第51話 ドラゴンゾンビ、テイクオフ!
「待て! マヤ! ひとりで行くつもりか?」
「ええ。空中から、死霊の魔導士達の大魔法で焼き払ってしまうつもりなので。大勢で行っても、無意味です」
「俺も連れていってくれ! せっかく鎧を装備しているんだ! 魔法を行使するまでの間、弾よけくらいにはなってみせる! 夫が妻を守らなくて、どうするんだ!」
カインはそう言うが、マヤはショタな夫を危険に晒したくない。
どう断ろうかと、考えあぐねていた時だ。
カインの全身が、黄金色に輝き始めた。
「えっ? 何だこの光は? まるで、父上のような……」
「これは……。ひょっとして旦那様は、【守護者】の【天職】に目覚めたのでは?」
「試してみよう。……クレイグ!」
「御意。お館様、失礼します」
クレイグは鞘に納めたままのカタナを、カインの肩口に振り下ろした。
するとガキンという甲高い音とともに、金属製の鞘が弾かれる。
黄金色の光は、カインを守ったのだ。
「父上が、権能を発動させた時と同じ……。間違いない。俺は【守護者】の【天職】に、目覚めたんだ。……マヤ。この力で、どうか君を守らせて欲しい」
カインは胸に手を当て、跪いた。
ドラゴンゾンビの背に乗る、マヤに向かって。
おそらく何かを守りたいという強い意志が、【守護者】の【天職】発現の引き金になったのだろう。
マヤはそう推測した。
しかしカインはずっと、領地や領民を守りたいと思い続けていたはずだ。
なのにそれだけでは、発現しなかった。
「責任感の強い旦那様が領地全体を想う気持ちよりも、私個人に対しての方が……ですか。ちょっと、優越感が湧きますね」
マヤは死霊の魔導士達に、重力魔法と風魔法を行使してもらった。
カインの体が、フワリと浮かびあがる。
マヤは夫の手を掴み、ドラゴンゾンビの背中へと引き寄せた。
自分のすぐ後ろへと座らせ、腰に手を回すよう指示する。
「お……俺が後ろなのか? これでは、マヤの盾になることが……」
「私がラスティネルを操縦しますので、前が見えないと困ります。それに【守護者】の権能は、同じ戦場にいるだけで味方全体に発動すると聞きました。一緒に飛んでくださるだけで、充分です」
これでは、バリア発生装置である。
カインは妻の盾になるつもりだったのに、「何か違う」と不服顔だ。
「クレイグ。レイチェルのことを、頼んだわね」
「お任せください、奥方様」
「ワタクシも首から下を再生させて、お嬢様のお供を……」
「定員オーバーよ。それに今回は、空中戦になるわ。近接格闘戦が得意な貴女とクレイグは、出番なしよ」
ドラゴンゾンビは、生首状態のレイチェルを見下ろした。
自分がやったくせに、「そうだぜ。怪我人は、大人しく寝てな」とでも言いたげだ。
「この腐れ竜は、後でシメよう」と、レイチェルは心に決めた。
悪寒を感じつつも、ラスティネルは大きな翼をはためかせる。
不死者化する際に腐り、ところどころ破けているが、問題なく飛べるようである。
「さあ、旦那様。大空のデートといきましょう」
ドラゴンゾンビが地を蹴ると、巨体が宙に舞った。
そのまま翼を、強くひと振り。
急加速する。
マヤとカインを乗せたラスティネルは、瘴気の洞窟を低空飛行で駆け抜けた。
洞窟進入時にクレイグが語った通り、飛びながらでも充分通れる広さがある。
だがトンネルではあるため、スピード感が凄まじい。
壁や天井が、恐ろしい速さで流れていく。
カインはマヤの腰に回した腕に、力を入れた。
マヤはというと、全く動じていない。
戦闘機パイロットだった地球の父親に似たのか、動体視力は異常なほどいいのだ。
10秒もかからずに、洞窟を抜けた。
すでに日は落ち、空には満月が輝いている。
漆黒の鱗に月光を浴びながら、ドラゴンゾンビは急上昇。
さらに速度を上げた。
音速を突破し、衝撃波が発生する。
だが背上のマヤとカインは、風圧を感じることはない。
「これは……。飛行に、魔法を使っているのか?」
「ドラゴンは飛ぶ時、重力軽減や慣性力軽減、風操作、風よけの魔法を同時展開するそうです。そうでないと、こんな巨体で高速飛行などできませんもの」
飛びながら、ラスティネルは楽しそうに雄叫びを上げた。
マヤから強大な魔力を受け取ることで、生前よりも速く、自由に飛べる。
それが、たまらなく快感なのだ。
マヤ達は、あっという間に鎮魂花の花畑上空まで来た。
「良かった。花畑の鎮魂花達は、まだ不死者化していないようです」
「……マヤ。いまの内に、リッチ達の魔法で花畑を焼き払うんだ」
「いいのですか? ご両親との思い出が詰まった、大切な花畑でしょう? お墓もありますし」
「オズウェルのせいで、あの墓石の下に両親の亡骸はもうない。花畑はまた、俺が育て直してみせる」
「……わかりました」
マヤはさっそく、リッチ四天王を全員召喚した。
【魔神のエンブレム】から解放された魔力を、惜しげもなく供給する。
「ぐうっ! なんという大きさ! おかしくなってしまう!」
「お嬢様……。こりゃ、俺ら、イッちゃうぜぇ~」
「魔力による快楽が、強すぎます。こんなの、初めてです」
「ひぃ~。お嬢様のドSぅ~」
美男子状態まで肉体を再生させたリッチ達は、放送禁止顔で「勘弁してくれ」と訴える。
しかし主人であるマヤは、聞き流して魔力供給を続けた。
「焼き尽くしなさい。【ヴァーミリオンストーム】」
四重詠唱で放たれた、リッチ達の大魔法。
炎の嵐が、闇夜を煌々と照らす。
鎮魂花の花畑は、一瞬で焼き尽くされた。
しかし――
焼け焦げた大地から、何かが這い出してくる。
棘だらけの茎だ。
ところどころ、枯れている。
茎は1本だけではない。
無数に生えてくる。
しかもそれぞれが、大蛇の如き太さ。
空高くまで伸びた茎からは、花が咲き乱れた。
花はみるみると巨大化し、中心部には花弁ではなく牙だらけの口が開く。
中でも一際大きな花には、ドラゴンゾンビすらも丸呑みにできるサイズの口があった。
そこから放たれる奇声は、音量だけで月を割ってしまいそうなほど。
城塞都市ウィンサウンドからは近いので、住民達はみんな叩き起こされてしまったことだろう。
マヤ達はリッチから消音魔法をかけてもらい、辛うじて耳を保護できた。
カインが思わず、息を呑む。
「あれが、【ソウルイーター】……。なんて巨大で、禍々しいんだ……」
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