第20話 異空間という名のヴァルハラへ
数十秒経って、ようやく爆炎と爆風が収まった。
空が青色を取り戻す。
「終わりましたよ、旦那様」
『あ……ああ……』
マヤから声をかけられて、やっとカインは我に返ったようだ。
生き残っている自軍の戦士達を呼び集め、彼らの無事を確認する。
戦死者は、1/3といったところ。
やられてしまった者達も、全員ゾンビ戦士として復活を果たしてはいるが。
「あの凄まじい爆炎魔法……。奥方様が、やったのか?」
「戦死した者達を蘇らせたのも、奥方様?」
「なんか巨大な骸骨兵の肩にも、乗っていたような……」
「ローブ着た骸骨を、4体も従えているぞ? ひょっとして奥方様って、【死霊術士】?」
死霊の魔導士達4体は魔力を消費し、骸骨姿に戻ってしまっていた。
どこからどう見ても、不死者である。
彼らを従えているマヤも、まともな人間とは見られない。
マヤは決意を固めた。
これからは、【死霊術士】であるということを隠さない。
暴力と恐怖を以て、ザネシアン辺境伯領を支配下に置く。
王国も手中に収める。
そして邪魔者がいなくなった世界で、地球の家族を蘇らせる研究を進めるのだ。
その過程で、「魔王」と恐れられようとも。
まずは恐怖に怯える辺境伯軍の戦士達に、支配下入りを要求して――
マヤに浴びせられたのは、恐怖と怯えに満ちた視線ではなかった。
歓声と、喝采だ。
「うぉおおおっ! 奥方様、スゲエエエエッ!」
「見たか? あの爆炎魔法! ありゃヤベーって! 千匹以上いた虫の魔物どもが、一瞬で全滅だ!」
「ゾンビでも、何でもいい……。仲間達を生き返らせてくれて、ありがとうございます」
「魔物どもに、家族を食われずに済んだ! 奥方様のおかげだ!」
めちゃくちゃに賞賛されて、マヤは戸惑った。
柄にもなく、「ふえっ? 私、何かやっちゃいました?」などと口走る。
「やっちゃいましたね、お嬢様。辺境伯領は、強き者を尊びますから。それに【精霊人形】みたいな、死者復活の伝承もあります」
「えっと……。レイチェル? つまり?」
「王都ほど、【死霊術士】に対する忌避感は強くないのです。不死者を不浄なものと定める、神聖教会の影響力も薄い土地ですしね。今のお嬢様は、圧倒的な力で魔物を退けたただの英雄です」
マヤは眼鏡を一旦外し、こめかみを揉んだ。
これは面倒な状況だ。
魔王ムーブをカマすつもりだったが、こうも持ち上げられるとやりにくい。
英雄には、英雄としての責任が伴うものだ。
死霊軍団の武力ゴリ押しで、事を進めるわけにはいくまい。
マヤが悩んでいると、クレイグがツカツカと歩み寄ってくる。
彼はマヤの真ん前までくると、素早く片膝を大地に突いた。
「ありがとうございます! 奥方様のおかげで、ウィンサウンドの住民達を守ることができました」
「ええ……あの……私だけの力じゃないわよ? 貴方や旦那様、辺境伯軍戦士みんなの頑張りもあったからで……」
「そして今まで失礼な態度を取って、本当に申し訳ございませんでした。わたくしは奥方様のことを、誤解しておりました」
クレイグは、深く頭を垂れる。
「辺境伯領を取り込むために送り込まれた人物であれば、絶体絶命の状況で身を挺して戦ってくださるとは思えませぬ。すぐさま王都へ逃げ帰り、第1王子への状況報告を優先させていたでしょう」
マヤはかなり気まずかった。
第1王子からの刺客ではないものの、辺境伯領を支配する気は満々だったのだから。
「身を挺して」などとも言われているが、実際に戦ったのは配下の不死者達である。
「ええと……ほら、クレイグ頭を上げて。とりあえず、ウィンサウンドの中へと帰りましょう。……旦那様も」
『そ……そうだな……。帰ろうか……』
カインは何だか、ギクシャクした動きで歩き出す。
彼の動きがぎこちない理由について、マヤには見当が付いていた。
カインが装備している全身鎧は、魔力によるパワーアシスト機能が付いたもの。
鎧の重さを感じなくなるのはいいが、反応速度が鈍くなり、動きに柔軟さや繊細さがなくなってしまうのだ。
だがそれにしても、今日はぎこちなさすぎる。
まるで何かに、緊張しているようだ。
「おっと……。ウィンサウンドの都市内に入るのなら、不死者達を異空間に隠さないとね」
『そんな芸当もできるのか? ……いや、そのままで頼む』
「旦那様? いくら【死霊術士】がさほど嫌われていない土地だといっても、不死者は魔物の一種。住民達が、怯えるのでは?」
『なら、死霊の魔導士達やスカルタイタンだけ隠してくれ。今回不死者化した者達は、そのままに。……会わせてやりたいんだ』
「……なるほど、そういうことですか。分かりました」
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ウィンサウンド都市防壁の中へ入ってからも、マヤ達は大歓声と紙吹雪で迎えられた。
どうやら防壁上で戦闘の様子を見ていた見張り達が、住民達に伝えていたらしい。
「魔物の大群を、マヤ・ザネシアンが一掃した」と。
空を覆うスカラベゾンビ達を焼き尽くした瞬間などは、住民達も直接見えたことだろう。
賞賛の嵐を受けるのは、もちろんマヤだけではない。
懸命に戦った、辺境伯軍の戦士達にも向けられる。
「あなた! 無事だったのね!」
「パパ!」
戦士タダーノの元へ、妻と思わしき女性と、息子らしき小さな男の子が走り寄ってきた。
「お前達……すまん。無事には帰れなかった。俺はもう、人ではない……」
それだけでタダーノの妻は、全てを察したようだ。
口元に手を当て、ポロポロと涙を零す。
「パパの手……冷たい……」
「パパはな……不死者になってしまったんだ。もうお前達と、一緒には暮らせない」
不死者になれば、食事も排泄も睡眠も必要ない。
タダーノの場合は【死霊術士】の力によってゾンビにしてもらったので、活動維持のためにはマヤの闇属性魔力が必須である。
そんな存在が、今まで通り家族と暮らしていけるわけがない。
マヤが【ゾンビパウダー】を欲した、もうひとつの理由がこれである。
地球の家族を不死者として復活させて共に生きようと思うなら、自らも不死者になるしかない。
「あなた……。これから、どうするの?」
「マヤ様の配下となって、辺境伯領を守り戦い続ける。マヤ様は、【死霊術士】なんだ。俺はこれから、異空間暮らしをすることになる。あまり、会えなくなるな」
タダーノの妻は、マヤにキッと視線を向けた。
必死の形相で、駆け寄ってくる。
覚悟はしていたことだ。
夫を勝手にゾンビへと変えたことに対する、恨み言を浴びせるつもりだろう。
あまりいい気分ではないが、自分には夫人の言葉を受け止める義務があるとマヤは考えていた。
しかし――
「マヤ様! 夫に戦士として生き続ける道を選ばせてくれて、ありがとうございました!」
涙を流し続けながらも、夫人は深々と頭を下げてマヤに礼を述べたのだ。
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