていい言葉なんだろうか?
でも、「可愛い」はもう何度も言ってるし、ぼくがるなを「好き」だってことは、動かしようのない事実だ。ここは素直に認めてしまうべきだろう。
「いや、その、まぁ。……好き、だよ?」
「あは、嬉しいな。じゃ、これあげる」
るなが差し出したのはチョコレートだった。そのときになって僕は、「ああ、今日はバレンタインデーだったんだな」と気づいた。
「あ、ああ、ありがとう」
バレンタインデーのチョコレートをもらったのは初めてだけど、「好き」って言わせておいて「じゃ」って差し出すのは、順番としておかしい気がした。
でも、嬉しいことには違いない。
僕の心には、るなにチョコレートをもらえた嬉しさと同時に、「香澄ちゃんにはもらえなかったんだ」という寂しさも訪れたが、僕は、僕の心の中でがっくりとうなだれている僕に向かって、心の声を張り上げた。
例え香澄ちゃんに好かれていたとしても、香澄ちゃんがもじもじしながらチョコレート差し出すシーンなんて想像つかないだろ? あの人が、そんな当たり前のことするもんか。そんなの、むしろがっかりってもんじゃないのか?
それに、妹にチョコレートをもらえたってことは、誇ってもいいことなんだぞ。だって、世の中に女は星の数ほどもいるけど、妹はたった一人しかいないんだからな。つまり僕は、妹の百パーセントからチョコをもらうことができた男なんだぜ! すげぇぜ!
「うん。すごく嬉しいよ。僕はおまえが大好きだ、るな」
心の中に同時に出現した嬉しさと寂しさに折り合いをつけた僕は、はっきり答えた。
「私も、お兄ちゃんのこと、……大好きだよ」
言って、るなは頬を赤く染めた。
「でも、おまえ、よくバレンタインデーなんて知ってたな。またネットで調べたのか?」
「ううん。それくらい知ってるよ。女の子だもん」
「あ、そうだな。ごめん」
そりゃそうだ。あんな面倒くさい料理のレシピを知ってるんだから、それくらい知ってても不思議じゃないよな。
「これ、どうやって買ったんだ? 母さんと?」
「……ううん。その、……ひとりで」
るなは言いにくそうに、口ごもりながら答えた。
ひとりで? ひとりで外に出たっていうのか?
「ば、ばかやろうっ! ひとりで出歩くなって言ってあっただろう!」
「ご、ごめんなさい……」
伸ばしたバネが一気に元の形に戻るような勢いで、るなが身を縮めた。
今日の昼の気温はどうだっただろう?
息が白くなるような気温だっただろうか?
やっぱりあのことを言っておけばよかったのか?
僕は頭をかきむしった。
そうだ、るなは悪くない。僕がるなの息が白くならないことに気づいたことを言わなかったから、るなの処遇は、少なくとも表向きは、お正月に母さんが提案した「近所の人に聞かれたら『親戚の子』と言い張る」のままで、るな本人の認識もそのままなんだ。
だから、「ちょっとくらいいいだろう」って思ってしまうのも仕方のないことで、そういう曖昧さも、思考が機械的じゃない証なのだろう。
「……怒鳴ってごめんよ、るな」
頭に手を置くと、るなはびくんと痙攣して、瞬間的に、さらに身を縮めた。
「僕へのプレゼントを、僕と一緒に買いに行くのは変だって思ったのか?」
「……うん」
るなは俯き、身を縮めたまま答えた。
「そりゃそうだな。それは分かるけど、おまえのことがほかの人に知られたら、おまえはここにいられなくなっちゃうんだぞ? それでもいいのか?」
こんな陳腐な問い詰めかたはしたくなかったけど、息が白くないことは言っちゃいけない気がした。だからこれ以外に言い方が思い浮かばなかった。
「嫌だよ。そんなの嫌だ……」
「僕だっておまえと離れるなんて嫌だ。ずっと一緒にいたい。だから、僕のためだって思うのなら、そんなことしないでくれ」
僕が頭に載せた手を、撫でるようにスライドさせると、るなはやっと顔を上げた。
「うん。わかった。……ごめんなさい」
「よし。るなは聞き分けがいいな。お兄ちゃん、もっと好きになったぞ」
怒鳴って、謝って、なだめて、お前のためだと諭して、納得させる。
束縛したがりのDV男みたいで、自分がちょっと嫌だった。
でも、いい子のるなが言いつけを破るなんて、よほどチョコレートを買いに行きたかったってことなんたろうな。