第43話 環境に厳しい女
マヤ達は、毒竜ラスティネル討伐に出発した。
討伐隊は4人と小規模なので、移動手段は馬車だ。
8本足のゾンビ馬、スレイプニルが引いている。
この馬車、マヤが辺境伯領まで乗ってきた時よりさらなるアップグレードが施されていた。
空間魔法を応用した技術が、組み込まれているのだ。
おかげで外から見たサイズよりも、客室内が広い。
4人乗っていても、スペースにはかなり余裕がある。
極上の乗り心地を誇る座席で、皆は寛いでいた。
討伐隊の面々は、軽装だ。
武器・防具を身に着けている者はいない。
移動中まで装備していたら、重さで疲れてしまう。
ゼロサレッキの空間魔法で、異空間に収納しているのだ。
瘴気の洞窟まで辿りついてから、身に着ければよい。
途中で毒竜以外の魔物から襲撃された場合には、マヤが不死者を召喚して対応する。
そういう計画だ。
カインの服装は、布製の鎧下。
戦闘に入る時、全身鎧を装着する。
クレイグは、相変わらずの執事服。
戦闘時も、これの上から胸当てを追加するだけだ。
オズウェルにいたっては、旅人の服にマントを羽織っただけ。
彼は戦闘に入っても、この恰好のままだそうな。
そして、マヤはというと――
なんと、漆黒の美しいドレス姿である。
最初はニアポリート家の地下牢で引き籠っていた頃着ていた、野暮ったいローブで出発しようとしたのだ。
だがレイチェルや辺境伯家のメイド達に、止められてしまった。
「いくら魔物討伐とはいえ、ダサすぎる服装は却下」と。
黒を基調に、ところどころ紫の刺繍が施されたこのドレス。
実は凄まじい魔法防御力を誇る、神器である。
名を、【宵闇のドレス】という。
首なし騎士のゲオルグ達が、迷宮の奥深くで発見したお宝だ。
マヤは「フリフリして動きにくい」と嫌がったのだが、レイチェルに押し切られて着る羽目になった。
「魔法攻撃である毒竜の吐息から、身を守るためです。それと辺境伯夫人なのだから、見た目も大事にしてください」
と。
馬車はウィンサウンドの都市防壁から出ると、速度を上げた。
久々にマヤの乗る馬車を引けて、スレイプニルはテンションMAXなのだ。
ひとりダービーを始めてしまう。
御者を務めるレイチェルが減速させようとするが、あんまり言うことを聞かない。
速すぎて、あっという間に大森林の入口まで辿り着いてしまった。
木々が邪魔をして、ここからは馬車で進めない。
マヤ達は、馬車から降りた。
「クレイグ。ラスティネルが封印されているという、瘴気の洞窟はどの辺りにあるの?」
「あの山の麓です」
クレイグが指差す山は、かなり遠い。
「なるほど。けっこう遠いわね。普通は3日かかるというのも、納得できるわ。普通に徒歩で、森の中を進んだ場合の話だけどね。……貴方達、道を作りなさい」
マヤの呼び掛けに応じ、2体の骸骨が異空間から出現した。
死霊の魔導士四天王のうち、2人。
ゼロサレッキとリリスコである。
彼らはマヤから魔力を受け取ると、一瞬で肉体を再生させた。
絶世美男子の姿で、2人同時に風の大魔法を行使する。
「「【トルネードランス】」」
リッチ達の手から、瘴気の洞窟の方角へ。
巨大な竜巻が、横向きに発生した。
竜巻は突撃槍となって、大森林の木々をなぎ倒してゆく。
竜巻が過ぎ去った後は緑と大地が抉られ、道ができていた。
「地面がガタガタで、このままだと馬車が走れないわ。……道を均しなさい」
次に出現したリッチは、ナーガノートとトノルミズルだ。
最初の2人と同じように、肉体を再生させてからの大魔法行使。
今度は土の大魔法だった。
「「【ランドフラッテナー】」」
抉れていた地面が生き物のように動き、平坦な道ができてゆく。
地球の舗装道路も、真っ青な平坦っぷりだ。
「さあ。これで、馬車に乗ったまま進めます」
マヤは仲間達の方を振り返り、誇らしげに言う。
しかしカインとクレイグは、大規模自然破壊にドン引きしていた。
「いくらなんでも、やり過ぎじゃないかな~」と言いたげに、頬をピクピクさせている。
絶賛していたのは、オズウェル・オズボーンぐらいのものだ。
「素晴らしい! リッチを4体も同時に使役し、大魔法を使わせるとは……。死霊の姫君は、素晴らしい魔力をお持ちですね。さあ、お疲れでしょう。これをお飲みください」
「この水薬は……。魔力回復薬ですか?」
「我が商会、自慢の商品です。並みの魔導士なら2~3人分を、魔力満タンにするだけの回復量があります」
マヤはしげしげと水薬の瓶を眺め回していたが、やがて興味を失ったようだ。
飲まずにオズウェルへと返す。
「お気持ちだけ、受け取っておきます。私には、必要ありません。自然回復させた方が、魔力の成長に繋がるし」
「18歳以降は、魔力が伸びにくくなると言われていますよ。まあ魔力が大きい人間は伸び幅も大きいので、死霊の姫君なら今後もそれなりに伸びる可能性はありますが……」
オズウェルは少しガッカリしたように、ポーションの瓶をマジックバッグへとしまった。
「魔力を一時的に増幅させるポーションなどもございますので、入り用でしたらお声がけください」
――魔力増幅ポーション。
そんなものを飲んだら、マヤ・ザネシアンはさらに手が付けられない存在になるかもしれない。
カインとクレイグは、ぶるりと背筋を震わせた。
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