第14話 ここ掘れワンワン
カイン・ザネシアン辺境伯による「君を愛することはない」発言から、3日が経過。
マヤは辺境伯から言いつけられた通り、大人しく過ごしていた。
ウィンサウンド城のテラスで、毎日のんびりお茶をしていたりする。
しかしそれは、表面上の話だ。
裏では配下の不死者達を暗躍させ、情報収集に勤しんでいた。
ここで障害となるのが、執事にして【剣鬼】クレイグ・ソリィマッチだ。
彼は以前、マヤの配下である高位幽霊を追い払った実績がある。
死霊達を普通に放っても、勘のいいクレイグには察知されてしまうだろう。
そこでレイチェルが取った作戦は、自ら【剣鬼】を押さえ込むというもの。
「辺境伯家におけるお嬢様の扱いについて、抗議する」という名目で、クレイグに絡むのだ。
それはもう、しつこく。
「今日もクレイグ様に、文句を言ってきます」
そう告げて部屋を出ていくクールビューティメイドは、無表情ながらも楽しそうに見える。
「レイチェルって、よっぽどクレイグのことを憎んでいるのね」とマヤは思った。
レイチェルがクレイグの注意を引き付けているうちに、他の死霊達は城内や街を飛び回り放題。
マヤの元へは、ありとあらゆる情報が集まってきていた。
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マヤが辺境伯領にきてから、1週間が経過した頃。
ウィンサウンド城の使用人達は、相変わらずマヤやレイチェルに冷たかった。
マヤ達のことを、「第1王子派から送り込まれた辺境伯家の敵」と認識しているのだ。
辺境伯家のメイドが部屋まで食事を運んできてくれるが、挨拶もしない。
マヤが話しかけても、無視されてしまう。
今日の食事担当は、若いメイドだった。
配膳カートを押して、マヤの部屋に入ってくる。
やはり彼女も、視線すら合わせようとしない。
「そうツンケンしなくても、いいじゃないの。そんな態度なら、私にも考えがあるわ。……貴女宝物庫を掃除中、高価な壺を割っちゃったわよね?」
マヤの発言に、若いメイドの表情が引きつった。
「な……な……な……何を仰っているのか、さっぱり分かりませんね」
「とぼける気? 割った壺はお城の裏庭に埋めて、証拠隠滅したでしょう? メイド長に、報告しちゃおうかしら?」
ちなみにその割れた壺は、マヤが回収済みだ。
ゾンビ犬を使って、掘り起こさせている。
「あの壺……。巨匠ミナフティン作の、お高いヤツよね。貴女のお給金、何年分くらいかしら?」
「あわわわ……。お……お願いです! 壺の件は、どうかご内密に。メイド長にバレたら、絨毯叩きでお尻ぶたれちゃいます」
若いメイドの顔色は、かわいそうなぐらい真っ青だった。
屍肉ゴーレムであるレイチェルの方が、まだマシな顔色である。
壺の値段や隠蔽しようとしている悪質さを考えると、それぐらいの罰で済むなら甘い処分だ。
そう思いつつもマヤは、若いメイドに優しく微笑みかけた。
「心配しないで。私は貴女の味方よ。……これをコッソリ、元の場所に戻しておきなさい」
「へ……? これは……わたしが割った壺と、同じもの!? どうしてマヤ様が!?」
「たまたま持っていたの。私ってけっこう、お金持ちなのよ」
これは事実である。
ニアポリート侯爵家で引き籠もっていた頃から、マヤの資産は増え続けている。
まずドワーフ職人ゾンビ達が作った武具や、工業製品を売った収入。
配下の不死者達は迷宮という、無限に魔物や宝箱が湧き出す不思議空間の探索に行ったりもする。
その時に持ち帰った財宝や、貴重なアイテムもマヤに献上される。
配下達の中で人間と見分けがつきにくい者は、冒険者登録していることも少なくない。
彼らは冒険者として魔物を討伐し報酬を得たり、その素材を売ってさらに儲けたりもする。
それらが全て、マヤの懐に入るのだ。
不死者達にとってはお金や財宝より、マヤの魔力をもらえる方がよっぽどご褒美なのである。
ミナフティン作の壺も、そんなふうに集まってきた財のひとつに過ぎない。
同じものが作られていたのは、若いメイドにとって幸運だった。
「どうしてただのメイドであるわたしに、ここまでしていただけるのですか? わたしはマヤ様を無視したり、冷たい態度を取っていたのに……」
「それは貴女が、辺境伯家を愛しているがゆえの行動でしょう? でも私は、辺境伯家の敵じゃない。その誤解を解くために、協力して欲しいの。貴女は年齢も近いし、良き友人になれるかと思って」
「も……勿体ないお言葉。……わかりました! マヤ様の誤解が解けて辺境伯家に馴染めるよう、精一杯協力させていただきます」
若いメイドはマヤに何度も頭を下げると、部屋を出ていった。
壺をテーブルクロスで隠し、配膳カートに乗せて。
「……チョロいわね」
テーブル上に用意された食事に向かって、マヤはほくそ笑んだ。
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