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第11話 ほほー、腹違いの異父兄弟かぁ

 年が明けてすぐに訪れる参拝者と、夜が明けてから訪れる参拝者との、ちょうど境目の時間だったらしい。境内の人影はまばらで、僕らの順番はすぐにやってきた。

 るなは、真剣な顔で手を合わせ、目を閉じている。

 どんなお祈りをしているんだろう。とても気になる。

 でも、もしも「人間になりたい」なんて切ない願いだったら、僕は泣いてしまうかもしれない。だから聞かないことにした。

「お兄ちゃんは、どんなお願いをしたの?」

 聞かないつもりだったのに、向こうから聞いてきてしまった。父さんがあんなことを言ったから、ほかの人の願いごとは聞かなくちゃいけないんだって思ったのかもしれない。

 困ったな。これに答えたら、るなのも聞いてやらなきゃ不自然になる。

「えっと、僕は……」 

「あれー? 江川崎?」

 右斜め前から話しかけてきたのは、中学校時代の同級生、伊藤だった。グッジョブだぞ、なんていいタイミングなんだ。

「あ、ハナオ、久しぶり!」

 僕はその偶然に身をゆだね、呼びかけに応えるべく、素早く右手を上げた。

 伊藤というのは世を忍ばぬただの本名で、同級生の男子からは、もっばら「ハナオ」と呼ばれていた。理由は明白で、顔のほかのパーツに比べて鼻がやけに大きく、顔の中心で存在を主張していたからだ。

「同窓会以来だよな?」

 と、伊藤。そうだ。誰が幹事だったか忘れちゃったけど、我がクラスは、中学を卒業して半年もたたない去年の夏休みに同窓会を開いたんだ。

「ほんとに、あの同窓会は最悪だったな。高校生に場所貸してくれるところが公民館しかなかったからって、公民館の会議室でジュース飲んで乾き物食って、たいして懐かしくもないヤツらと思い出話って、さまになんねーって。やっぱ十年以上たってから酒を酌み交わしつつってのが……あれ?」

 そう言って伊藤は、僕の左ひじの辺りを指さした。その指の先になにがあるのかは、見なくても分かる。

「その子、知り合いか?」

「初詣の人ごみに紛れてちょちょいとさらって。って、違うわ。こいつはいも、……親戚の子で、名前はるなって言うんだ」

 危うく妹と言いかけたが、こいつは僕がひとりっ子だということを知っているんだ。

 危機を回避した安堵感に油断ぶっこいていると、伊藤は、るなを指さしたままこちらに接近し、「あっ」という暇も与えずに、るなのマスクを引き下げたのだ。

「あっ……」

 この「あっ」は、るなが発したものだ。

「へぇ、可愛いじゃない。るなちゃんかー」

「あ、あの、こんにちは。るなです。よろしくお願い、します」

 るなが僕の陰から出て、ぺこりと頭を下げた。

「うんうん、声も可愛いなぁ。なんつーか、アニメ声って感じ?」

 伊藤は、るなに向かってニタニタしながら言うと、そこから先は僕に疑いのまなざしを向けながら言った。

「ところで、さっき『いも』って言いかけなかったか?」

「あ、ああ、名字が井本なんだ」

「ほほー、いもとるなちゃんか。『芋、採るな』。芋畑の張り紙みたいな名前だな」

 く、くだらねぇっっ!

「だ、だから、名字は言いたくなかったんだよ。ハナオが聞くから言ったけどな」

「けど、マジに可愛いな、ほんとにおまえと血がつながってんのか?」

「ああ、れっきとした、うちの母さんの腹違いの異父兄弟の子だぞ」

「ほほー、腹違いの異父兄弟かぁ。って、そら他人やがな!」

 伊藤は、僕の胸にぺしっと手の甲で突っ込みを入れてきた。黙って聞いていたるなが、くすくす笑い出した。

「うんうん。女の子は笑顔が一番。で、結局るなちゃんて何者なんだよ?」

「実は、こいつは僕の彼女だったんだよ!」

「な、なんだってー!」

 お約束のやり取り。

「……って、お前そういう趣味だったのかよ?」

「なにを言う。こいつはもう中三だぞ? 僕といっこしか違わないんだ。ごく普通の趣味じゃないか。どこがおかしいと言うんだ? 加えて言うなら、僕の隣にいるから小さく見えるけど、身長は百六十センチで、クラスでも背の高いほうなんだ。な?」

「う、うん。そ、そうだよ?」

 と、ひきつった笑顔で、るな。

「ほう。俺には五十センチは身長差があるように見えるんだが?」

 伊藤は、僕とるなの頭頂部を交互に指さしながら言った。

「目の錯覚か、蜃気楼のしわざじゃないのか? 時空震の可能性もあるな」

「なるほどそうかも。正月だしな、神社だしな」

 なぜ納得した?

「実は俺、背の高い女好きなんだよな。くれ!」

「やるか!」

「いや、残念だな。るなちゃんがおまえの妹なら、天下御免で『俺にくれ!』って言えるのに、彼女じゃちょっと言いにくいな。せいぜい『くれないか』くらいしか言えん」

「言うのかよ」

 て言うか、すでに言っただろ、ほんの十五秒前に!

「……で、彼女ってのもウソだろ?」

「ああ、全部ウソだ」

「全部かーい!」

 伊藤は再び突っ込みを入れてきた。正確に言うなら、名前以外全部ウソだ。

「おっ?」

 伊藤が急にもじもじし始めたと思ったら、腰に下げた鎖の先の携帯を取り出した。

「中内か。……もーし、俺だけど。今? 初詣。……ははは。るせーよバカ。ほっとけ。……これから? おー、マジかよ。行く行く! 行っちゃうぅん。……はんはん、南口な。わかった。じゃ、一時間後くらいに。……わーってるって!」

 電話を切ると、鎖をもとの場所に戻し、伊藤は僕のほうに向きなおった。

「……というわけで、高校のダチが呼んでるから、俺、行くわ」

「なにが『というわけ』なのか分からんが、とりあえず分かった」

「じゃ、るなちゃんをくれる気になったら、いつでも電話してくれ」

「未来永劫しねーし」

 伊藤はにやりと笑うと、軽く手を振って背を向けた。

 僕は伊藤の背中を見送りつつ、少し寂しい気分になった。

 伊藤とは、よくゲーセンなんかに行ったりしたけど、高校が別になって、すっかり疎遠になってしまった。新しい出会いがあって、そちらとの関係が深まれば、次第に前の友達関係は薄れていく。それはあたりまえのことだけど、なんだか寂しい。 

 僕がるなを連れていたからなのかもしれないけど、伊藤が僕の予定とか都合を聞かずに高校の友達の誘いに乗ったということは、僕はすでに「日常の遊び仲間リスト」から外され、「同窓会で会うべき旧友リスト」に入れられてる気がして、ちょっと切ない。

 僕も、香澄ちゃんと出会ってからは、香澄ちゃんオンリーって感じだった。

 そのせいで以前の友達との関係が薄れていくことに気づいていたけれど、さして不都合を感じていなかった。でも、その結果がさっきの伊藤の振舞いだったとしたら、僕は友達を大事にしてなかったのかも知れないって気分になる。

 決してそんなつもりじゃなかったんだけど。

「面白い人だね」

 るなが、目をきらきらさせながら僕を見上げた。

「面白い人? 違うぞ。あれは、変な人というんだ」

「悪いよ。そんなこと言っちゃ」

 言いながら、クスクスとるなが笑う。ああ、よく考えたら、住良木一味を除けば、家族以外と話すのはこれが初めてだったんだ。

「なんだか、お兄ちゃんも言葉遣いが変わってたね」

「あぁ、そうかも。ハナオとは幼稚園から一緒だったから、あれが自然なんだよ」

「……そうなんだ」


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