第41話 0と1じゃない
廃墟のような外観を持つ、神聖教会ウィンサウンド支部。
しかし内部には、質素だが意外と広い聖堂が存在していたりする。
そんな聖堂で女神像に向かい、祈りを捧げている神官服の女がいた。
美しい金髪と、クリクリした青い瞳。
庇護欲を掻き立てる、可憐な顔立ち。
【聖女】、キアラ・ブリスコーである。
「ああ……。慈愛と安息の女神、ミラディース様……。あのムカつく巨乳【死霊術士】に、天罰を下してくださぁい。おしっこチビっちゃうようなやつを、お願いするのですぅ」
容姿とは裏腹に、彼女が祈っている内容はちっとも可愛いものではなかった。
そんな可愛くない祈りを、背後からこっそり聞いていた者がいる。
「お久しぶりですね、キアラ様。ムカつく巨乳【死霊術士】です」
「ぎゃあああっ! マヤ・ニアポリートぉ! いったいいつから、背後にいたのですぅ!」
キアラは茶色いGじみた機動で、女神像の裏に隠れてしまった。
そこからちょっとだけ顔を覗かせつつ、怯えた眼差しでマヤを見ている。
「今日は、誤解を解きにやってきました。キアラ様。私は辺境伯を、不死者に変えたりなどしておりません。キアラ様の護衛だった、【聖騎士】もです」
「う……嘘を言うんじゃないのですぅ! ならば本物の辺境伯は、今頃どうしているのですかぁ! 生きているのなら、キアラの前に連れてきてみるがいいですぅ」
「では、本物の辺境伯に登場していただきましょうか。私の夫でもある、カイン・ザネシアンです」
「……へ?」
聖堂に、キラキラした美少年が入ってきた。
輝くピンクブロンドの髪。
同じ青なのに、キアラより澄んで美しい瞳。
全身鎧に身を包んではいない、ウエストコートとトラウザーズ姿のカインだった。
「え? キアラをこの教会まで連れて来てくれた、美少年? あなたがザネシアン辺境伯? キャーッ! ショタ貴族、可愛いのですぅ!」
キアラはカインに抱きつこうとしたが、ヒラリとかわされてしまう。
「無礼なことは、やめていただこうか? ブリスコー男爵令嬢。これでも俺は、辺境伯なんだ。あまりこういう言い方はしたくないが、実家の爵位を弁えて欲しい。ブリスコー男爵にも、迷惑がかかるぞ?」
「キアラは男爵家の娘ですけどぉ、神聖教会の【聖女】でもあるのですぅ。おまけに第1王子の婚約者でもあるのですぅ。未来の王妃ですぅ。権力あるのですぅ。美ショタ辺境伯も、キアラの逆ハーレムに入れてみせるのですぅ」
あまりに勘違いな発言に、マヤもカインも唖然としてしまった。
【聖女】は神聖視される存在ではあるが、何か特別な権限があるというわけではない。
未来の王妃だと主張しているが、それが確定しているわけでもない。
本当は護衛をしていた【聖騎士】君だって、キアラのワガママなど聞き流しても良かったのだ。
地位的には、ただの男爵令嬢なのだから。
しかし本人が「私SUGEE」と思い込んでいる以上、諭すのは不可能である。
「キアラ様。その【聖女】としての能力を疑われているから、王家から魔物討伐に協力するよう命じられたのですよ?」
「魔物討伐ぅ? 何ですぅ? それ? キアラは何も、聞いていないのですぅ」
嘘をついている素振りはない。
どうやら本当に、【聖女】様は何もご存じないようだ。
ちょうど聖堂に、神聖教会ウィンサウンド支部の神父が入ってきた。
本部から何もお達しがなかったのかと、マヤが問いただす。
「キアラ様のお部屋に、神聖教会本部からの命令書を持って行ったではありませんか」
「ああ。そういえば、忘れていたのですぅ。教皇は爺さんなので、手紙に興味がわかなかったのですぅ」
吸血鬼の女王のエロイーズと話が合いそうだと、マヤは呆れる。
「それで? どんな魔物を討伐するのですぅ? ポイズンリザードとかですかぁ? キアラが解毒魔法で治してあげるから、前衛の戦士達は安心して噛まれながら戦うといいのですぅ」
ちなみにポイズンリザードは毒が弱く、大きくても体長1mくらいにしかならないザコ魔物である。
「トカゲ系という意味では、ポイズンリザードと似たようなものですよ。……毒竜ラスティネルです」
マヤが告げると、キアラはカタカタと震えだした。
「何が似たようなものですかぁ! 毒竜ラスティネルって、有名な凶悪ドラゴンじゃないですかぁ! そんなのと戦ったら、キアラ死んじゃうのですぅ。断固、同行拒否ですぅ!」
キアラは女神像の陰に隠れ、うずくまってしまう。
カインと神父は同じ腕組みポーズを取り、「困ったな」と声をハモらせた。
「もう、置いていきましょう。王家と神聖教会には、キアラ様も討伐隊に同行したと報告しておくのです」
マヤの提案に、キアラの表情がパアッと明るくなった。
「同行しなくて、いいのですかぁ? やったぁ! マヤ・ニアポリートは、話が分かるのですぅ。ゲーム内では、嫌な女だったのにぃ」
「私はもう、ニアポリート姓ではありません。マヤ・ザネシアンです。それにね……」
マヤは眼鏡を外し、至近距離からキアラの瞳を覗き込んだ。
そしてカインや神父に聞こえない、小さな声――しかし、低く、重く、迫力のある声で語る。
「この世界は、ゲームなんかじゃないの。人々は、0と1で作られた情報じゃない。魂がある。自分の人生を、確かに生きているの」
「……! あなた、キアラと同じ転……!」
マヤは自分の唇に人差し指を当て、キアラに黙るよう促した。
ただでさえこの【聖女】は、ゲームだ何だと連呼している。
今のところカインも神父も理解していないようだが、これ以上妙なことを喋られても面倒だ。
「ゲームじゃないから、強大な魔物と戦えば本当に死んでしまうこともあるわ。だから、貴女が怯えるのも当然。同行しなくても、責めはしない。だけどこれは、貸しひとつね」
マヤ・ザネシアンは、キアラと女神像に背を向けた。
不死女神に、慈愛と安息の女神の加護など必要ない。
「私達がラスティネルを討伐するまでは、教会の中で大人しく隠れていてくださいね。討伐隊に同行していないことがバレると、台無しなので」
【聖女】に忠告してから、【死霊術士】は聖堂を去った。
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