第2話 レベリング好きが異世界転生すると、赤ん坊の頃から鬼修行するに決まっている
神崎真夜が意識を取り戻すと、目の前には見知らぬ天井があった。
シャンデリアのような、照明器具が吊り下げられている。
だが揺れている光は明らかに、電気や蝋燭の類ではない。
幻想的で、不思議な光源だ。
(ここは……どこ……? ついさっきまで、処刑場にいたはずなのに……。私はまだ、乙女ゲーム世界の夢を見ているの?)
呟こうとしたはずなのに、声が上手く出せなかった。
体も思うように、動かない。
眼球だけを動かし、視線を横に移した。
ぷくぷくとした、可愛らしい手が見える。
自分はこんなに、赤ん坊のような手をしていただろうか?
手の周りには布団が。
その向こう側には、木製の柵が見えた。
どうやら柵付きのベッドに、寝かされているらしい。
柵付きのベッドなんて、まるでベビーベッドである。
神崎真夜は成人女性の中でも背が高めで、ベビーベッドになど収まらないはずなのだが。
混乱していると、2つの大きな人影が真夜の視界に入った。
「ふむ。健康そうで、可愛らしい子供だな。よくぞ産んでくれた」
「私と貴方の子ですもの。可愛く産まれるのは、当然ですわ」
会話からして、夫婦なのだろう。
紫水晶色の瞳は、日本人とは思えない。
服装も、近世ヨーロッパの貴族っぽかった。
しかしなぜか、喋っているのは日本語だ。
「マヤは将来、美しい娘に育つことだろう。何としても、王族に嫁がせるのだ。第1王子のギルバート殿下が、年齢的にも王位継承順にも狙い目だな」
「そうなれば、我がニアポリート侯爵家も安泰ですわね」
会話と周囲の風景から、神崎真夜はだいたいの状況を察した。
自分はマヤ・ニアポリートとして、「セイント☆貴族学園」の世界に生まれ変わったのだと。
赤ん坊の頃まで、時間を遡って。
話しかけてくる夫婦にマヤ・ニアポリートの面影があることも、それを裏付けていた。
ここは、ニアポリート侯爵の領地にある貴族屋敷。
その一室で、マヤはベビーベッド上に寝かされていた。
(父さんや母さん、兄さんがいるあの世には、行けなかったのね……)
成人したマヤ・ニアポリートが処刑される光景を見る直前、神崎真夜は地球のマンション自室にいた。
廃ゲーマーな彼女は3日間飲まず食わずでMMORPGをプレイし、倒れたのだ。
おそらくはそのまま、死亡したのだろう。
もはや自殺に近い。
「物心つく前から、貴族令嬢として厳しく教育しよう。爵位が上である公爵家の令嬢達を押しのけて、ギルバート殿下を射止めないといけないからな」
「ふふふ……。そうなれば私達は、王妃の両親ですね。楽しみですわ」
ニアポリート夫妻は、勝手なことを言う。
自分達の娘を、政略結婚の駒としてしか見ていなかった。
神崎真夜は、静かな怒りを覚える。
ゲーム内でのマヤ・ニアポリートが焦り、歪み、禁忌とされている死霊術に手を出したのは、この両親のせいではないかと。
王妃にならなければという、相当なプレッシャーがあったはずだ。
(このまま生き続ければ、私はゲーム内のマヤ・ニアポリートと同じ運命を辿るのね……)
第1王子との婚約までは、こぎつける。
だが、王侯貴族が通う学園の卒業パーティにて断罪・婚約破棄される。
そして神聖な存在である【聖女】を死霊術で殺害しようとした罪で、処刑されるのだ。
神崎真夜は、どうでもいいと思っていた。
地球でも、家族を失って自暴自棄になっていたのだ。
破滅エンドを回避して、この世界で生き延びてやろうとは思わない。
しかし先ほど見せつけられた、残虐な処刑方法は御免被りたい。
熱いのも痛いのも苦しいのも、普通に嫌である。
動ける体にまで成長したら、適当なタイミングで自ら命を絶ってやろうかと考えていた時だ。
神崎真夜の脳裏に、ふとあるアイディアが閃いた。
(待てよ……? この世界には、死霊術がある)
死霊術は死んだ者を不死者として蘇らせ、使役する魔法だ。
それを極めれば、地球で死んだ家族を復活させられるのではないのか?
魂さえ呼び寄せれば、何とかなるのでは?
可能性に気付き、神崎真夜には俄然と生きる気力が湧いてきた。
(まずはマヤ・ニアポリートの中に眠る、【死霊術士】の【天職】を呼び起こさなくては)
「セイント☆貴族学園」の世界に生きる人々は皆、【天職】というものを持っている。
女神から与えられし、適性のようなものだ。
例えば【剣士】の【天職】なら剣技が上達しやすく、【魔法使い】や【神官】なら魔法が使える。
誰もが生まれた時から【天職】を持っているのだが、発現するタイミングは人それぞれ。
中には一生、発現しない者もいる。
戦士系の【天職】なら体や技を鍛えていくと発現しやすく、魔法系の【天職】なら魔法を学んだり魔力を増やすと発現しやすい。
ハッキリ言って乙女ゲームとしては無駄な設定だが、神崎真夜は気に入っていた。
もともと彼女の専門は、バトルありきのMMORPGである。
「セイント☆貴族学園」は乙女ゲーム好きの兄がやたらと薦めてきたので、気まぐれでプレイしたに過ぎない。
(【死霊術士】は魔法職。ならば魔法を学んだり、魔力を向上させる訓練をすれば発現する可能性が高い)
神崎真夜は目を閉じ、意識を集中させた。
地球では認識できなかったエネルギーを、体内に感じる。
これが魔力とみて、間違いない。
次に真夜は、魔力を体内で循環させるようイメージしてみた。
なかなか思うようにはいかないが、少しづつ動いてくれる。
そのうち段々と、滑らかに流れるようになった。
真夜は最後に、魔力を体外に放出してみた。
途端に疲労感がのしかかり、全身がガクンと重くなる。
(なかなか、キツいわね……)
これらは「セイント☆貴族学園」の中で、宮廷魔導士候補の攻略対象キャラが語っていた修行法だ。
魔力を体内で循環させたり、体外に放出することで鍛えられる。
魔力循環がストレッチで、魔力放出は筋トレのようなもの。
続けていれば魔力を自在に操れるようになり、最大魔力量や回復速度も増大する。
宮廷魔導士候補くんは、こうも言っていた。
「魔力というものは、若い時ほど伸びやすい。幼少期は特に」
と。
神崎真夜は、唇の端を吊り上げた。
赤ん坊としては、妖しい笑顔である。
RPGをプレイする時、真夜はレベル上げが大好きなのだ。
キャラを強化すること。
強化効率を追求することに、夢中になってしまう。
幼少期に、どこまで魔力を伸ばせるのか?
魔力が上がって【死霊術士】の【天職】が発現した場合、どのようなことができるようになるのか?
この修行法は最適か?
もっと効率を、追求できないものか?
神崎真夜は、ワクワクが止まらない。
地球でプレイしていたMMORPG内でも、彼女のアバターは【死霊術士】だった。
この世界でも最強の【死霊術士】を目指して自分自身をキャラメイクしつつ、地球の家族を復活させられるかもしれないのだ。
(マヤ・ニアポリート……。貴女の破滅エンドは、私が力づくで捻じ曲げてあげるわ。今この瞬間からは、私がマヤ・ニアポリート。【死霊術士】、マヤ・ニアポリート)
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