第4話 アイ・アム・ネクロマンサー
レイチェル・オライムスが配下に加わってからも、マヤは飽きることなく魔力修行を続ける。
マヤは魔力体外放出訓練に代えて、レイチェルへの魔力供給を修行メニューに加えた。
これなら異常な魔力成長を、家の者達に知られる心配はない。
おまけにレイチェルは喜ぶし、彼女の力も増して万々歳だ。
力を増したレイチェルは、他所から別の死霊も連れてくるようになった。
マヤに忠誠を誓える死霊を選別し、勧誘しているらしい。
あっという間に配下の死霊達は増え、その数は10体以上になった。
その分マヤは、彼女達に魔力を分け与えなければならない。
しかし、全く問題はなかった。
配下の死霊が増えるスピードより、マヤの魔力成長速度や回復速度の方が圧倒的に速かったのだ。
理由のひとつが、最も魔力の伸びやすい乳児期に修行しているということ。
もうひとつ。
魔力は大量消費するほど、最大魔力量や回復速度が成長しやすい。
配下の死霊が増えていくと、供給しなければいけない魔力量は多くなる。
そうなると、マヤの魔力もまた加速度的に成長していくのだ。
この世界の人間達は、18歳くらいを境目に魔力が伸びにくくなる。
だがそれまでに、マヤはとてつもない魔力を手にするだろう。
生後半年も経つと、マヤは言葉を発することができるようになってきた。
まだ舌を上手く動かせないため、不完全な喋り方ではある。
しかし中身である神崎真夜は、25歳の成人女性だったのだ。
言葉は不完全でも、ある程度のコミュニケーションは取れる。
マヤの早熟っぷりに、配下の死霊達は驚いた。
しかし両親であるニアポリート夫妻はどうかというと、娘の急成長には全く気付いていなかった。
彼らや使用人達の前で、マヤは「あー」とか「うー」とかしか喋らないようにしたのだ。
普通の赤ん坊に見えるよう、擬態したのである。
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マヤはすくすくと成長し、4歳になった。
すると早くも、貴族令嬢としての淑女教育が始まったのだ。
何としても娘を王族と結婚させたいニアポリート夫妻による、無謀な詰め込み教育だった。
だがマヤは、そつなく課題をこなしていく。
元々中身は、成人女性。
この世界の言語が日本語だということもあり、読み書きや計算に苦労することはない。
テーブルマナーに至っては、地球にいた頃から得意中の得意だった。
特にナイフやフォークの扱いは、芸術的ですらある。
これは遺伝かもしれない。
神崎真夜の母親が、ゴッドハンドと呼ばれるほどの凄腕外科医だったのだ。
マヤが苦労したのは、淑女教育課題をクリアすることではない。
異常な天才児扱いされないよう、ほどほどの成績に抑えることだ。
抑え過ぎて、劣等生だと思われてもいけない。
課題をこなせないと、ニアポリート夫妻はすぐに殴る。
跡取りである5歳年上の兄は、よく殴られ顔を腫らしていた。
その点マヤは、殴られないよう上手く立ち回っている。
痛いのは好きではないというのもあるが、心配だったのだ。
殴られたらつい反射的に、相手を殺してしまうかもしれないと。
それができるほどに、マヤは力を付けていた。
彼女は4歳にして、【死霊術士】の【天職】を発現させていたのだ。
侯爵邸の人間達には知られぬよう、ひっそりと。
配下の死霊達は、すでに30体を超えていた。
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さらに時は流れ、マヤ・ニアポリートはもうすぐ7歳になろうとしていた。
王都貴族学園へ、通い始める歳である。
この王都貴族学園こそ、乙女ゲーム「セイント☆貴族学園」のメイン舞台。
高学年次に転入してくる、主人公キアラ・ブリスコー。
彼女が攻略対象であるイケメン達と出会い、様々なイベントを通じて好感度を高めていく場所だ。
もし乙女ゲーム好きが悪役令嬢マヤ・ニアポリートとしてこの世界に転生したら、学園内で上手く立ち回って破滅エンドを回避するよう動くだろう。
乙女ゲームマスターである神崎真夜の兄だったら、絶対にそうする。
しかし妹は、ジャンルが違う。
MMORPGばかりプレイしていた、戦闘狂である。
おまけにレベル上げ大好き。
貴族学園などという面倒臭そうな場所には、近づきたくなかった。
それよりも自室に籠って、延々と魔力修行をしたい。
死霊術の研究もしたい。
そんな娘の思惑も知らず、ニアポリート夫妻はマヤを連れ王都までやってきた。
入学手続きのためである。
しばらくは領地を離れ、王都にあるタウンハウスに滞在する。
ニアポリート夫妻は、浮かれていた。
マヤが7歳とは思えないほど、妖艶な色香を漂わせる美少女に育っていたからだ。
おまけに秀才である。
夫妻達も無茶だと自覚していた詰め込み淑女教育を、そつなくこなしてみせた。
この娘ならば、2学年上に在学中のギルバート王子を落とせる。
自分達より高位の貴族である、公爵家の令嬢達をも蹴散らして。
王妃の両親として権力を手にする未来を妄想し、ニアポリート夫妻は幸せ絶頂だった。
毎日ニヤニヤ笑っている夫妻を見て、マヤは思う。
「そろそろ潮時だ」と。
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入学式を目前に控え、マヤ・ニアポリートは7歳の誕生日を迎えた。
その晩の出来事だ。
ニアポリート夫妻がタウンハウスのリビングルームでくつろいでいると、娘のマヤが入ってきた。
「お父様、お母様。ご報告があります」
「む? 何だマヤ?」
「私、【天職】が発現しました」
「何だと!? その歳でか!?」
「素晴らしいわ! さすが私達の娘ね! これでギルバート殿下の目に留まる可能性が、さらに上がるわ!」
ニアポリート夫妻は、目を輝かせた。
だがそれは、娘の成長に喜んだからではない。
娘が政略結婚の駒として、より使える存在になったからである。
「それで、どんな【天職】が発現したのだ?」
「いま、力をお見せします」
マヤが手をかざすと、リビングを照らしていた魔導灯が急に消えた。
その代わり光球が尾を引きながら、暗くなった室内を飛び回り始める。
妖しくも、美しい光景だった。
「光を操る魔法……神聖魔法か? マヤ。ひょっとしてお前、【聖女】なのか!?」
興奮気味に問いかけてくるニアポリート侯爵に対し、マヤは首を横に振った。
「いいえ。これは神聖魔法で生じた光球ではなく、人魂……つまりは死霊です」
娘の返答に、ニアポリート夫妻の表情が引きつる。
そんな両親に対し、マヤは笑顔で自らの【天職】名を告げた。
この王国では忌み嫌われし、呪われた【天職】の名を。
「私の【天職】は、【死霊術士】です」
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