第6話 妖艶秀才美少女は、変わり果てた姿に……
マヤが地下牢に幽閉されて――もとい、引き籠もりライフを開始してから11年が経過していた。
ニアポリート侯爵家タウンハウスの地下牢は、徹底した改修が施されている。
薄暗い雰囲気はそのままに、不気味さはパワーアップ。
青い炎を上げる蝋燭と、髑髏のオブジェが至るところに設置されていた。
地下牢の主たるマヤの厨二センスが、これでもかというくらい炸裂した形だ。
彼女は「【死霊術士】の居城は、こうでなくちゃ」と力説し、改修工事を担当したドワーフゾンビの大工を苦笑いさせていた。
雰囲気は不気味だが、住居としては快適の極みに仕上がっている。
置かれているベッドやソファは、王族御用達の家具店で買ったもの。
空調魔道具もある。
魔力を大量消費して稼働するため、普通は専属の魔導士を雇う必要がある超贅沢品だ。
水魔法と火魔法を使って、お湯を張り放題なユニットバスも完備。
水洗トイレまで設置されていた。
しかも魔法仕掛けによる、ウォシュレット機能付き。
高位貴族でも引いてしまうほど、デラックスな空間である。
そんな地下牢(?)で、1番大きな部屋。
死霊術研究室であるその部屋で、女が怪しい実験をしていた。
釜に入った毒々しい紫色の液体を、煮込みながら棒でかき回している。
女は長い黒髪を三つ編みにし、両サイドに垂らしていた。
かなり雑な編み方だ。
顔にかけているのは、野暮ったいデザインの丸レンズ眼鏡。
その下には美しい紫水晶色の瞳があるはずなのだが、レンズが光を反射していて見えない。
服装は、ダボダボの黒いローブ。
貴族令嬢は元より、普通の町娘達からも「ダサい!」、「イモ臭い!」と言われてしまいそうな身なり。
彼女こそ18歳に成長した、マヤ・ニアポリート侯爵令嬢だった。
釜を挟んだ向かい側で、マヤの父であるニアポリート侯爵が溜息をつく。
「マヤよ……。どうしてこうなってしまったのだ……」
これは、真っ当な嘆きといえるだろう。
王族でも篭絡できそうな妖艶秀才美少女だった娘が、激ダサヒキニートへと変貌してしまったのだから。
ニアポリート侯爵でなくても、普通にガッカリする。
「……それで? お父様は、何の御用ですか? いつも地下牢には、寄り付かないでしょう?」
「う……うむ。マヤ、お前に縁談がきている」
釜の液体をかき回す、マヤの手が止まった。
彼女は侯爵から、書簡を受け取る。
「なるほど……。お相手は、ザネシアン卿ですか……。『化け物辺境伯』と噂の……」
カイン・ザネシアン辺境伯。
帝国との国境沿い。
そして魔物の巣窟である、大森林と面した辺境を治める領主だ。
とても気性が荒い、乱暴で好戦的な領主との評判である。
容姿も醜く、いつも全身鎧で顔と体を隠しているという。
「……妙なお話ですね。私はこの11年間、ずっと地下牢に籠っていました。学園には通っていないし、社交パーティーに出たこともない」
貴族社会で、誰かの目に留まるような生き方はしてこなかった。
「病弱で、人前には出られぬ娘」という評判があるだけだ。
縁談がくるのは、不自然極まりない。
「王家から賜った縁談だ。私の働きを、陛下は評価してくださっている。その褒美なのだろう。……これで、厄介な娘が片付く」
娘に怯えているニアポリート侯爵は、最後の方だけ小さく呟く。
しかし耳がいいマヤには、バッチリ聞こえていた。
こんなことぐらいで、怒りはしないが。
彼女はもう、侯爵家の人間達に興味がないのだ。
「ふーむ。本当にこの縁談は、陛下のご意思ですか? 別の誰かさんの思惑を、感じるのですけど。第1王子であらせられる、ギルバート殿下とか」
ニアポリート侯爵は、第1王子ギルバートの派閥に属している。
その辺りからの指示なのではないかと、マヤは探りを入れてみたのだが――
「変に勘ぐるのはよせ! もうすでに、婚姻の書類は受理されている! お前は貴族の娘として、責務を果たせばよいのだ! ……力づくでも、辺境伯領に送ってやる!」
探られたくない部分だったのか、ニアポリート侯爵は逆上した。
娘に詰め寄り、その肩を掴もうとする。
しかし侯爵の手が、マヤの体に届くことはなかった。
喉元に短剣を突き付けられ、動きを止めるしかなかったのである。
「お嬢様に触れるな。下郎が」
11年前と、全く同じ台詞。
全く同じ声。
しかし発した者の見た目は、同じではない。
短剣でマヤを守ったのは、若いメイドだった。
手足がスラリと長く、完璧なプロポーション。
蝋燭の明かりを反射して輝く、青いミディアムボブの髪。
顔はどんな彫刻家でも再現できないほどに、美しく整っている。
しかし彼女の美しい顔には、大きな縫合痕が斜めに走っていた。
肌の色も、白いというよりは青白い。
メイドは冷たい輝きを放つアイスブルーの瞳で、侯爵を睨みつけていた。
「くっ! この部屋には、私とマヤの2人だけしかいなかったはずなのに……。おい! 女! 私は侯爵で、この屋敷の主人だぞ!? メイド風情が! こんな無礼を働いて、タダで済むと思っているのか!?」
「知らぬ。死人であるワタクシに、貴族の威光が通用すると思うなよ? ワタクシの主は、貴様ではない。マヤお嬢様だ」
「ふ……不敬な……! 汚らわしき屍肉ゴーレムが!」
メイドの正体は、マヤから肉体を与えられたレイチェル・オライムスだった。
彼女の体は、若く美しかった女達の死体を繋ぎ合わせて作られている。
屍肉ゴーレム――日本人に馴染みのある呼び方をするなら、フランケンシュタインというやつだ。
「汚らわしい」と言われてムッとしたのか、レイチェルが持つ短剣の切先に殺気がこもる。
それを敏感に察したマヤは、彼女を声で制止した。
「レイチェル。殺してはダメよ? この【ゾンビパウダー】の実験台が、いなくなってしまうわ」
お読みくださり、ありがとうございます。
もし本作を気に入っていただけたら、ブックマーク登録・評価をいただけると執筆の励みになります。
広告下のフォームを、ポチっとするだけです。