第23話 あくまで執事ですから
狼型不死者とスカラベゾンビ達の襲撃から、一夜明けた。
まだ早朝だが、マヤの目は自然と覚めてしまう。
地球で家族を失って以降、彼女の眠りは浅く睡眠時間も短い。
転生してからも、安眠できない人生が続いていた。
眠れていたのは、転生直後。
赤ん坊時代くらいのものである。
あの頃は、魔力修行でクタクタになっていたから眠れたのだ。
今でもハードに鍛えてはいるのだが、いかんせん魔力が強大になり過ぎた。
ガンガン消費しても、熟睡できるほどには疲れない。
マヤはベッドから降りると、寝間着の上からガウンを羽織った。
その恰好のまま、ウィサウンド城の裏庭へと出る。
ひんやりと爽やかな空気が肺を満たし、脳が冴えていった。
スズメの鳴く声が、耳に心地よい。
「あら? あれは……? 旦那様と、クレイグね」
遠目に2人の姿を見つけたマヤは、素早く建物の陰に隠れた。
そこからそっと身を乗り出し、様子を伺う。
カインとクレイグが何やら真剣な雰囲気だったので、邪魔をしてはいけない気がしたのだ。
今朝のカインは、全身鎧姿ではない。
軽装だ。
上着を脱ぎ、上半身はチュニックだけ。
昨日と同じなのは、柄の長い戦斧を構えていることだ。
斧の刃には、訓練用のカバーがかけられている。
クレイグはというと、執事服でパリッとキメていた。
白手袋に握られたカタナが、違和感バリバリだが。
こちらも抜刀せず、鞘に納めたまま構えている。
纏う雰囲気は、執事のそれではない。
建物の陰から見ているマヤの肌にも、ビリビリと闘気が伝わってくる。
どうやら2人は、朝稽古をしているようだ。
「おおおおっ!」
雄叫びと共に、カインがクレイグに斬りかかった。
バトルアックスはかなり重いはずなのに、ちゃんと振り回せている。
魔力パワーアシストの全身鎧を、着ていないというのに。
見た目にそぐわぬカインの筋力に、マヤは感心した。
しかし【剣鬼】クレイグからしたら、甘い一撃でしかないようだ。
カインのバトルアックスによる斬撃は、クレイグのカタナに軽くいなされてしまう。
「無駄が多いですぞ。もっと斧の重さを生かしなさい。先代のザイン様が斧を振るうお姿は、目に焼き付いているはずでしょう? よく思い出して、再現するのです」
クレイグの反撃を受けて、カインは数mも吹き飛ぶ。
だがショタ辺境伯は瞬時に立ち上がり、臨戦態勢を取った。
「ふむ。今までも、稽古熱心な方だとは思っていましたが……。今朝のお館様は、気迫が違いますな」
「早く、強くなりたいんだ。戦士としても、領主としても、男としてもな。そのためには、何だってやってやる」
カインは何度も、クレイグに斬りかかる。
汗だくになりながら、打ち倒されても打ち倒されても果敢に。
「ふふっ。可愛いショタでも、やっぱり男の子なのね」
建物の陰から、てえてえ夫の姿を愛で続けるマヤ。
しかしカインもついには力尽き、ダウンしてしまった。
「ハア、ハア……くそっ! まだまだ!」
「いえ。今日の朝稽古は、ここまでにしておきましょう。見学している奥方様が、風邪を引いてしまいます」
「え? マヤ? いつから見ていたんだ?」
カインは木にかけておいた上着を手に取ると、慌ててマヤに駆け寄った。
すでにガウンを羽織っていた妻の肩に、そっとかける。
「ありがとうございます。ふふっ、旦那様は、紳士ですね。ですが旦那様もそのままでは、風邪をひいてしまいます」
突然マヤの手に、タオルが出現した。
ゼロサレッキの空間魔法だ。
「はいはい、汗をフキフキしましょうね。さあ、チュニックも脱いで」
「うわっ! やめてくれ! 子供じゃないんだ」
「風邪の予防に、大人も子供もありません」
マヤは素早くカインのチュニックを脱がせ、汗を拭き始めた。
カインの腕はまだ細く、胸板も薄いショタ体型だ。
だが少しずつ、筋肉が付き始めている。
それを見たマヤは、何だか照れくさかった。
おくびにも出さず、余裕の微笑をキープしていたが。
「それにしても……。クレイグは、強いのね。さすがは【剣鬼】の【天職】持ち」
「奥方様、それは誤解です。【剣鬼】というのは二つ名であり、【天職】ではありません。わたくしの【天職】は、【執事】です」
「驚いたわ……。【天職】の力なしに、それほどの強さを身につけるなんて……」
「わたくしは……強くなどありません。本当に強ければ……。あの時、もっと力があれば……」
クレイグは執事服の下から、ロケットペンダントを取り出した。
それをキュッと握り締め、無念そうな表情を浮かべる。
「わたくしなどより、奥方様お付きのメイド……レイチェル殿の方が、よっぽど腕が立つのではありませんか? 昨日も凄まじい戦いぶりでした。彼女も、不死者なのですよね? 生前は、名のある達人だったとお見受けしますが」
「さあ? 私も詳しくは、聞いてないのよ」
嘘である。
もちろん、マヤは知っている。
レイチェル・オライムスは、王家直属の工作員にして暗殺者だったのだ。
しかしどうやらクレイグは、レイチェルの復讐対象。
いざ戦う時レイチェルが不利にならぬよう、マヤは黙っておくことにした。
「二刀の短剣を振るい、閃光のように敵を切り刻むあの姿……。似ていますな……『ゴースト・レイ』に……」
クレイグは、裏庭の隅にある茂みに視線を向ける。
【死霊術士】たるマヤは、把握していた。
クレイグが視線を向けた茂みにはレイチェルが隠れ、ひっそりとマヤの護衛をしていたことを。
普通の人間では察知できないほど、完璧に気配を遮断していたことも。
お読みくださり、ありがとうございます。
もし本作を気に入っていただけたら、ブックマーク登録・評価をいただけると執筆の励みになります。
広告下のフォームを、ポチっとするだけです。




